Phase-08 戦場へ戻るとき<SIDE−A>

 ミネルバがオーブを発った日より2日が過ぎた。

 世界では、この事を大々的に報道していた。

 地球の一国家であるオーブはやはり、地球軍と手を取り合うのが普通なのだと。

 まるでコーディネイターの全てを否定するような報道ばかりだった。

 それも無理も無い。

 もはや地球はブルーコスモスの色に染まりすぎている。

 テレビをつければブルーコスモスのコーディネイター批判。

 オーブは、もはやこの地球上で最後の中立の土地だったのだ。

 そのオーブ郊外、ひっそりとした海岸に近い場所に彼はいた。

 キラ・ヤマト。

 前大戦時「ZGMF-X10A フリーダム」に乗り、戦争を止めようと奮戦した男。

 しかしヤキン・ドゥーエ攻防戦時に、ラウ・ル・クルーゼの操る「ZGMF-X13A プロヴィデンス」の前にフリーダムは大破。

 破棄される事となったのだ。

 今の彼に、戦うだけの力は無い。

 もちろん、誰かを守るだけの力も。

 だが彼の中には変わらない思いがある。

 この世界が平和であるようにと言う、何時までも変わらない思いが。

「キラ」

「……ラクス」

「先日のオーブ沖の戦闘、あれに対してのオーブの正式回答が出ましたわ」

「……いいよ、聞きたくない」

 波の音だけが静かに木霊する。

 どうせ、コーディネイターがどうとか言う回答なんだ。

 そんなものを聞きたいわけじゃない。

「……僕達は」

「はい?」

「……僕達は一体、何のために戦っていたんだろう」

 キラの言葉は波音にかき消されそうなほどに小さく、弱弱しかった。

 この2年間、世界の大きな戦争は確かに無くなっていた。

 無くなったからこそ、人々はそのはけ口を探していた。

 水面下でナチュラルとコーディネイターは憎みあい、殺しあい。

 まるで世界を包むような、憎しみの渦は無くなっていなかったのだ。

 あの戦闘で、ナチュラルとコーディネイター共に辛い思いをしたのに。

 まだ、彼らは理解していないのだ。

「そうですわ! キラ、これから買い物に行きませんか?」

「買い物……?」

「ええ。ちょうどキラにぴったりの服を見つけたんですの。きっと似合いますわ」

 そういわれてラクスに手を引かれる。

 何時ぶりだろう。

 こうしてラクスと買い物に出かけるのは。

 なんだか懐かしい感じさえ、覚えていた。

***

 ラクスとの買い物の時間は、忘れていたものを思い出させてくれるような平和な時間だった。

 流石にプラントの歌姫だっただけの事はある。

 彼女の選ぶ服は、確かにキラにぴったりの装いだった。

 しかしどれもこれも値段の張るものばかり、大丈夫なのだろうか。

「あら、心配には及びませんわ」

 彼女が懐から出したのは、カードだった。

 何時の間にそんなものを。

 それを使用し、買い物を済ませる。

「次は向こうのお店ですわ」

「ま、まだ買うの……?」

「憂鬱とした気分を晴らすには買い物が一番ですわ」

 それから暫く、キラはラクスに振り回され続けた。

 その後、家に戻ったのは実に日が暮れた18:00のことだった。

 だが、その日の夜。

 彼の下に、戦争は静かに忍び寄った。

 皆が寝静まった深夜。

 キラ達の住んでいる家近くの海岸に、ウェットスーツを着た男たちが上陸した。

 その装いはおおよそ一般人には見えず、物々しい。

 静かに、音を立てずに歩き出した。

 その手にはサイレンサー付きのハンドガン。

「いいか。我々の目標はラクス・クラインだ。失敗は許されんぞ」

 ハンドガンのセーフティを外す。

 同時刻。

 ラクスの枕元においていたハロが何かの気配を察知した。

「ミトメタクナイ、ミトメタクナイ!」

「……ピンクちゃん?」

 大声で騒ぎたてるハロに、眠っていたマリューもアンドリューも目を覚ました。

「バルトフェルド隊長!」

「嫌な空気だねぇ……どこの部隊かな。君はキラとラクス、子供たちを!」

「わかりました」

 アンドリューとマリューが別れ、マリューは眠っている子供たちを起こす。

 その様子に、さすがの子供たちも何かおかしいと気付いたようだ。

「マリューさん!」

「キラくん! すぐに支度を! どこの誰かは分からないけど、お客さんじゃあないようだわ」

 その時だ。

 家中に銃声が響いた。

 怯える子供たちを、なだめるラクスだが。

 銃声は止まらない。

 キラもハンドガンを手に、ラクスたちを守るように歩き出す。

 窓に近づいては、相手の思う壺だ。

 マリューが確認のため、一発、二発と窓に向かって発泡する。

「急いで!」

 通路の角で、マリューが叫ぶ。

 すると、マリューの左側から銃声が響いた。

 寸での所で回避し、反撃を行う。

 何が目的なのか。

 どうしてここにいるのか。

 キラの脳裏にはそんなことばかりが浮かんでくる。

 ただ平和に暮らしていただけなのに。

 どうして世界は自分たちを放っておいてくれないのか。

 マリューたちは別行動を取っていたアンドリューと合流し、シェルターを開くためにキーを入力していた。

 その彼らを狙う一つの銃口。

 通風孔より狙う、その照準はラクス。

「アカンデェ!」

「!?」

 キラが気付いた。

 通風孔より彼女を狙うその銃口を。

「ラクス!!」

 咄嗟に庇い、大事には至らなかった。

 ラクスを押し倒したまま、キラはトリガーを引いた。

 銃弾は的確に相手を射抜く。

「大丈夫、ラクス!?」

「え、ええ……平気ですわ」

 やがてシェルターの扉が開き、キラたちが避難する。

 やや遅れて敵部隊がシェルター前に到着するも、扉は硬くロックされていた。

「えぇい! 討ち損じるとは!」

 隊長であるヨップ・フォン・アラファスが指示を出す。

「アッシュを出せ。ここでなんとしてもラクス・クラインの息の根を止めるのだ!」

 ヨップの指示を受けるとすぐに見慣れぬMSが海岸線に現れる。

 緑色のそのMSは胴体が丸く、手足がひょろ長い。

 そして両手には巨大なクローを装備している。

 ザフト軍の新型水中用MS、アッシュ。

 まだ生産ラインにもそれほど乗っていない機体。

 先行量産型という奴だろうか。

 アッシュの両手のビーム砲から閃光が迸る。

 それはキラ達がいるシェルターをこじ開けようとしていた。

 この騒ぎに、海岸線近くの道路には野次馬が集まり始めていた。

「まずいぞ、このままじゃシェルターがこじ開けられる!」

「マリューさん、バルトフェルド隊長……」

「ラクス、さん?」

 ラクスが口を開いた。

「彼らの狙いは、私なのでしょうか?」

「……おそらくね。私はバルトフェルド隊長、それにキラ君が狙われる可能性は無いわけじゃないわ。でも、こんなMSまで持ち出すなんて……」

「……ラクス」

 彼女の顔は俯いていた。

 自分のせいでこんな剣幕になってしまった。

 罪悪感で一杯だったが、キラは言う。

 君に責任は無い、と。

 尚も続く砲撃に、止まない地鳴り。

 だが、やがて敵機の砲撃とは別の砲撃が辺りを包んだ。

 事態を聞きつけたオーブ軍が、守備のために発進したのだ。

 M1アストレイ、そして最新鋭量産機「ムラサメ」がアッシュの迎撃に辺り、辺りは戦闘宙域に指定された。

 M1アストレイのビームサーベルが、アッシュを切り裂く。

「各機、散開して個々に応戦するように!」

 アストレイ隊の先頭に立つ、エメリアが指示を出す。

「隊長!」

「アスト・エル少尉はイシュバール少尉と共に家屋に住む人たちの避難を」

「りょ、了解!」

 アスト・エルは同期であるラグナ・イシュバールとともにキラ達の保護に向かう。

「大丈夫ですか!?」

「あ、うん……ありがとう」

「後は俺たちオーブ軍に任せておけ。さっさと片付けるぞ、エル少尉」

「わ、分かってるよ!」

 M1アストレイに運ばれ、彼らは一先ずオーブ省庁へ向かう。

 戦闘の光を後ろに、キラ達は何を思うか。

***

 オーブ省庁ではカガリが待っていた。

「キラ!」

「カガリ……」
 
 あの家であった事を、カガリに説明した。

 前触れも無く襲撃を受け、壊され。

 たちまち戦闘になってしまった。

 子供たちは怯え、不安に包まれている。

 マリューもアンドリューも、同じだった。

「とにかく今日は省庁に泊まると良い。今後の事は明日、話そう。な?」

「うん……ごめんね、カガリ、忙しいのに」

「気にするな。私は大丈夫だから。なんてったってお前のお姉さんなんだからな!」

 軽く微笑むキラ。

 だが、これで全てが終わったとは、とても思えない。

***

 翌日、キラとラクス、マリューとアンドリューはカガリ、ユウナと共にいた。

 昨夜の襲撃事件。

 まずはあの結末からだ。

 敵MS部隊6機の内、半数の3機は撃墜に成功。

 しかし残りの3機は逃走。

 この結果から再びラクスを狙って襲撃を仕掛ける可能性もある。

「……僕は」

 キラが重々しい空気を裂くように口を開いた。

「僕はもう一度、戦わなければいけないのかもしれない」

「……キラ」

「フリーダムが無くなって、戦うことから逃げていたけど……違うんだ。やっぱり僕は戦わなければならないんだ」

 傍に、守りたい人がいる限り。

「……そ、それならば君にぜひ見てもらいたいものがあるんだよ」

「ユウナ?」

「ほら、この間モルゲンレーテのシモンズ主任が言ってた……」

 カガリが思い出したのは一月前の事。

 モルゲンレーテではかつてカガリの乗っていたストライクルージュと同じ、特機の開発をしていた。

 開発コンセプトは「高機動戦闘特化型万能MS」。

 要するにエールストライク、フォースインパルスなどその手の類のMSという事だ。

「それを僕に……?」

「あぁ、いや。元々ミストラルのアキトに乗らせる予定だったんだが、M1を気に入ったらしくて……な」

「キラ、戦われるのですか……?」

 ラクスの問いに、キラは。

「……戦うことでしか、ラクスや皆を守れないというのなら」

 キラの瞳に、光が宿る。

「僕は戦うよ」

「失礼します」

 突然現れたのは、オーブ軍の人間だった。

「どうした?」

「オーブ沖に、ザフトと思われます戦艦が……」

 兵士が渡したのは、光学カメラが捉えた写真だった。

 戦艦から出撃するMS、それは昨夜のあのMS。

 やはり諦めていなかったようだ。

 だが、地球軍と同盟を結んだオーブにザフトが手を出すなど、本当にありえることなのだろうか。

 ギルバートがそこまで浅はかな人間だとは思えない。

 だとすると、ザフトの名を語る第三者か。

「キラ……!」

「分かってるよ、カガリ。そのMS、貸して」

 モルゲンレーテへ急ぎ、MSの受領を行う。

 そのMSはストライクルージュの隣に立っていた。

 フェイズシフト装甲だろうか、表面は灰色。

 端整な顔立ちはまさしくガンダムの表れ。

 ORB-03、ライズ。

 「昇る」ことを意味するMS。

 OSを起動させ、各部のチェックを行う。

「各部バランスチェック、オールグリーン、火気管制ロック解除、ブーストストラップチェックOK……武装は、ビームランチャー、ビームサーベル、シールドにイーゲルシュテルン、そして各種ストライカーパック対応……」

『キラくん、ライズの最終調整は済んでいるわ。あとは、貴方の好きなように調整してちょうだい』

「分かりました」

 モルゲンレーテ前方のハッチが開く。

 ライズが格納庫より出て、スラスターが唸りをあげる。

 収納状態のウィングが展開し、その体が浮き上がる。

「キラ・ヤマト、ライズ、行きます!」

 オーブ沖へと急ぐ。

 その間、何度か敵MS群に渓谷を促すが全く聞き入れる様子が無い。

 上陸されて、戦闘になれば昨夜の戦闘の比ではない被害が出てしまう。

 上陸される前に叩かなければ。

 ライズのレーダーがアッシュの影を捉えた。

 数は4機。

 それにイージス艦が一隻。

「隊長、MS接近!」

「何!?」

「ライブラリ照合……データありません!」

「えぇぇぇ〜?!」

 ヨップの慌てぶりとは逆に、実に冷静にキラはアッシュを攻撃していく。

 ライズの操作性はストライクのそれと実に似ていた。

 親は同じモルゲンレーテだ、似るのも違いないという事か。

 腰に装備されているビームサーベルを抜き放ち、アッシュの両手を切り刻む。

 飛行する勢いを殺さず、二機目の撃破に移る。

 ビームランチャーを構え、アッシュの胴体を貫く。

「えぇい、このっ!」

 ヨップの乗るアッシュがライズに向かってクローで襲い掛かる。

 だが、ライズのシールド額r−を防ぎ、至近距離からイーゲルシュテルンをお見舞いする。

 蜂の巣のような穴の開くアッシュ。

 ビームランチャーの出力を絞り、両手足を貫く。

 そしてキラは、転がっているアッシュ隊に向かって通信を送る。

「君達に聞きたい事がある。何故こんな事をするんだ! 何が目的なんだ!」
  
「……」

 返事は返ってこない。

 ザフトの差し金か、違うか。

 それだけでも聞きたかったが。

 少し経過してからアッシュが爆発した。

 機密保持のための自爆。

 そう捉えて間違いないだろう。

 結局、どこの部隊で、何が目的だったのか。

 明確にされないまま今回の襲撃事件は幕を下ろした。

 しかし、キラ・ヤマトは戻ってきたのだ。

 戦場に、戻ってしまったのだ。


(Phase-08 <SIDE-A>  終)


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