Phase-03 暗躍する影<SIDE-B>
アーモリー・ワンでの戦闘が終了した。
その事は地球全土に放送された。
その際に巻き込まれた民間人、各首脳陣の安否も同時に放送され、各国家群は一先ずその胸を撫で下ろした。
それは、オーブとて例外ではなく。
「ほ、本当かい!? カガリが、カガリが無事だって!?」
オーブ代表であるカガリが無事だと言う一報を聞き、取り乱す男が一人。
オーブ五大氏族、セイラン家の一人息子、ユウナ・ロマ・セイランだった。
「お、落ち着いてください、ユウナ様! 彼女の安否についてはザフト上層部に連絡を取り、確実なものとなっております!」
「それで! い、いつ帰ってくるんだい!?」
「それが……」
士官がユウナにその言葉の続きを話した。
カガリは今、ザフトが新しく開発した新造艦に避難しており、その新造艦があろうことか推進式を待たずに強奪されたMS奪還任務を開始した。
情報は以上だった。
これだけの情報を手に入れることが出来た事自体、奇跡に近い。
もっとも、ザフト側の不手際で代表であるカガリが巻き込まれたのだ。
それだけの情報を明け渡す義務がある。
「それじゃあ、カガリは何時オーブに戻ってくるか分からないのか!?」
「そ、そういうことに……」
「くそっ! アレックスは何をやっていたんだよ!!」
カガリに何かあっては困ると言う理由でアレックスを付き添わせたと言うのに。
これでは元も子もない。
今はじっと、彼女が帰ってくるのを待つのが得策である。
だが、果たしてこの男がそれを待ちきれるかどうか。
***
同時刻、モルゲンレーテ地下演習場。
かつてこの場所でキラ・ヤマトの駆るフリーダムと、ムウ・ラ・フラガの操るストライクの模擬戦が行われた。
その場所で、今日も模擬戦が行われようとしていた。
『使用するライフルに装填されているのはマーカー弾、当たってもダメージにはならないわ』
エリカからの注意事項を聞いているのは、アキトだった。
先日、彼が所望していたM1アストレイに慣れる為の模擬戦が実現したのだ。
『それと、サーベルも出力を極限まで落としているわ。形こそ形成されるけど、ダメージはほとんど無いわ』
「分かりました」
M1アストレイが演習場内に足を運ぶ。
対戦相手は、エメリア・コーテリス中尉。
C.E72年中期からM1アストレイに乗り始めた、アキトにとっては先輩のような相手である。
「キリヤ少尉、模擬戦だからと言って手は抜かないわよ」
「それはこちらも同じ事、手加減はしない」
アキトがペダルを踏み込んだ。
M1アストレイ背部のスラスターが音を立て、唸る。
勢いよく突進し、相手のバランスを崩す。
中々の運動性能。
突進の時の勢いは殺さずに、サーベルを抜く。
エメリアがその一太刀を見極め、避けていく。
左手に装備したシールドを、アキト機の右手にぶつけ、サーベルを落とした。
「ならば……!」
ライフルをほぼ同時に構える。
そして互いに打ち合う。
機体各部にマーカーが打ち付けられる。
反動によるショックもコクピットにはほとんど伝わってこない。
オーブ、ひいてはモルゲンレーテノ技術力の高さが、このM1アストレイにはつまっていると言う事か。
「初めてにしては、中々上手に乗りこなしているようだけど……!」
エメリア機がイーゲルシュテルンで地面を削る。
その際に巻き起こった煙が、アキト機の視界を遮った。
それに乗じて、エメリア機がアキト機の首元にサーベルを突きつける。
「それまで!」
エリカの声が響く。
アキトの視線は、エメリア機を見据えていた。
模擬戦が終わり、アキトはM1アストレイのコクピットから降りた。
このM1アストレイは中々扱いやすい機体のようだ。
基本的な武装に、基本的な性能。
初めて乗るアキトでも十分動かす事ができた。
唯一つの弱点は、火力が低く、決定打に欠けるというところか。
「キリヤ少尉」
「……コーテリス中尉」
「中々、いい動きしていたわ。でも、まだまだってところかしら。精進なさい」
「……ええ」
エメリアが軽く会釈をして、演習場を後にする。
彼女は演習場を去るとき、こう考えていた。
まだまだ軍にも面白いパイロットがいるものだ、と。
***
演習が行われていた頃、リエンは国防省庁に足を運んでいた。
先日のアーモリー・ワン内部での新型MS強奪事件。
それを幕切れに、ザフト、連合の双方の衝突はほぼ免れないだろう。
現にザフト軍新造艦と地球軍の特務部隊が戦闘を行っている。
そして、その飛び火は何時、オーブに来るか分からない。
「自分が、ミストラルの艦長を再任……でありますか」
「そうだ。前大戦時に君達を保護した際に回収させてもらったアークエンジェル、そしてアークエンジェル級三番艦ミストラル。君にそのミストラルの艦長に就いてもらいたい」
オーブ地下工廠でアークエンジェルとミストラルの修復作業が行われており、比較的被害の小さかったミストラルは既に航行可能なまでに修復されていた。
アークエンジェルの方も、同様にもう暫く微調整をこなしたら航行可能となる。
「なお、その際の人選は君に全て任せる。ミストラル航行後、君達にはオーブ軍独立遊撃隊として行動してもらう。基本的には君達の自由に行動してもらうが、定時報告だけは義務付けさせてもらう」
「……」
「どうした、不服かね」
「え、いえ、ただあまりにも急だったもので。リエン・ルフィード、任を全う致します」
「頼むぞ、ルフィード艦長」
もう一度ミストラルの艦長として、この世界に出ることになる。
人選は、どうなるかはもはや分かりきった事。
かつてのメンバーに任せるしかない。
モルゲンレーテに戻ったリエンは、ミリアにその辞令をすぐに伝えた。
彼女も驚いていた。
ミストラルの修復の件は聞いていたが、こんなにも早く、しかも自分達がもう一度乗ることになるとは思わなかった。
「じゃあ、また私が副官で、大佐が艦長を?」
「そういうことだ。あとでヴェルド達にも話をつけてくる」
「でも、何か妙じゃないですか?」
ミリアの言葉に一瞬、リエンが止まる。
ザフトは新造艦と新型MSを作っていた。
そのせいで地球軍からの攻撃を受け、アーモリー・ワンは壊滅的ダメージを受けた。
その状況を知っているはずなのに、何故このタイミングでミストラルの出港任務などリエンに与えたのだろう。
そもそも前大戦時、不沈艦の名をほしいままにしたアークエンジェルと、その同型艦。
それを不正に所持していたとなるとオーブの立ち位置だって危ないはずなのに。
ミリアは、何か裏があるような気がしてならなかった。
「……確かに、な。が、今は表向きだけでも従っておくのが良いんじゃないか? 追々、その事についても明らかになる時がくるさ」
「追々って、何時ですか、それ」
「さぁ? 明日か、明後日か……もしかしたら10年先とか?」
「もぅ……適当なんですから」
それがリエンと言う男だ。
しかし、リエンも不思議に思わなかったわけではない。
裏があるのか。
それともただただタイミングが悪かったのか。
何にしても、この件は暫く様子を見たほうが良さそうだ。
***
明日、リエンはかつてのメンバーを集めた。
CICにリィル・ヒューストン少尉、火気管制にヴァイス・シュヴァイツァー少尉。
操舵にオーブに入ってから知り合ったユウ・サカシタ軍曹。
通信兵に同じくオーブに入ってから知り合った、アレフ・ウィナード。
MS隊はロイド・エスコール、アキト・キリヤ。
そこに傭兵であるヴェルドとエイスを加えた4名が主なパイロット。
アイリーンとアルフもミストラルに乗船するが、主にサポート役にまわってもらうこととなった。
とりあえずこれでメンバーの方は集まった。
一週間後、彼らはミストラルに乗り込み、各地の情勢を見て回る旅に出ることになる。
その人事が決まった一方、オーブ上層部は密かに会合を行っていた。
そこにいたのは地球軍の軍服を纏った人間。
そしてユウナと父であるウナト・エマの姿。
「いや、お忙しい所このような会合に出席していただき、感謝していますよ、ユウナ・ロマ・セイラン、ウナト・エマ・セイラン」
「地球軍の人間が、何の用だい? 悪いけど今僕達は……」
「代表不在で慌しい、と?」
「……分かっているなら」
「その代表不在の今だからこそ、こうして我々も足を運んでいるのですよ」
つまり、なかなか悪い話を持ちかけられると言う事だ。
「率直に言おう。我々地球軍と同盟を組んでもらいたい」
かつてオーブを侵略した地球軍。
その彼らと同盟を組むと言うのは、首を縦に振ることなどできない。
もちろん、地球軍とて今すぐに答えを聞こうというわけではない。
「期限を設けさせていただきますよ。もちろん、同盟を組まなくてもこちらは貴方方に何か手を出そうと思っているわけではありません」
「そう言って! 前大戦時だって……!」
「あの頃の代表はもう死んだ。我々は、あの頃とは違うんですよ。それに、我々と同盟を組んでいただければ、オーブを守り抜く盾になりましょう」
「く……」
「ユウナ、落ち着け」
ウナトが宥める。
ユウナがソファに腰掛ける。
「今日はこのままお引取り願いたい」
「ほう」
「こちらも代表が不在のため、私たちだけでは事を決めかねない。もっとも、代表がいたとしても首を縦に振るとは思えんが」
「……分かりました、では今日はこのまま帰りましょう」
士官が立ち上がる。
何ともオーブにとっての未来を決め兼ねない選択権を迫られたものだ。
ユウナたちにとって、地球軍の言葉など信じろと言う方が無理なのだ。
何せ一度彼らのせいで国を焼いている。
どうせ、今回も断ったら無理にでも攻め込んで強制的に首を縦に振るわせようというのだろう。
「この事はアスハ代表には内密にしておけ」
「父さん?!」
「あの小娘に知られたら、またぎゃあぎゃあと騒ぎ立て、地球軍にでも乗り込み兼ねんからな。そんなことをされてみろ、我々は摘み者にされてしまう!」
今回も、アーモリー・ワンで新型機が開発されていると言う情報を聞くなりすぐに飛び出して言った。
昔から行動力はあるのだが、如何せんそれが仇になりすぎているのだ。
何か事件に巻き込まれて、最悪命を落としでもしたら遅いのだ。
二人は、どうするべきか。
ウナトは知らせるなと言っているが、この件は国の運命を決めるものだと考えても良い。
一度、カガリの耳に知らせておくべきだ。
ユウナはカガリが早く戻ってくるのを切に願っていた。
それは、恋心を抱いているからと言う事とは別に、国の一大事故に。
最終的に決めるのは、カガリなのだから。
(Phase-03 <SIDE-B> 終)
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