Phase-05  かつて敵だったもの

 フエンは耳を疑った。
 
 目の前にいるネオと言う男は自分とデュライドにこう告げたのだ。

 君達はオーブに残り、オーブ軍として働いてもらいたい、と。

「待ってください! 全くもって言っている意味が分からないんですが……」

「つい先ほど、地球軍とオーブが同盟を結んだ、と言えば察しはつくかな?」

 つまりはオーブに地球軍兵を派遣でき、地球軍にオーブ兵を派遣できる。

 ネオはフエン、およびデュライドをオーブ軍に派遣する考えを持っている。

「異論は無いかな?」

「異論も何も……急ですね、嫌に」

「先のユニウス・セブン落下の時、君達はザフトと共に行動していた……」

 口を開いたのはイアンだった。

 ネオに比べると根っからの軍人気質のイアンの言いたいことは一つ。

 敵性国家としたザフトと、いかなる理由があろうとも行動を共にする事は群に対する裏切り行為である。

 ただ、今回は事が事だけに、あまり大事にするつもりは無い。

 しかしながら、何らかの処罰を与えないと示しがつかない故に、彼らをオーブへの派遣兵としての処罰を下したのだ。

「まぁ、私としても君達のような腕のあるパイロットを手放すのは惜しいんだがね」

 ネオがそう言うが、それは果たして本心かどうか全く分からない。
 
 仮面を被っている人間ほど、信用できない人はいない。

「オーブ側の準備が整い次第、君達には地上へと降りてもらう。まぁ、生きていればまた会えるだろうよ」

 ネオが敬礼をしてその場を去る。

 残されたフエンとデュライド。

「オーブ、ね……。まさか地球軍自体から外されるとはな」

「でも、僕はファントムペイン自体は否定ですよ」

 フエンの瞳は、ネオの出て行った扉を睨んでいた。

 軍とは言え、やって良いことと悪いことがある。

 ましてや今回のような、戦争をわざわざ引き起こすような行動は控えるべきだと。

「僕はただ、守りたいだけなんだ……姉さんを、皆を」

「……それが、お前の戦う理由、か」

「……話した事、ありませんでしたっけ?」

「さぁな。初めて聞いた」

 誰にでも理由はある。

 フエンが戦うのは、守るため。

 では、デュライドが戦うのは?

***

 オーブにミネルバがたどり着いたのは、地球軍と同盟を組む会議とほぼ同時だった。

 カガリの計らいで、すぐにミネルバ及びMSの整備をしてもらえる事となった。

「カガリ!」

「ユウナ・ロマ・セイラン! うわっ!」

「大丈夫だったかい! 怪我は無いかい! あぁ、もう!」

 そのあまりにも熱い抱擁にカガリは些か困っていた。

 それを見るアスランは、やや困っていた。

「ああ、アレックス。君もご苦労だったね」

「いえ」

「帰ってきてすまないが、あとで報告書を纏めて僕のところへ持ってきてくれないか」

「では、すぐにでも」

「ああ、良いよ。まずはゆっくり休むといい」

 ユウナがカガリをつれて、ミネルバの泊まった港を後にする。

 まずは最近のオーブの情勢から話さないとならない。

 迎えの車の中で、ユウナは先ほどとは全く違う顔つきでカガリに話をした。

「カガリ……君が留守にしている間に大変な事になったよ」

「大変な事?」

「ああ、オーブが地球軍と同盟を結んだんだ」

「なん……だと!? 馬鹿な! 士族たちは何をしているんだ!」

 それについては、全ては自分たちセイランが悪いとユウナは告げた。

 地球軍の士官が脅し迫った時、自分は父を止められなかった。

 本来ならば、毅然とした態度で向かわなければならなかったのだ。

 なのに。

「僕は、無力だな……。自分よりも押さない女の子が頑張っていると言うのに」

「ユウナ……。そ、そんなことは無い! 私がいない間、ユウナは頑張ってくれていた! 違うか!?」

「カガリ……」

 車が泊まったのは行政府入り口。

 カガリが車を降りると待っていたのは、議員たちだった。

 無事だった事を確認したのか、安堵の息を漏らすものばかりだった。

 そして、現在の状況を尋ねる。

「現在、地球軍と同盟を結んだせいで、地球軍の派遣部隊がこのオーブに向けて進んでいます」

「派遣部隊……そんな物まで……」

「つきましては、現在停泊中のミネルバをどうするか、が最大の関門かと」

「だな……。タイミングが悪すぎた」

 地球軍と同盟を結んでいる以上、ザフト軍艦ミネルバをこのまま停泊させておくわけにはいかない。

 それこそ再びこのオーブを焼くことになるだろう。

 派遣部隊到着予定時刻は、明後日13:00。

 それまでに何とかしないとならない。

 カガリの決断が、全てを決めるのだ。

***

 シンは、ミネルバの射撃訓練室でひたすらにトリガーを引いていた。

 体を伝わる反動が。

 銃口から流れる硝煙が。

 自分を集中させる。

 オーブに伝から整備があるので上陸許可が下りた。

 ルナマリアはメイリン、ヨウラン、ヴィーノたちと市街地へと出かけた。

 ただ、シンを除いて。

 いや、シンが辞退したのだ。

 訓練室の扉が開きレイがやってきた。

 その手にはシンが使っているものと同型のハンドガン。

 シンが防音イヤホンを外す。

「レイ」

「何だ、お前は外に出なかったのか」

「いいよ、俺は……」

 あまり根を詰めると体に悪いぞ、とレイは言う。

「まだ暫く艦は出港しない。ここらで気持ちを落ち着かせておけ。何しろアーモリーからここまで戦闘ばかりだったからな」

「……」

「お前の気持ちは分かるが、今度は何時ごろ停まれるかわからないんだ」

「……分かってるよ」

 シンが訓練室を出た。

 気がつくと2時間、この訓練室にいた。

 なんだか気分が滅入ってしまった。

 オーブに来たということだけでなく、レイの言うとおりここまでの戦闘続きの疲労が溜まったのだろう。

 私服に着替えて外に出る。

 潮風独特の香りが鼻を刺激する。

 そのまま一人で歩き、あの場所へと向かう。

 二年前のあの日。

 ここでシンは全てを失った。

 親を、妹を、日常を。

 しかし、再び訪れたこの場所は、綺麗に整備されて慰霊碑が建っていた。

 その慰霊碑を見たシンは、怒りに似たものを感じていた。

 こんなもので、こんな石の塊であの惨劇を語り継げるものか。

「こんなもの……!」

「キミ……?」

 ふと、どこからか声が聞こえた。

 見ると海へと繋がる道に、男が一人立っていた。

「慰霊碑……見に来たの?」

「……そういう訳じゃ」

 シンは、目の前の男の雰囲気に眉をひそめた。

 悟りを開いているとか、生気がないとかそれに近い。

 極めて弱弱しい。

「……どうしてキミは、そんな目をしているの?」

 鋭く、ナイフのような瞳。

 瞳の赤はまるで。

「何かを憎んでいるような、そんな目を……」

「……あんたには分からないさ」

 ダメだ。

 全く無関係の人間じゃないか。

 自分の気持ちを知らない、赤の他人じゃないか。

 落ち着くんだ、シン。

「ここで、この場所で! 家族を失った! なのに、こんな小奇麗な慰霊碑なんか建ててさ!」

「キミ……は」

「だから俺はオーブなんか……信じない! オーブを纏めるアスハも信じない!!」

 目の前の男は、ただ動かずじっとシンの叫びを聞いていた。

「あの時、自分たちの決断で誰が死ぬか、あいつらは分かっていなかったんだ! オーブの理想なんてものを守るためにケンカを買って……! その結果があのザマなんだよ!!」

 シンの激昂は、空に響く。

 しかし目の前の男は非常に静かだった。
 
 あたかも最初からシンの話だけを聞くためにこの場所にいる。

「いくら綺麗にしても……人はまた吹き飛ばす……!」

 それだけ言うとシンは目の前の男に向かって頭を下げた。

「す、すいません……俺、一度頭に血が上ると止まらなくて……」

「大丈夫、気にして無いよ」

 シンが帰ろうと踵を返した時、男が問う。

「ねぇ、良かったらキミの名前、教えてくれないかな」

「は……? あ、シン、です。シン・アスカ……」

「シン……か。僕はキラ、キラ・ヤマト。またどこか出会えると良いね、シン」

 シンとキラ。

 本来ならば出会うことの無い二人が出会った。

 この後彼らは、互いの思念をぶつけ合うこととなる。

***

 明日、12:25。

 オーブ軍飛行場に一機の輸送シャトルが着陸した。

 後部から現れたのは二機のMS。

 そして降り立ったのは二人の少年だった。

 二人はその足でオーブ軍本部へと出向いた。

「地球軍第81独立機動部隊ファントム・ペインより派遣兵としてやってきました、フエン・ミシマ少尉であります」

「同じく、デュライド・アザーウェルグ中尉であります」

「遠い所ご苦労様。ミストラル艦長、リエン・ルフィード大佐だ」

「『副官』のミリア・アトレーです」

 何故か「副官」の部分を強調された。

 初対面のフエン達にとって、知る由もない。

「じゃぁ、これから二人をミストラルへと案内するけど、何か予定とかは?」

「いえ、特に」

「ん、良いのかい? せっかくオーブに来たんだからさ」

 だが、リエンの言葉もミリアからの威圧で途切れてしまう。

 この二人、一体何なのだろう。

 リエンとミリアに連れられて二人はミストラルが格納してあるドックへと向かった。

 アークエンジェル級三番艦という名の通り、外見はほとんどアークエンジェルそのままだった。

「やっぱり……あの時の」

「あの時?」

「2年前、月面宙域でミストラル隊と戦闘を交えた事がありまして」

 それを聞いてリエンは言葉を失った。

 そう、その時の事はよく覚えている。

 地上から宇宙に上がりたてて、ロイドもアキトも慣れていない時だった。

 月面宙域で、戦闘となった。

 あの時は惜しくも逃がしてしまったが、今こうして自分がミストラルに乗ることになるとは思ってもいなかった。

「じゃあ君はあの時……」

「ええ、出撃していました。多分見れば分かると思います。ストライクダガーとは違うタイプでしたので」

「あの特機のパイロット……そうか、君だったのか」

 やはり世界は狭いようだ。

 ミストラル内部を案内され、ブリッジ、ブリーフィングルーム、食堂、休憩室と案内され。

 最後に向かったのはMSドックだった。

 もはや搭載数ギリギリのMSが並んでいる。

 見慣れない二機のMS。

 M1アストレイ。

 それに自分達の機体と。

「あれは……!」

 月面宙域で、フエンが一戦交えた機体がそこにある。

 フェイズシフトがダウンしてるのだろう、灰色の装甲だがその形状は見間違えるはずが無い。

 GAT-X142。

 その形式番号が脳裏に浮かぶ。

 あの時は負けたことによる悔しさがこみ上げていた。

 しかし今は、その感情は消えうせていた。

 ただあるのは驚きだけ。

「ブレイズがどうかしたのか?」

 響いた声は、リエンのものでもデュライドのものでもない。

 何時の間にか背後にいた青年。

 フエンの視線が、合わさる。

 目を惹くのは紺色の髪。

 そして髪と同じ紺色の瞳。

「ロイド、病院か?」

「そうです。だって心配だし。……この二人は?」

「今日配属になった地球軍からの派遣兵だ」

 それを聞いて思い出した。

 オーブは地球軍と同盟を結んだと言う事を。

 ロイドにとって、あまりピンと来ないようだが。

「フエン・ミシマ少尉です」

「ロイド・エスコール少尉だ。よろしくな」

 かつて敵だったフエンとロイド。

 今、彼らはこうして共にいる。

 格納庫を出たフエンは、先に去ったロイドの後を追った。

「エスコール少尉!」

「ん?」

 フエンが肩で息をしてそこに立っている。

 急いで追ってきたようだ。

「フエン、だっけ。何か用事でも?」

「一つ、聞きたい事がありまして……」

「聞きたいこと」

「どうして、地球軍を抜けたのかって……」

 そもそも理由なんて明白だった。

 地球軍自体が腐っていたから。

 自分達は地球を守る正義の味方になりたいわけでも。

 コーディネイターを滅ぼすための戦士になりたいわけでもない。

 戦争を終わらせたいから。

 彼らはナチュラルだ、ザフトに入ることはできない。

 ただそれだけの事だった。

 フエンも同じだ。

 守りたいものがある、人がいる。

 だから彼は地球軍に入った。

 しかし、今の地球軍は。

「今なら僕、ロイドさん達の考えも分かるかもしれません」

「……そっか。ただ、あまり気負うなよ? フエンみたいなタイプは、気負うと周りが見えなくなりそうだし」

「エスコール少尉……」

「ロイドで良いよ、面倒くさい」

 それだけ言い、ロイドは鼻歌交じりに歩き始めた。

 中々、ミストラルのメンバーは個性的な人間が多いようだ。

***

 先のユニウス・セブン落下事故。
 
 それはやがて「ブレイク・ザ・ワールド」と呼ばれるようになった。

 ジブリールは他のロゴスに宣言したとおり、プラントへの大規模な侵攻作戦を展開した。

 しかしそれも寸での所で失敗に終わった。

 苛々が募るが、まだ始まったばかりだ。

「ロード・ジブリール」

「ハイウェル・ノースか。何か用かな」

「これから暫く出かけてくる」

「ほう……それはまた急だな。それで、場所は?」

「オーブだ。地球軍と同盟を組んだオーブがどう変わるか、この目で見てみたくてな」

 地球軍の派遣部隊もオーブへ向かった事だ、これからオーブは大きく変わるだろう。

 それこそ面白い方向へ。

「スターダスト、行くぞ」

「はーい」

 無邪気ではあるが、不気味さを含んでいる返事。

 静まり返る、地下室でジブリールは一人ワインを注いだ。

 ハイウェルも何を考えているのやら。

「あんな小国、放って置けば勝手に沈む。わざわざ出向いて見るほどでもなかろう」

 さて、オーブはどう転ぶか。

 ジブリールはそれが楽しみで楽しみで仕方がなかった。


(Phase-05  終)


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