Phase-08  戦場に戻るとき<SIDE-B>

 宇宙に浮かぶ星は変わらず輝きを放っている。

 そんな薄暗い宇宙を進む一機のシャトル。

 民間人がのり、プラントへと向かうためのシャトル。

 その中でアスランは一人、浮かない顔をしていた。

 オーブを離れて数時間。

 こういうときに限って、何か良くない事が起こるものなのだ。

(カガリ……。いざとなればキラたちがいるとは言え……)

 やはり心配だった。

 キラたちは一般人。

 あまり当てにすることは出来ない。

 若干心配ではあるが、今は目の前の目的の事だけを念頭に置いておかなければならない。

 ギルバートとの会談。

 それが今回の目的である。

 ブレイク・ザ・ワールドを引き起こしたテロリストはコーディネイターだった。

 それに関して、ギルバートは「私には関係ない」と言ってのけた。

 コーディネイターが犯人である以上、ギルバートが関係ないというのは世論を荒立てるだけなのに。

 現に世界はその事もあり、本格的な戦争状態へと突入した。

 それに、色々と聞いておきたいことがある。

 ミネルバの事、新型MSのこと。

 平和を望んでいながら、ギルバートの行動には若干の矛盾を感じているから。

 アスランは、一人窓の外を見た。

***

 アプリリウスの宇宙港に到着したシャトルより、アスランは降りた。

 無重力に包まれる彼の体。

「アレックスさん!」

 出口辺りに迎えの人間が手を振っているのを確認した。

 港を出て、中央エレベーターに乗る。

 周りに一般人もいるので、あまり大声で話すことはできない。

「どうですか、プラントは」

「どうもこうも最悪ですよ。戦争状態になってから、落ち着いていた反ナチュラルの精神が表立って……。非戦闘を掲げているデュランダル議長への抗議も増えていますしね」

 やはり、そうなっていたか。

 考えていなかったわけではない。

 ただ、あまりにも速く、あまりにも大きすぎるそのうねり。

 アスランはかつての事を思い出した。

 C.E..71、彼は父であるパトリックの言葉通りに戦火を広げていた事を。

「デュランダル議長も頑張ってはいますが、それすらも市民感情を荒立てるだけで……」

「一度荒立った感情は簡単には戻りませんからね」

 エレベーターが止まる。

 中央区にある評議会へと向かう。

 その車の中、アスランは目の前を流れるプラントの景色をただぼうっと見ていた。

 何も変わらない景色。

 なのに人々の感情は次々と変わって。

 この世界自体も、変わっていく。

「着きましたよ。議長は今、会議中ですのでもう暫く時間がかかりますが……」

「じゃあ、その間俺は顔を洗ってきますよ」

 地球からの長旅で大分疲れが溜まっていた。

 その疲れを吹き飛ばすために、彼はお手洗いへと足を運んだ。

 洗った自分の顔は酷く疲れている。

 アスランは、ため息をついた。

 タオルで顔の水気をふき取り、お手洗いを出たときのこと。

 どこからともなく少女の声が聞こえた。

 それは聞き覚えのある。

「……ラクス?」

 いや、いるわけが無い。

 ラクスは今、オーブにいるのだ。

 しかし、元婚約者として聞き間違えるはずがない。

 声の主は会談の踊り場にいた。

 三人の男性となにやら話をしている。

 その後姿は確かにラクス・クライン。

「……?」

 その少女がアスランに気付いた。

 瞬間、少女の顔がぱぁっと明るくなる。

「アスラン! アスラン・ザラよね!?」

「ら、ラクス……!?」

「あぁ、嬉しい! まさか、本物!?」

「え、あの……君は?」

 誰なんだと聞こうとしたとき、メガネをかけた中年の男性が彼の言葉を遮る。

「ラクス様、そろそろお時間です」

「あら、もうそんな時間? それじゃ、アスラン。また今度ね」

 ひらひらと手を振り、少女は去った。

 確かに顔かたちはラクスそのものだった。

 しかし、言葉では表せない違和感を、アスランは抱いた。

 表面上、は。

 すると、通路の反対側から議員に囲まれたギルバートが現れた。

 アスランの存在を確認すると、微笑み、声をかけてきた。

「やぁ、アレックス君」

「デュランダル議長……」

 アスランはそれ以上何も言わなかった。

「そうか、君と会う約束をしていたね。すまない、今まで会議が長引いてね」

「いえ……」

「? どうしたね」

 アスランの様子に、ギルバートが尋ねる。

 議員たちと分かれて、ギルバートはアスランを議長室へと案内した。

 2年前と変わらない議長室。

 かつてここで彼は父と決別した。

 あの時の光景が鮮明に蘇る。

「まさか君から尋ねてくるとは思わなかったよ、アレックス君」

「議長……」

「こんな世の中になってしまって、私は残念に思うよ。ナチュラルと手を取り合い、せっかく平和へと近づいていたのに……」

「俺は」

「アレックス君も大変だろう。アスハ代表の補佐として世界各国を走り回っている事と……」

「俺は!!」

 アスランの叫びが議長室に響く。

 突然の声に、ギルバートは驚いている。

 彼の拳は硬く握られ、肩は震えている。

「俺は、アスラン・ザラです! 2年前、父の言葉に踊らされ、どうしようもないくらいに戦火を広げた! 俺は、俺は……!」

「落ち着きたまえ、アスラン!」

 ギルバートの言葉に、慟哭が収まる。

「君の過去の事は私もよく知っている。だが、今の君は違うのではないのかね? 過去と決別し、君は今を生きている。私はそう思いたい」

「……すいません」

「君もまた、辛い目に会ったのだな……」

「いえ……。むしろ俺は、知ってよかった。でなければ俺はまた、何も知らないまま……」

「いや、そうじゃない」

 ギルバートは否定する。

 アスランが、あのテロリストの事を気にする事はないのだ。

「君がザラ議長を否定的に考えてしまうのは分かる。だが、ザラ議長とて最初からあのような人ではなかったのだろう?」

 アスランが口ごもる。

 ギルバートは続ける。

「確かに彼はやりすぎたかもしれない。ただ、元をただせばそれは、我々を、プラントを守るための事だったのだろう?」

「……」

 ギルバートが座る。

「さて、本題に入ろうか、アスラン君」

 アスランは改めて、ギルバートに今後の情勢についてどうするのかを尋ねた。

 彼の姿勢は変わらず、ナチュラルと争うという考えは極力持たないと。
 
 だが、例外もある。

 ナチュラルがプラントに攻め込んだ時である。

 彼らと手を取り合い、平和を目指すのも良い。

 だが、自分達の住処を奪われてはそれすらも成し得ない。

「……アスラン、君に見せたいものがある」

 そう言ってギルバートは受話器を取る。

 その後、議長室からアスランをつれて向かったのは軍事工廠。

 もはや一介の一般人に過ぎない彼が入ることの出来ない場所だが。

 ギルバートが見せたいもの、それは一機のMSだった。

 背中に2問の巨大なビーム砲、それに取り付けられているのは空を舞うための翼。

 ZGMF-X23S、セイバー。

 ザフトが開発した「セカンドステージシリーズ」の一機。

 可変機構を搭載した、一撃離脱戦法を得意とする機体。

「議長、この機体は……」

「セイバー、その名の通りプラントの「救世主」となりえる機体だ。君のような「英雄」にぜひとも乗ってもらいたい機体だね」

 英雄。

 その言葉は自分には似合わない。

 英雄などという大層な器ではない。

「もし、君が良ければの話だが」

「はい」

「君をザフトに復隊させたいのだよ」

「ザフトに、戻れと……?」

「オーブで補佐として活躍するのも結構だ。君の選んだ道だしね。ただ、君のその力、埋もれさせておくには惜しいのだよ。今のこの混迷の世界を切り開くその力、是非とも貸してもらいたい……」

 アスランは悩んだ。

 自分はオーブで、カガリの補佐として生きる道を選んだ。

 だが、補佐官として生きていても世界は平和にはならない。

 ならば、自分自身も戦うことで平和にする道を歩んだ方が良いのだろうか。

「……少し、考えさせてください」

「ああ、今すぐにとは言わないさ。今日はアプリリウスに泊まるんだろう? 手配しよう」

「ありがとうございます」

***

 ギルバートが用意したホテルは各界の要人が使用する高級ホテルだった。

 彼の計らいで無ければ到底宿泊する事も出来ない。

 入り口を潜り、ギルバートの言葉を思い出していた。

 英雄たる自分に救世主の名を冠している機体に乗ってほしい。

 そんな大それたものではないのに。

 その時だ。

 ギルバート出会う前に遭遇した、ラクスに非常に似た少女がそこにいた。

「アスラン!」

「君は……!」

「二人の時は、ラクスって呼んで?」

 そういってウィンクをする。

「ラク、ス……こんな所で何を?」

「今日はコンサートでしたの。見ていただけたかしら」

「いや、自分は……」

「今日はアスランと一緒にご飯を食べますわ。席を外してくださらないかしら」

 そう言われ、周りの男性人が一歩引く。

 少女が連れて行ったのは夜景のよく見える最上階のレストランだった。

 今夜はここで、コンサートの打ち上げをする予定だったらしいのだが。

「その、君は一体……」

「ミーアよ、ミーア・キャンベル。それにしても本当にアスランに会えるなんて、嘘みたい!」

「そうか……」

 その後も、ミーアの話しは続いた。

 今、彼女はラクスの代わりとして歌姫の任についてること。

 それを命じたのは他でもない、議長だという事。

 日々の仕事の愚痴や、思い出など、彼女の口から出るのは途切れる事のない言葉の数々。

 だが、アスランの頭にはその一つもたどり着いていない。

 彼はどうするべきなのか。

 本当に道、違う道。

 彼が歩くのは、果たして。

***

 翌日。

 アスランはアプリリウスに来た時に、必ず寄る場所があった。

 今回も、足を運ぼうと考えているその場所は、かつての仲間たちが眠る墓地だった。

 だが、一人で行く予定だったものは簡単に覆された。

 彼の傍には二人の男が監視役としてついていた。

 元クルーゼ隊、アスランの同僚であるイザーク・ジュール、そしてディアッカ・エルスマンの両名である。

 イザークは始まりから終わりまで不機嫌だった。

「議長に言われなければ、貴様の護衛など……!」

「悪いな。イザーク、デュランダル議長からこの司令を受けてからずっとああなんだ。気にしないでくれ」

「ああ……大丈夫だ、慣れている」

 三人で墓地に向かう。

 その手には手向けの花。

「ニコル……」

 脳裏に蘇る優しい笑顔。

 ピアノを愛した、優しい戦士はもうこの世にはいない。

 天国にいる彼は、今の自分を見てどう思うだろうか。

 助言をしてくれる?

 叱責してくれる?

 アスランは口から、何度目かのため息が漏れる。

「……戻って来い、アスラン」

 イザークの声。

 アスランは顔を上げた。

「貴様のその力、みすみす埋もれさせてどうする」

 ギルバートと同じ言葉をイザークが口にした。

 やはり、戻るべきなのだろうか、自分は。

「議長は、かつてザフトを反逆した俺たちを擁護してくれたんだ」

 彼らは、本当の平和なる世界を作るために、ザフトを抜けた。

 我々はむしろ、彼らの勇敢な姿勢を見習わなければならないのではないのだろうか。

 そういってギルバートはイザーク、及びディアッカの罪状を軽減させた。

 アスランもそうだ。

 エターナルの所属する四隻連合に組し、ザフトに敵対した。

 ギルバートもそれは知っているが、戻るのならば過去の事は不問に処すと彼らに告げたのだ。

「だから、俺達は軍服を着ているんだ。俺たちに出来ること、俺たちにしか出来ない事があるんだと、思ってな……」

 アプリリウスに吹く風が、アスランの顔を撫でる。

 彼らは、死んでいった仲間達の仇を取るために戦うのではない。

 死んでいった仲間達のように、これ以上命を落とす人間を出さないために、戦う。

 それが、彼らの心のそこにある。

「俺達は戦う。これ以上、仲間を失わないために。だから、だからお前も何かしろ!」

 イザークの言葉にアスランは。

***

 その日の夜。

 彼は再びギルバートと面会していた。

 ただし、今度はミーアも一緒である。

 彼が纏っているのは、オーブを出たときに纏っていた私服ではない。

 ザフトレッド、赤服だった。

「わぁ、やっぱり似合うわ!」

「……よせよ」

 ミーアの言葉もほどほどに、アスランは軍服を正す。

「これを」

 議長が取り出したのは銀色に輝く勲章だった。

 ザフト軍特務部隊「FAITH」の証。

 これを持つものは通常の指揮系統とは別の、独自の判断に基づいて行動できる。

「君を通常の指揮系統に組み込みたくはないし、君とて困るだろう?」

 そのための便宜上の措置らしい。

 忠誠を誓う、という名のFAITH。

 しかしギルバートはアスランの信じるもの、それに忠誠を誓えばよいと、付け加える。

 ザフトであり、ザフトではない。

 アスランはその立ち居地にいるのだ。

「君には、ZGMF−X23S、セイバーを受領しミネルバと合流してもらいたい」

「ミネルバと……?」

「私はミネルバに、かつてのアークエンジェルのような役を担ってもらいたいと思っているのだよ」

 FAITHの勲章をつけ、アスランはギルバートの言葉を聴く。

「プラントのためだけではなく、世界全体のために、働いてもらいたい。やってくれるね、アスラン」

「……はい」

 その後、アスランは工廠にてセイバーのコクピットに座った。

 OSを立ち上げ、フェイズシフト装甲を展開する。

 灰色の装甲が、映える真紅へとシフトする。

「アスラン・ザラ、セイバー、発進する!」

 セイバーがアプリリウスより、戦場へと舞い降りた。 

***
 地上。

 ちょうどインド洋に程近い海上。

 オーブを出たミストラルは今後の進路をどうするかを決めていた。

「艦長、今後の進路は?」

「そうだな……ほとんど無計画で出てきちまったしなぁ……」

「ほんっとに貴方って人は、昔から……!」

 危うくミリアからのお小言をもらう所だった。

「ならばスカンジナビアに向かってもらいたいんだが、出来るか?」

 その場にいたヴェルドが口を開いた。

「スカンジナビア……何か依頼か?」

「依頼と言うか頼んでおいたものを取りに行くと言うか」

「アルフさんたちのMSですよねー」

 何でもスカンジナビアのMS工場に二機、頼んでいたらしい。

 それは現存する量産機のカスタム機となっているが、機体特性か彼らの持ち寄ったかつての愛機のデータに基づいている。

「でもなんでスカンジナビアに……?」

「ん? だってオーブにお前達いたじゃん」

「ええ、いましたけど……」

「何つーの、本当ならば4機揃って合流したかったけど、そういうわけにもいかない状況みたいだったし」

「はぁ……」

 ミリアが怪訝そうな表情を浮かべる。

 なんだかあやふやな答えを聞かされた。

「とりあえず、進路は決まったな。ミストラルはこれよりスカンジナビアへ向かう!」

 ミストラルのエンジンが唸り始める。

 水しぶきを上げて、一路スカンジナビア。

 彼らの旅は、こうして始まった。


(Phase-08<SIDE-B>  終)


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