Phase-06 He met the stardust

 青い空を進む飛行機。
 
 ハイウェルは端末を操作し、オーブの情報を集めていた。

 地球軍とオーブの間で同盟が結ばれた。

 それは全世界的規模のニュースとなっていた。

 中立を保っていたオーブが地球軍と同盟を組むと言う事は、他の中立国はどうすれば良いのか。

 特に密接な関係のスカンジナビア共和国は、右往左往していた。

 オーブの持つ技術力を狙って同盟を組んだのか。

 はたまた脅威になる芽を摘み取るために、同盟国として取り入れたのか。

 様々な憶測が飛び交う。

「もうそろそろ地球軍の派遣部隊が到着するか……。その後、オーブがどう動くか」

「ふぅん。別にあんな国なんかどうでも良いや」

「そうか」

「そうよ。たかが島国なのに、大見得張っちゃってさ。馬鹿みたい」

 スターダストは空を流れる雲を見る。

 白い雲に青い空。

 普通の人間ならば綺麗だと思わざるを得ないこの光景。

 スターダストは違った。

 何とも面白みのない、つまらないだけの光景。

 彼女の中にあるのは戦闘に対する興味のみ。

 それが自分の存在意義であり、全てである。

 戦うことでしか自分を知ることが出来ない。

「オーブに着くまでまだ時間あるでしょ? 寝て良い?」

「……好きにしろ」

 ハイウェルの言葉を聞くと同時に彼女の意識が落ちる。

 深い深い心理の闇。

 その中に、スターダストの意識は落ちて行く。

 暗い闇の中、一人でたたずむスターダスト。

 彼女の心の中。

 それは空洞になっていた。

***

 オーブに停泊中のミネルバに、カガリが足を運んでいた。

 艦長室に向かい、タリアに告げることがある。

 それは、ミネルバのオーブ退去である。

「……地球軍と同盟を結んだ事は、知っていると思う」

「ええ。私も耳を疑いましたわ」

「そのことに関しては本当にすまないと思っている。私や、ユウナが何も出来なかったばかりに……」

「代表のせいでも、セイラン家のご子息のせいでもありません。このご時勢ですもの」

「グラディス艦長……」

 タリアはカガリの心中を察知してか、それ以上は何も言わない。

 補給、整備を受けれただけこちらとしては助かったのだ。

 地球軍が同盟を組み、派遣部隊を向かわせたと聞いたとき、遅かれ早かれオーブを出なければならないと言うのは理解していた。

 カガリが告げに来たところで、別に驚く事ではないのだ。

「こちらもギリギリまでミネルバの整備、補給をさせてもらうつもりだ。それくらいしか、私たちには出来ないからな……」

「お気遣い、感謝いたしますわ、アスハ代表……」

 一礼し、カガリは艦長室を出た。

 全ては自分の責任。

 士族たちを抑えられなかった。

 うつむいたままミネルバの通路を歩いていると、シン達と衝突した。

 出会うなり、シンの表情は明らかに不機嫌なものへと変わる。

「何しに来たんだよ、あんたは……!」

「シン、止めろ」

「オーブが地球軍と同盟を結んだ、だから俺達に出て行けって、言いに来たんだろ!?」

「違う! 私は……!」

「違う!? ハッ、寝言ばっかり言ってんじゃない!」

 シンの声に、その場の空気が張り詰める。

 少しでも触れたら崩れそうな、ガラス細工のように、冷たく繊細な空気。

「あんたが違うとか、そんなんじゃないとか言った所で、結果が変わるのかよ!? 変わらないだろ!? それをいまさらどうのこうの言い訳するなよ!!」

「シン!」

「あんた、自分の言葉一つで……誰が悲しむか分かってんのかよ!!」

 カガリはシンの言葉に、硬直する。

 彼の言葉の一つ一つが彼女の胸をえぐる。

 そう、まるで被害者のような。

「あの時、二年前の戦争で俺の家族はオーブで死んだんだ……」

「家、族……!? オーブ解放戦の時にか!?」

「そうだよ! あの時、あんた達のちっぽけな理想とやらのせいで、俺の家族は殺された! アスハに殺されたんだよ!!」

 その場にいたルナマリア、レイ、メイリンは静かに聞いていた。

 三人とも、シンの家族がオーブで亡くなったのは知っていた。

 ただ、それが「アスハのせい」というのは初耳だった。

「あの時は、ああするしか方法が……」

「無かったって言うのかよ……! ふざけるな!」

「父上だって、悩んだ結果なんだ! 国民の住む場所を燃やす、それが本当に正しい事なのかと!」

「……ッ」

「オーブの理念、他国の争いを持ち込まず、介入せず! それを守った結果なんだ!!」

 シンの顔が、暗く陰る。

「……もちろん、シンや他の皆に迷惑をかけたことは悪いとは思っている。今回の事だって、私がもっとしっかりしていれば防げたんだ」

「……何だよ、それ」

 小さく呟く声。

 シンの瞳が揺らぐ。

「今更、あんたが詫びた所で! 何も戻って気やしない!!」

 シンがその場から走り去った。

 カガリはシンの後を追うことが出来なかった。

 今追ったとしても、火に油を注ぐようなものだ。

 彼の言葉が脳裏で繰り返される。

 アスハに殺された。

 それが本当に正しい事なのか。

 私は、どうすれば良い―――――――――?

***

 オーブ軍港に到着した地球軍の派遣部隊。

 イージス艦に搭載されていたのはウィンダムが30機、そして新型のMAが一機。

 ミネルバがいるという情報を耳にしたのか、すぐに戦闘準備に入る。

「待ってくれ!」

 その場に響いたカガリの声。

 皆が動きを止める。

「お前たちは、本気でミネルバを討つというのか!!」

「しかしですな、代表……ミネルバは敵艦ですぞ?」

「だからって、ユニウス・セブンの破砕をしてくれた相手を追い出すなんて!」

「ハァ……代表は分かってらっしゃらない様子で」

 司令官はカガリを睨み付けた。

「これは戦争なんですよ! 敵がいれば打つ、それが普通でしょう!?」

「しかし!」

「代表を安全な場所に連れて行け。ここはもう軍関係者以外立ち入り禁止だ」

 地球軍兵士がカガリを連れて軍港を出る。

 これで安心して戦闘準備に取り掛かれる。

「大佐、オーブ独立艦隊のリエン・ルフィード大佐がお見えになられなした」

「通せ」

 リエンが、指揮官の前に現れる。

「リエン・ルフィード大佐であります。こんかい、ミネルバ討伐と聞いたのですが……」

「ファントム・ペインすらもてこずったと言うミネルバ、ぜひ貴官の力を借りたいのですよ」

「はぁ……」

「元地球軍所属、リエン・ルフィード、貴方のね」

「まぁ、ご存知で?」

「ええ」

 過去の事は不問となっているのだから力を貸せ、と言う事だろうか。

 これは何とも、出合いたくないタイプの人間だった。

 しかしここで断って一悶着あっても面倒だ。

 リエンは首を縦に振るうしかない。

「ミネルバ出港の時間は?」

「予定では明日の12:00と聞いております」

「分かった。我々は11:30にオーブ沖にて展開、ミネルバを撃つ!」

 湧き上がる地球軍。

 それを横目に、リエンは港から移動しミストラルへと向かう。

 相変わらず、地球軍は変わっていないようだ。

 手段を選ばず、コーディネイターを殲滅する事だけを優先する。

 この風潮が広がれば、軍は腐るだけだ。

 ミストラルについたリエンは、先ほどの会話をミリアに伝える。

「詳しい作戦は明日、伝えてもらえる。艦の発進準備を進めておかせろ」

「了解です。しかし、本当にミネルバは撃つべき相手かしら」

「……が、同盟を結んでいるんじゃぁなぁ……」

 ミネルバはザフトで、自分達はオーブ。

 敵対勢力同士である。

 これでミネルバに手でも貸せば、今度は地球軍から狙われる。

 中々難しい問題だ。

「ロイド、アキト、ヴェルドにエイス、それに新入りの二人に機体のメンテナンスを、と」

 本気でミネルバを撃つつもりではない。

 ただ、ある程度は動かないと。

 ロイド、アキト。

 ヴェルドにエイスの実力は知っている。

 未知数なのは新入りの二人だ。

 あの二人がどのような働きをするのか。

「ちょっと、リエン」

「アイリーン……? おい、ここは禁煙だぞ」

「……」

 罰が悪そうにタバコの火を消す。

 アイリーンが改めてリエンに話しかける。

 それはアイリーンとアルフの、今後の役割だった。

 MSが無ければ戦うことも出来ない。

 彼らにはブリッジクルーを担当してもらうと言う事を伝える。

 アイリーンは通信、アルフは火気管制。

 どちらもカラーズ時代の事を考えての配置だった。

「でも、これからどーなるんだろうねぇ、オーブは」

「……さぁ」

 それはカガリ次第。

 そして、世界次第と言う所か。

***

 オーブに吹く風は、若干塩気があるような気がした。

 スターダストは、そう感じた。

 戦争中だというのに道行く人々は気楽でのどか。

 こういうところで戦闘をしたら、楽しいだろう。

「スターダスト、これから私は行くところがある。ついてくるか?」

「いい。つまんなそうだし」

 スターダストはオーブ市内を探索するといってどこかへフラフラと向かう。

 ハイウェルも特にそれを止めるでもなく、目的地へと向かう。

 彼の目的は軍港に程近い、広場。

 そこでなら遠目にオーブの動向を探れるかもしれない。

 それにしても。

 オーブは自分の首を絞めるのが好きらしい。

 この場合、どのような手段をとっても同盟など組まないのが好ましいというのに。

 それも全て「国民」のため、という奴だろうか。

「浅はかな……」

 その時、ハイウェルの端末に一通のメールが入る。

 それは新型機の完成の知らせだった。

 一機は元々スターダストが乗っていたものを改良した機体。

 これはC.E.72の月面ノースブレイド襲撃の時に乗っていたもの。

 そしてもう一機は完全新型機。

 近距離、中距離、遠距離。

 その全てに対応できるバランスの取れた機体。

 CODEシリーズ。

 この二機が正式にロールアウトすれば、世界は。

 その頃、スターダストは市内の探索に夢中になっていた。

 その姿はまさに普通の女の子と言える。

 しかし、頭の中は戦うことしか考えていない戦闘狂そのもの。

 そんなスターダストがたどり着いたのは海岸だった。

 輝く海面に、スターダストはじっと見る
 
 確かに綺麗だ。

 綺麗だからこそ、壊したくなる。

 そんな気分。

「あーあ、つまんないの。帰ろ」

 その時だ。

***

 時は少し遡り。

 フエンはロイドと一緒に病院に付き添っていた。

 ミストラルに乗り、戦うにあたり紹介するべき人間がもう一人いると、ロイドに言われた。

 ある病室に入ると、彼女はいた。

 静かに窓から外を見ている。

「……ロイド」

「よう」

 ロイドが見舞いのリンゴをセフィに渡す。

「……彼女は?」

「セフィ・エスコール。何つったら良いかなぁ……」

 中々難しい話である。

 ロイドが悩んでいると、セフィが口を開いた。

「……私、ロイドの妹なの。ね、お兄ちゃん」

「おに、お兄ちゃん!?」

 考えてもいなかった返し方にロイドが慌てふためく。

 そのやり取りに思わずフエンは噴出した。

 確かに目元の辺りは似ているが、どうも「兄妹」と呼ぶにはぎこちない。

「フエン、悪いけど何か飲み物買ってきてくれ」

「何が良いですか?」

「さっぱりしたもの」

 あまりにも抽象的な返しに、フエンは戸惑いながらも病室を出る。

「……彼に、本当の事は言わないんだね」

「言った所でどうなるさ。お前の病気が治るなら何べんでも口にしてやる」

 そうは言っても、セフィのクローンとしての病は治るものではない。

 薬で進行速度を抑える事ならば出来るが、決定打にはならない。

 彼女は、死を待つしかないのか。

 いや、何か方法はあるはずだ。

「買ってきましたよ」

「あ、ああ……悪いな」

 ふたを開け、セフィに手渡す。

 こうしてセフィと言葉を交わせるのは、あと何年だろうか。

 いや、何日かもしれない。

 セフィとの会話は二時間程度で切り上げた。

 今日は夕方から運動訓練があるという。

 ベッドの上に寝てばかりでは運動不足で、逆に体に悪い。

 病院を出て、軍に戻ろうとした時。

「ねぇねぇ、ちょっとちょっと」

 ふと、見知らぬ少女に声をかけられた。

 薄いクリーム色の髪のツインテール。

 金色の瞳。

 初めて見る顔だった。

「ここに行きたいんだけど、迷ったの。送ってってよ」

「まぁ、俺たちの帰る場所の方向だから良いけど」

「ええ、確かにそうですね」

「じゃあ、決まりだね!」

 少女が走り出す。

 案内してくれといったのに先に走り出すとはこれ如何に。

 少女は小走りで、ロイド達の先を歩く。

「そう言えば、デュライドはついてこなかったな」

「ええ。なんでも機体を重力に適応するためにメンテをするとか……」

「なるほどねぇ。何となくだが、デュライドとアキトは似ている気がする」

「そうなんですか?」

 どこかクールな所。

 他人に流され無い所。

 雰囲気もそっくりなのだ。

「ま、二人とも敵には回したくないがな」

「そうですね」

 アキトもデュライドも、腕が立つのは確かだ。

 あの二人が敵に回った時の事を考えると。

「ねぇ、海が見えた」

 商店街が開けて、目の前に海が広がる。

 処女が行きたかった場所に、間違いは無さそうだ。

 少女が椅子に座っている男性に近づく。

 保護者だろうか、その男性がフエンたちに近づく。

「すいません、この子がお世話になったようで」

「いえ、僕たちもこっちに用がありましたから」

 男は物腰の柔らかそうな口調で、オーブについて話を始めた。

 地球軍と同盟を組んだ事で、荒れたりはしないのだろうか。

 今後、オーブはどうなるのか。

 そんなことばかりだったが、フエンたちに何を言う事も出来ない。

「ねぇ、あなた。名前は何て言うの?」

「俺? 俺はロイド――――」

「ううん、あなたじゃないの」

「……」

 少女がフエンに近づき、再び問う。

「あなたの、名前は?」

「え、あ……フエン、ミシマ……」

「フエン……ふぅん……」

 フエンの頬に、少女の唇が触れる。

 硬直するフエン。

「私はリアナ。また、どこかで会おうね!」

 それだけ言うと少女は男と一緒にその場を去った。

「若いねぇ……」

「な、何なんでしょうね、あの子」

 ロイド達と分かれた少女は、男と話していた。

「珍しいな、お前が他人に興味を抱くなんて」

「だって可愛いじゃない。必死でさ」

「ふん……」

 だが、一緒にいた男。

 名前をロイドといったか。

(……面白い事になりそうだな)

「ねぇ、ハイウェル」

「何だ、スターダスト」

「私、この国を潰してみたいよ」

 そういって微笑んだ少女の笑みは、異常そのものだった。

 それが叶うのは、半年後。

 星屑の猛威が、オーブを包む。


(Phase-06  終)


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