Phase-07 血に染まる海

 何も変わっていなかった。

 世界は、何も。

 あれだけの戦争をしておきながら、何も学ばず。

 オーブ沖には地球軍艦隊が展開している。

 イージス艦からウィンダムが飛び出し、その時を待つ。

 ミネルバがオーブを発ったことを聞き、すぐにオーブ側は軍を展開する。

 ミネルバもザフト自慢の高速艦、うまく罠に嵌めたい所だ。

「ミストラル隊を中心に展開。良いか、逃がすんじゃないぞ……!」

***

 ミネルバブリッジでも、前方の地球軍艦隊を観測した。

 すでにMSがミネルバに向かっており、迎撃隊制をとらなければならない。

 だが、更に後方にはオーブ艦隊。

 挟まれたのだ、ミネルバは。

「オーブが……これって……」

 ふと、タリアの脳裏にカガリの顔がよぎる。

 抑える事ができなかったか、この状況を。

 無理も無い。

 彼女はまだ若い。

 周りが、彼女の言う事に従うはずがないのだ。

「面舵20、ブリッジ遮蔽。これよりミネルバは戦闘体勢に移ります。アーサー、席に着きなさい」

「は、はい!」

 ミネルバ艦内に鳴り響く、コンディションレッドの警報。

 それと同時に、タリアの声が響く。

『ミネルバ艦長、タリア・グラディスです。本会は現在、前方に地球軍、後方にオーブ軍という二勢力に挟まれています。これより我々は、前方の地球軍艦隊に対し攻撃を仕掛け、この海域を離脱します』

「後方にオーブ……!?」

 シンの拳が震える。

 やっぱり、あの国は最低だ。

『対艦、対MS戦闘用意! パイロットは搭乗機にて待機!』

 考えていても仕方がない。

 シンはヘルメットを握り締め、コアスプレンダーのシートに座る。

 突破するだけだ、正面の壁を。

 打ち抜くのみ。

 同時刻、ミストラルブリッジでもミネルバの動きを補足していた。

「ミネルバが動いた?」

「ええ」

 リィルが報告する。

 リエンは、ミネルバの動きをどう判断したのか。

「どうやら前方の地球軍艦隊を突破するようです。オーブからは我々にもミネルバの迎撃に当たるようにとの指示が出ていますが……」

「『オーブの』じゃないだろ?」

「え?」

 リエンの瞳が睨むのは。

「それは地球軍の指示だ」

 目の前の地球軍艦隊。

 もはやオーブの指揮は地球軍が取っているといっても過言ではない。

「どうしますか、艦長」

「とりあえず様子見だ。ブレイズ、イルミナ、ヴァイオレント、フレア、イェーガー、アストレイを展開。攻撃はするな、と伝えておけ」

「了解」

 ミストラル甲板に6機のMSが展開する。 

「ミネルバ……」

 その中の一機、イルミナのコクピットの中でフエンは、あの時の光景を思い出していた。

 ユニウス・セブン落下事件−ブレイク・ザ・ワールド。

 あの時、ミネルバはユニウス・セブンによる被害を少しでも食い止めようと、全力を尽くしていた。

 心苦しいが、自分は地球軍でミネルバはザフト。

 敵同士は、分かり合えないと言う事か。

「この戦い、あまりにも無意味すぎる」

『キリヤ少尉……?』

「誰にとって得なんだ、この戦いは……」

 何かを得るための戦いでも、何かを守るための戦いでもない。

 これはもはや、ただの殺し合いだ。

***

 ミネルバよりフォースインパルス、ガナーザクウォリアー、ブレイズザクファントムが出撃した。

 迎えうつは大多数のウィンダム。

 シンは一心不乱に目の前の敵を倒していった。

 何で。

 何でオーブは、地球軍はこうも。

「はぁぁぁっ!!」

 叫びと共にビームサーベルの一撃が唸る。

 ウィンダムはまるで成す術も無く海の藻屑と化して行く。

 しかし、わずか三機のMSで形勢が逆転できるほど、甘くは無い。

 相手は空母が四隻。

 そこからまるで無尽蔵ではないかと疑うほどに、MSが出撃する。

「ちょっと……あんなにたくさん!?」

 つい、ルナマリアがぼやいた。

「止まるな、ルナマリア!」

 レイの叱咤に、ルナマリアは背筋を正す。

 ガナーザクウォーリアーの主武装「オルトロス」がウィンダムを貫いた。

 少しでも敵戦力を減らしておかないと、後々きつくなるのは目に見えている。

「中々やるようだ……ロアノークの報告は、あながち間違っていないようだな」

 地球軍艦隊帰還の中で、指揮官は呟いた。

 最初はどの程度やるものかと思っていたが。

 この戦力差をものともせず、よくも善戦するものだ。

「ザムザザーの準備はどうなっている」

「何時でも出撃できます」

「よろしい。あまり獲物が弱ってからでは、十分な検証ができんからな」

 指揮官がゴーグルを置く。

「これからの時代、戦闘を制するのはひ弱なMSではなく、MAだと私は思っているのだよ」

 旗艦格納庫より、巨大なMAが競りあがってくる。

 緑色の巨体に4本のクロー。

 獲物を鋭く見据えるカメラアイ。

 ザムザザーと呼ばれる巨大なMAが、旗艦より飛び出す。

 その巨体をものともしないスピードで、ミネルバに突き進んでくる。

「何だ、あのMAは!」

 シンのフォースインパルスに向かって、ザムザザーは複列位相エネルギー砲「ガムザートフ」を放つ。

 二つの巨大なビームを回避し、ビームライフルで反撃しようとするものの、ザムザザーのトリッキーな動きの前に反撃をする暇も無い。

「インパルスのエネルギー、危険域です!」

「あのMA……シンのインパルスをああまで……!」

「アーサー、タンホイザー起動! 前方のMAをなぎ払います。メイリン、シンに伝えて!」

「了解!」

 ミネルバ前方の砲塔が起動し、陽電子が収束される。

 ミネルバからのレーザー通信により、インパルスが射線上より退避する。

 しかし、ザムザザーはその巨体を起こすように駆動。

 タンホイザーが放たれた瞬間、前面にリフレクターを展開した。

 陽電子リフレクターと呼ばれる、光波防御シールドによりタンホイザーの一撃は軽々防がれてしまった。

「タンホイザーが、防がれた……!?」

 目を疑うような光景に、シンの集中力は削がれていた。

 それが隙となり、ザムザザーに攻撃のチャンスを与えた。

 「ガムザートフ」を収納し、クローを展開。

 インパルスの足を捕らえたのだ。

「しまっ……!」

 海面に叩きつけるように、ザムザザーはインパルスを放り投げる。

 クローによるダメージを無効にしようと、ヴァリアブルフェイズシフト装甲が最大稼動し、エネルギーが尽きてしまった。

 脚部が破壊され、急降下するインパルス。

 体にかかる落下時の重力。

 シンの意識は朦朧としていた。

***

 何だ―――――?

 確か俺は戦っていたのに。

 何であの時の光景が?

 分からない。

 俺は死ぬのか?

 何も出来ずに、こんな所で……

 こんな所で、俺は……ッ!!

***

 フォースシルエットが噴射炎を噴いた。

 インパルスが海面に激突する直前で、その体が宙に浮いた。

 残された僅かなサブエネルギー。

 それを全てスラスターに回す。

 非常に、シンの視界はクリアになっていた。

 視界だけじゃない。

 脳内、感覚、その全てがいつもとは全く違う。

「ミネルバ! デュートリオンビームを! それと、レッグフライヤー、ソードシルエットを!」

「シン!?」

「早く! やれるな!」

 一方的に切られる通信。

 ミネルバブリッジにいたメイリンは困惑していた。

 その指示は非常に的確。

「指示に従って、メイリン」

 メイリンがコンソールを操作し、ミネルバ艦首に装備されている「デュートリオンビーム照射機」より一筋の光が伸びる。

 そのヒカリはインパルスの額に届くと、一瞬の内にインパルスのエネルギーがチャージされた。

 デュートリオンビーム受信システム。

 母艦に搭載された照射機より「デュートリオンビーム」を受信する事で、エネルギーの即時回復を可能としたシステム。

 母艦であるミネルバが健在ならば、ほぼ無限に使用することが出来る。

 ただし、その範囲に限りはあるので過信は出来ないが。
 
 ヴァリアブルフェイズシフト装甲が展開し、灰色の装甲から輝くような青色へと変化する。

 ザムザザーが再び「ガムザートフ」を放つ。

 そのビームをシールドで受け流し、発射による硬直時間を狙う。

 フォースシルエットに装備されているビームサーベルを抜き、ザムザザーの頭部に突き立てた。

 中のパイロットはビーム熱により蒸発し、ザムザザーの巨体はフラフラと海へと落ちていく。

 直後、ミネルバよりレッグフライヤー、ソードシルエットが射出され、換装する。

 ソードインパルスへと変化したその機体は、落下の勢いを殺さず、地球軍艦隊へと取り付いた。

 ミサイルによる迎撃が行われるが、その全てを回避し、「エクスカリバーレーザー対艦刀」で艦体をなぎ払う。

 その活躍たるや、まさに鬼神か。

「はぁぁぁぁっ!!」

 一閃の下に、艦橋を切り裂いた。

 地球軍は、オーブを焼いた。

 そしてオーブはそんな地球軍と手を取った。

 奴らは、敵。

 まるで獲物を見つけたような鋭い瞳。

 インパルスが走る。

 向かうはオーブ艦体。

「艦長! インパルスが!」

「シン!?」

 オーブ艦隊の中心、ミストラル。

 インパルスの標的はその艦だった。

 ミストラルブリッジでは、急な襲撃に迎撃体勢が間に合っていなかった。

「艦長! 敵機接近!」

「くそっ!」

 そのインパルスの前に立ちはだかる機体。

 「グロウスバイル」を展開したブレイズだった。

 巨大な対艦刀の一撃を「グロウスバイル」で防いでいる。

「ロイドさん!?」

「こいつ……! 見境無しってやつかよ!」

 ブレイズがインパルスを突き飛ばす。

 今の一撃で、内部機構に異常を来たしたのか、右腕から白煙が昇っている。

 海面に立つインパルス。

 再び、インパルスが走り出す。

 ブレイズは動けない。

 インパルスは再び襲ってくるかと思われたが、ミネルバから撤退信号が打ち上げられる。

 それによりインパルスは撤退を余儀なくされた。

 ミネルバはオーブを脱し、広大なる海へと出港した。

***

 ミストラルに帰還したMS隊。

 一番心配なのはやはり直接被害を受けたブレイズ。

 右腕の修復に暫く時間がかかる。

 しかもこのミストラルのドックでは整備方法も限られている。

 モルゲンレーテにブレイズを預け、修復が完了したら再び取りに来るという形が良いのかもしれない。

 戦力が減るのは心許ないが、直らないよりかはマシである。

「じゃあシモンズ主任、ブレイズのこと、お願いします」

「任せておきなさい。ちゃんと直しておくから」

 ブレイズを預けたミストラルは、ミネルバ同様オーブを去る。

 まずは各地の被害状況を見て回ることになる。

 そのオーブ省庁では。

「カガリ、カガリ〜! もう、何時までそこにいるんだい! いい加減出てこないと、体に悪いよ!」

 ユウナがカガリの部屋に向かって叫んでいる。

 ちょうど用があり、通りかかったアスランはその光景を目撃したのだ。

「失礼。どうかなされましたか」

「ああ、アレックス……いや、アスラン。カガリが部屋から出てこないんだよ」

「カガリの奴が? ……先ほど、戦闘がオーブ沖であった事で悩んでいるのかも」

「何回言っても出てこないんだよ。もう、どうしたら良いか……」

 アスランも困り果てた。

 こうなったカガリは頑固で、中々出てこようとしない。

 ただ、自分としてもこのまま立ち去るわけには行かない。

「カガリ、そのままで良い。聞いてくれないか」

「アスラン……どうしたんだい」

「……俺はプラントへ行くことにした」

 瞬間、中で何かが動いたような気配がした。

 しかし、カガリの声は聞こえない。

 隣にいたユウナは驚いていた。

「きゅ、急に何を言っているんだい、君は! 君はカガリの側近だろう!?」

「そうです。しかし側近である前に俺は一人の人間です。今回のユニウス・セブン落下、あれの実行犯であるテロリストについて、議長がどう考えているのか、知りたくなったんですよ」

「アスラン……」

「議長だけ賢明な人間だ……テロリストとは関係ないなどといって自国を危険に晒すような行動は取らないはず」

 フォックスノット・ノヴェンバーにより、地球軍の核攻撃部隊がプラントに迫った。

 議長という立場でありながら、何と言う迂闊な返事をしたのか。

「その真意を、俺は確かめたい!」

「……なら、僕は止めないよ。君は君で、思ったとおりに動けば良い」

「ユウナ・ロマ・セイラン、貴方にはまた迷惑をかけてしまいます……」

「いや、気にしなくて良い。僕にはこれくらいしか出来ないからねぇ」

「カガリの事、頼みます」

 その時だ。

 部屋の扉が開き、カガリが出てきた。

 その頬は涙の筋が幾つも通り、目は真っ赤に張れている。

「アスラン、ユウナ……その……」

「お前の事だ、中で泣いていたんだろう?」

 カガリは頷かない。

 だが、それこそが肯定の証。

「さっきも言ったとおり、俺はプラントへ行く。暫くの間、一人にしてしまうが……大丈夫だよな?」

「……ああ」

「ユウナ・ロマ・セイランもいる。お前は、一人じゃない。泣きたければ、俺やユウナ・ロマ・セイランに相談すれば良い。それから思いっきり泣くんだ」

 今度は頷いた。

 ユウナとアスランの視線が合う。

 まるで駄々をこねて泣きじゃくる子供をあやしているようだ。

「それじゃぁ、行って来る」

「ああ……気をつけるんだぞ」

 アスランが向かったプラント、アプリリウス。

 そこで彼は、もう一人の歌姫と出会い、救世主と出会う。

***

 澄み切った高原地帯にある、廃棄された工場。

 元々地球軍の基地だったが、必要価値が見出せなくなったためC.E.72に廃棄された。

 この基地に、ハイウェルはスターダストと共に来ていた。

 オーブを発って1日。

 オーブ沖で起きた戦闘の報道を目にしたスターダストは、心底悔しがっていた。

「あーあー、私も戦いたかったなー!」

「ふてくされるな。今からお前に新しい「玩具」を与えるんだから」

 格納庫の光をつける。

 そこに立っていたのは真紅の機体が2つ。

 一つはビームライフルにシールド。

 左右の腰アーマーに西洋の片手剣のようなグリップが1本ずつ装備されている。

 背中にはフライングユニットを装備し、大気圏内での飛行が可能なようだ。

「EMS−001−ALFA、CODE-α。お前の新しい機体だ」

「CODE-α……可愛いかも。ねぇ、あっちのは?」

「EMS-003−DELTA」

 ハイウェルがその機体の名前を呟く。

「CODE-、Δだ」

 二機の真紅のMS。

 それが齎すのは、混乱と破壊。

 そして、悲劇。


(Phase-07  終)


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