Phase-03 暗躍する影<SIDE-A>

 アーモリー・ワンより脱出するシャトル。

 その中には民間人を乗せていた。

 皆、今日のミネルバの進水式を見るためにやってきた人たちばかりだった。

 そしてそのシャトルの中でも高速で離脱するシャトル。

 それは、各要人を乗せたものだった。
 
 彼らに怪我をするようなことがあったら、それこそ国際問題になる。

 彼らは民間人の乗るシャトルとは別に用意されたものに乗り、アーモリー・ワンを出た。

 皆口々に「災難だった」、「あってはならないことだ」とぼやいている。

「しかし皆さん、これも起こるべくして起きたのでは?」

 一人の男が口にしたその言葉に、皆が振り返る。

 二十代半ばの男、その横には少女が一人座っている。

「君は確か……」

「ハイウェル・ノース、スカンジナビアの人間ですよ」

 もちろん嘘。

 今回の騒動の見物にやってきたのだが、予想以上に面白い出し物となったようだ。

 情報にあった3機の他に作られたMS。

 しかも換装システムがあるとなれば、ユニウス条約下の現在では脅威である。

 換装システムのそれは、地球軍の専売特許と思っていたが。

 よもや不明の一機、そして量産機にまでそのシステムを組み込んでくるとは思わなかった。

「何しろ、この平和な世界において新型MSを開発し、さらに新型艦の進水式を堂々と行う。これだけの騒ぎが起きてもおかしくは無いでしょう」

「しかしなぁ、地球軍もわざわざ事を荒げるような事をしなくても」

「ですが、彼らはきっとこう言うでしょうね。戦争の芽を摘み取った、と。まぁ、それが結果として戦争を引き起こしたと、皮肉な事なんですがね」

 後方へと流れていく宇宙の星々。

 ハイウェルの言葉に、そこにいた皆が考えを浮かばせていた。

 そう、作ったほうが悪いのだ。

 口実はある。

 彼らは、戦争の目を摘み取ったまでだ。

 世界は、面白いほどに混沌の時代へと足を踏み入れていた。

***

 アーモリー・ワン宙域で行われていたフォースインパルス、ザクファントムとエグザスによる戦闘は、ミネルバ及び敵母艦の登場により一時中断していた。

「シン、レイ、一時帰還しなさい」

 タリアの指示に、シンとレイは目の前の敵機、敵母艦を視認している。

 このままみすみす帰還したら、本当に逃げられる。

 叩ける時に叩いておかないと、最新鋭機3機は脅威になる。

 ただ、それは各々の機体のエネルギーが十分残っていれば、の話である。

 インパルスは一度、シルエットの換装によりエネルギーを回復する事ができた。

 しかし、その後の移動、攻撃、全てにおいてエネルギーを大量に消費していた。

 残りエネルギーは既に40%を切っており、心許ないのが事実。

 ここは一度戻り、態勢を立て直すのが吉か。

 エグザスも母艦に戻り、これより先は艦隊戦になるだろう。

「前進微速、ミネルバはこれより敵艦に対して攻撃を行います。以後、対象をボギー・ワンに認定、今後のミネルバの任を新型機の奪還、及び撃破に設定いたします。宜しいですね、議長」

 ブリッジに共に座っていたギルバートに確認を取る。

「ああ、構わんよ」

「ありがとうございます。アーサー」

「りょ、了解! トリスタン、イゾルデ機動! ミサイル発射管ハイトハルト装填! 照準、ボギー・ワン!」

 ミネルバの武装が展開し、ボギー・ワンを狙う。

 ボギー・ワンはこの場での戦闘よりも逃走を選択したのか、回頭し前進する。

「てぇーッ!!」

 アーサーの声と共に42cm通常火薬3連装副砲M10「イゾルデ」が火を噴いた。

 真っ直ぐに発射されたイゾルデの弾丸は、敵艦の左舷を掠める。

 ボギー・ワンも中々の機動性を持っているようだ。

 そのボギー・ワンから反撃とばかりにミサイルの雨が降り注いだ。

「CIWS起動、敵ミサイルを迎撃後、トリスタンにて追撃を行う!」

 ミネルバ各所に装備されたCIWSが降り注ぐミサイルの雨を落としていく。

 続いて、2連装高エネルギー収束火線砲XM47「トリスタン」の追撃を行うが、ボギー・ワンが何かを切り離した。

 推進剤の入ったタンクのようだが。

「マリク、面舵40! 回避を!」

「は……?」

 装だ担当のマリクの反応が遅れる。

 切り離されたそれを、CIWSが認識し弾丸を浴びせる。

 瞬時に大爆発を起こし、モニターが閃光に包まれる。

 やはりそれは外付けの推進タンクだった。

 それを切り離す事により、船体の受領を軽くし逃走を図りやすくし、タンクを敵艦にぶつければ攻撃にも使える。

 やられたものだ。

 閃光が収まった時、既にボギー・ワンの姿は小さくなっていた。

 足自慢のミネルバでも、追いつけるかどうか。

「敵艦、ロストしました・…・・・」

「コンディション・レッド解除、メイリン、付近の探索をお願い。私はアスハ代表の所へ向かうわ」

「了解しました」

 タリアがブリッジを出る。

 医務室へ向かう時、通路で出会う兵士たちの表情のほとんどが暗いものだった。

 皆、急な出撃に不安を抱いているのだ。

 医務室前にはルナマリアがいた。

 彼女もカガリの事が気になったか、はたまたその側近が気になるのか。

「ルナマリア、アスハ代表の様子は?」

「か、艦長! それが、まだ中に入っていなくて……」

「そう。あまり外でうろうろしていると、逆に怪しいわ」

 タリアがノックをして医務室に入る。

「代表、お体の様子はどうですか?」

「グラディス、艦長……。額を軽く切っただけだ、迷惑をかけてしまい、申し訳ないと思う……」

「いえ、こちらこそ急な戦闘に巻き込んでしまい……」

 どちらも深々と頭を下げる。

 進水式が戦闘になるとは予想していなかった、と言えば嘘になる。

 ただ、こんなにも激しいものになるとは誰も予想にしていなかった。

「今後、この船はどちらに向かう予定なんですか?」

「そうね、今後のこの船は敵母艦の追撃任務に当たります。故に暫くの間、アスハ代表とアレックスさんはこの艦に残ってもらうことになりますわ。もちろん、用意が整えばすぐにオーブへ送らせて頂きますわ」

 その処置も、行えるかどうかと言うほどに現在、上層部は混乱している。

 いっその事大気圏を抜けて、オーブに送り届けた方が早いのではないだろうか。

「とにかく今は戦闘も終わった事ですし、ゆっくりお休みになってください。すぐにまた移動でごたごたしますでしょうし」

「ああ、すまない」

「それと、アレックス君、ちょっと良いかしら」

 タリアが医務室を出る。

 その後につくアレックス。

 カガリは一人残されたが、その跡に表れた赤毛の少女の存在のおかげで、退屈はしそうに無かった。

 アレックスはタリアにつれられて、艦長室に足を運んだ。

「グラディス艦長、一体何の話でしょう……私は」

「まさか、気付いていないとでもお思いで?」

 タリアが椅子に座り、アレックスを見据える。

 その瞳は、鋭く心の中まで見透かされそうな。

「アレックス・ディノ、いえ、アスラン・ザラ……」

「……分かっていましたか、やはり」

「ええ、おそらく知らない人なんて居ないんじゃないかしら」

 パトリック・ザラ前最高評議会議長の息子。

 元・ザフトレッドでありZGMF-X09Aジャスティスを受領するも意見の相違から軍を脱走。

 以後、ラクス・クラインの指揮する四隻連合に身を寄せる。

「貴方がどういう経緯で、アスハ代表の側近と言う立場にいるのかは分からないわ。それが貴方の選んだ道だというのなら」

「ええ、俺自身が選んだ道です。アスハ代表は、いやカガリには支えが必要なんです」

「その役を、貴方が買っている、と?」

「そう言う事です。何しろ、代表になってからのカガリは、前にもまして突飛な行動を取りますから」

 まるで鉄砲玉のような、勢いのある人間。

 それがカガリだと言う。

 アスランは、その彼女を支え、世界を見るにはこの位置に付くのが適していると考えたのだ。

 それは変わらず、何時までもこの位置に入れるものだと、この時は思っていた。

***

 月面ノースブレイド基地。

 フエンは目の前の状況が分からなかった。

 地球軍の上層部の人間がこの基地にやってきたのは数分前の事。

 その上層部の人間がフエンに用事があるというのだから驚くものである。

「何か御用でしょうか?」

「ああ、突然すまないね。実は君に折り入って頼みがあるのだよ」
 
 フエンに渡された一枚の用紙。

 それを見て、彼は驚愕した。

「後々この基地に一隻の船が止まる。暫くの間、その船のクルーと共に行動してもらいたい」

「それはどういった意図で……」

「奴らは好きかってするのが得意なようでね、所謂監視役だよ」

「監視役、僕にそんな役できますかね?」 

「なに、彼らだって君のような温和そうな人間に監視されているとは思うまい」

 それはどうだろうか。
 
 人というものは妙な所で鋭い部分がある。

 それも感覚を鍛えられている軍人ならばなおの事。

「……分かりました。了承いたします」

「すまないね。何分、私はファントムペイント言うものをあまり信じていない」

 ファントムペイン。

 地球軍第81独立機動中隊の総称である。

 たたき上げの軍人、腕のある軍人を寄せ集めた部隊である。

 ただその分、悪い噂も後を絶たないのだが。

「とりあえずこちらから再度の通達が向かうまで、行動を共にしてくれ」

「了解しました」

 士官が敬礼をし、フエンが返す。

 あまりにも急だった事で、頭が混乱している。

「何、心配するな。俺も一緒だ」

「デュライドさんも?」

「ああ、さっき同じような事を言われた。地球軍も、ファントムペインの奴らにはどうもきな臭いものを感じているようだ」

 彼らがファントムペイント共に旅をし、目にするもの。

 それはあまりにも人も道から外れた光景であった。

***

 ハイウェル達を乗せたシャトルは中継ステーションに立ち寄っていた。

 ここから各々の来た場所へと戻る事になる。

 ハイウェルは待ち時間を利用し、ある場所へと連絡をしていた。

「ああ、私だ。経過は順調、と言った所だな」

 ちらりと横目でスターダストを見る。

 彼女の視線の先には漆黒の宇宙。

 そして輝く星々。

「何、今の所問題は無いさ。もっとも、問題と言うものは人の手で作れるのだがな」

 そういって彼が操作している端末に浮かぶのは、小型の機械の図面。

 左上には「フレアモーター」の文字。

「世界は欲しているのさ。事件って奴を」

 そう言うと通信機を閉じる。

 そして端末の操作に集中する。

 ここまでスターダストの様子に目立って悪い所は見受けられない。

 ここまで安定しているのは、想定外の事。

「ハイブリッド・ヒューマンである、リアナ・スターダスト……現状目立って悪いファクターは無し、と」

 ハイブリッド・ヒューマン。

 それはハイウェルが名づけた次世代の生命体。

 スターダストの体は有機体である人の体の中に、機械の脳を持っている。

 所謂サイボーグに近い存在である。

 その脳内には今までに製造されたMSの大半のデータが埋め込まれている。

 それにより、どのようなMSでも長所、短所を探り出し自身の力にすることが出来る。

 もちろん、デメリットが無いわけではない。

 下手に脳を弄ったせいで、情緒が安定しないのだ。

 戦闘中に級に寡黙になる、急に気分が高揚するなど。

 そしてひどい時には自傷行動に移る時もある。

 しかしそれらも懸念されていただけで、今現在見受けられない。

「スターダストはこの世界を支配するのに必要な子だ……調整は、しっかりとしないとな」

 端末を閉じ、地球行きのシャトルを見つける。

「いくぞ、スターダスト」

「うん! ねぇ、次はどんな所へ行くの?」

「どこへも行かない。帰るだけだ」

「つまんないの。あはっ、早く……」

 スターダストの足が止まる。

 その表情は笑っている、しかし。

 狂気を含んでいる。

「戦いたいなぁ」

「嫌と言うほど戦わせてやるよ、その内な」

 そう、その内世界は壊れる。

 ブレイク・ザ・ワールド。

 世界は、震撼する。


(Phase-03 終)


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