Phase-02  動き出す世界<SIDE-B>

 オーブ。

 それは亜熱帯に位置する永立中立国家の名称。

 ナチュラルのコーディネイターもこの国では関係なく、差別もなく人々は暮らしていた。

 その理念は「他国の争いに干渉せず、他国の争いを持ち込まない」。

 しかし最近ではオーブ自体の平和を維持するために軍備拡張という方針が採用されつつある。

 これはC.E71年でもそうであったが、ここまで顕著になったのは第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦以降の事。

 元々主力量産機だったM1アストレイに続き、可変型量産機ムラサメの開発に成功したオーブ。

 そのオーブ第三MS小隊に、「彼」はいた。

 紺色の髪をなびかせ、基地内を自由に歩き回る男。

 名を、ロイド・エスコール。

 元地球軍の少尉だったが、第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦以降はオーブ代表であるカガリ・ユラ・アスハの計らいで、仲間達と共にオーブへと移り渉った。

 ここでも彼は相変わらず少尉だった。

「ルフィード大佐、お呼びでしょうか」

「ああ、ロイドか。遅かったな」

「いえ、ブレイズの調整をしていて……」

 GAT-X142、ブレイズ。

 今はORB-X142と番号を変えてはいるものの、2年前よりの彼の愛機。

 ところどことに改良を加え、現時点でのザフト、連合の戦力にも引けを取らない性能を誇っている。

 ロイドは上官であるリエン・ルフィードの待つブリーフィングルームへと呼ばれていたのだ。

 ここにいるのはロイドとリエン、そして副官のミリア・アトレーに。

「……アキト……!?」

 アキト・キリヤ。

 彼もまた地球軍の少尉として戦場を駆け抜けていたが、ある事件から拘束の身となっていた。

 その彼が今日、晴れて解放されたのだ。

「相変わらず、時間にはルーズなのだな、ロイド」

「ハッ、牢屋から出てきて何言ってるんだか……」

「ま、落ち着け二人とも」

 リエンがコーヒーを出し、二人の気を落ち着かせる。

 ほろ苦いコーヒーの味に、二人とも脳内を落ち着かせたようだ。

「で、どういう用件で……まさか、俺たちに新型を渡すとか」

「まぁ、懐かしい話だがな」

「いや、そうじゃない。二人とも、L4プラントのアーモリ・ワンが地球軍の襲撃を受けた事は知っているな?」

 アーモリー・ワン襲撃の事件は、すぐにオーブ全土へと伝えられた。

 何せ、カガリがアーモリー・ワンにいるのだ。

 首長の安堵が心配な上に、現在戦闘中だという。

 付き添いで向かっているアレックス・ディノがいるはずだが、未だに連絡がない。

「その事で、地球軍への説明を要求したのだが、彼らはそれを拒否したんだ」

「拒否、ですか……。何か裏があると考えて」

「良いみたいだな」

 近々、オーブを初めとする中立国家が集まり、地球軍へ再度説明を要求するとのことだが、果たしてそれでどこまで情報を引き出せるか。

 その地球軍も今はその大半をブルーコスモスに支配されていると言う。

 下手に逆鱗に触れでもしたら、国ごと消されかねない。

 何しろいまや地球軍の影響力は大きい。

 オーブのような小国が、逆らうわけにはいかないのだ。

「とにかく今の俺たちにはどうする事も出来ない、と言う事ですか……」

「ああ。何しろ、アーモリー襲撃の煽りで宙域に立ち入る事すらできないからな」

 中々厳しい状況になっているようだ。

 ロイドもアキトも、カガリの事が心配ではないといったら嘘になる。

 だが、やりたいことがあっても出来ないのであれば、今はじっと耐えるしかない。

 ジレンマは、ふつふつと湧き上がってくる。

「……そういえばロイド、セフィの様子はどうだ?」

「え、あぁ……依然、安静状態らしいです」

 遡る事3週間前。

 セフィが血を吹いて倒れたのだ。

 突然の事だったので、辺りは騒然となった。

 担架で運ばれ、すぐに診療を受けた結果、彼女の細胞の成長が徐々に早まっていると言う。

 血を吹いたのはその成長に、一時的に体が追いつかなかったせい。

 今は安静だが、ある程度の面会は許されている。

 ロイドもこの後、病院へ向かうつもりだった。

(クローンの、逃れられない運命と言うやつか……となると、セフィは……)

 リエンの脳裏に最悪の事態が予想される。

 クローンは元々テロメアが短く、人の寿命を全うする事ができない。

 ある男は、薬でクローン特有の発作を抑制し、生きながらえていたと言う。

「とりあえず今後の情報には留意する事。以上だ」

「了解」

「了解」

 ロイドとアキトが敬礼をし、ブリーフィングルームを出る。

 今後、アキトも軍属となりともに戦場に出ることになる。

「アキトは、軍属になったんだよな」

「ああ。お前と同じ部署だ」

「そうか……ま、今度はヘマはするなよ」

 ふっ、と鼻で笑うとアキトはその足で格納庫へと向かう。

 自機をこの目で見ておきたいのだろう。

 レフューズはパナマでの戦いで大破してしまい、修復が不可能となった。

 これからのアキトの機体はM1アストレイとなる。

 特機にこだわっているわけではないので、こうして機体を受領できるだけありがたいのだ。

「じゃあ、俺は病院に行ってくる。セフィの様子が気になるしな」

「ああ、行って来い」

 アキトと別れ、病院へと向かうロイド。

 彼が向かった病院は、国防本部より北西に5kmの地点にあった。

 港にも程近く、イージス艦から直接病院に運ばれると言う風景もよく見られる。

 その病院の3階に、セフィは入院していた。

 腕に点滴の管が取り付けられている。

 顔には呼吸器がつけられ、彼女の容態が窺い知れる。

「セフィ、具合はどうだ?」

「ロイド……、今は大丈夫」

「そうか……。血を吹いた時は驚いたけどさ」

 ロイドがベッド横のパイプ椅子に座る。

 セフィの笑みは弱弱しいが、それでも彼女は必死に生きている。

 ロイドもセフィもクローンの永遠の弱点の事は知っている。

 知っているからこそ、何とかしようと策を考えている。

「私ね、時々思うの」

 セフィが口を開く。

「もし、普通の人間として生まれたら、ロイドと会えていなかったんだよね、きっと」

「さぁ、それは分からないけどな。出会いは突然に、って言うし」

 ロイドの言葉にセフィの肩の力がすっと抜ける。

 もし、具体的な解決案が見つからなくて命を失ったとしても。

 セフィはロイドと一緒にいたいと、そう考えていた。

***

 アキトはモルゲンレーテの第四格納庫にいた。

 ここに、彼の乗る機体が置かれていた。

 MBF-M1、M1アストレイ。

 通常のMSと決定的に違うのはその装甲材であり、発泡金属と呼ばれる素材を利用している。

 金属内に気泡を含むその装甲材のおかげで、M1アストレイは高い機動力と対ショック性能を手に入れることが出来た。

 武装はビームライフル、ビームサーベル、アンチビームシールド、そしてイーゲルシュテルンの4つのみで汎用性重視の武装となっている。

 そのM1アストレイをアキトは眺めていた。

 こうして再びMSに乗り、戦場に出ることが出来る。

 本当は2年前の大戦で死んだ身。

 こうして生きているのが不思議なくらいだ。

「気に入ったのね、M1アストレイを」

「……シモンズ主任」

 エリカ・シモンズ技術主任がアキトに声をかけた。
 
 レフューズとブレイズのメンテの際、さらにはエールストライカーの装備など様々な局面で世話になっている。

「……王道を外れた者という名前の割には、武装はオーソドックスなものなんですね」

「面白い所に目をつけたわね」

 それから、エリカからM1アストレイについての説明受けた。

 プロトタイプアストレイ同様、防御よりも回避に重点を置いた機体となっている。

 そのため、ボディのあちこちのフレームがむき出しになっているのは機体重量を軽くするため。

 ただ、次期主力機であるムラサメは、更にM1アストレイよりも6tほど軽量化に成功している。

 それでも、M1アストレイの機動力の高さには変わりは無い。

「どう? 乗りたくなったかしら」

「出来るなら、ば」

「アスハ代表に感謝しなさいな。こうして貴方が外に出られたのも、あの人のおかげなんだから」

「それは理解しているつもりです」

 短く返し、アキトは彼女からM1アストレイのマニュアルを受け取る。

「……早く乗りたいって顔してるわね」

「……そうですか?」

「ルフィード大佐に、頼んであげましょうか? 模擬戦を一つ組んでくれないかって」

 アキトにとって、それが出来るならば何とも嬉しい事だ。

 なにせM1アストレイの機体の特徴を知る事が出来る。

 マニュアルを見るよりも手っ取り早く、かつ簡単な方法だ。

「出来るなら、お願いします」

「分かったわ。それまで、きちんとマニュアルを読んでおきなさいな」

 エリカが去り、残されたアキトはマニュアルを読みながらコクピットシートに座る。

 操作系統はGATシリーズと変わらないようだ。

 それもそのはず、元々のアストレイシリーズは地球軍のGATシリーズを基に作られたのだ。

 いわゆる、技術盗用である。

 そのため、コクピットの操作機器の配置などはそれほどレフューズと変わらなかった。

 そのコクピットの中でアキトは静かに目を閉じた。

***

 所代わり、再びオーブ軍本部。

 リエンの通信機が鳴る。

「俺だ」

『ルフィード大佐、大佐に客人が来ているのですが……』

「客人?」

 リエンが本部入り口に向かうと、そこに待っていたのは彼がよく知った顔だった。

「ヴェルド……お前ら、今までどこにいたんだ!?」

「あー、それについてちょっと色々と説明をしたくてここに来たんだ……」

 C.E.71年にメンデルを出た後、彼らは別用でミストラルを一時離脱した。

 その後、ほとんど連絡もなし。

 安否が気遣われた。

「ミストラルから出た後、俺達は事務所のある島へと戻った、って言うのは知っているよな」

「ああ。別の依頼があったんだろ。それも急を要する。別段あの時はロイドもセフィもいたし、アークエンジェルとも合流したからなぁ……。ただ、それにしても連絡の一つくらいはよこしてもらいたかったが」

「……それはヴェルドのせいだな」

 ヴェルド・フォニスト。

 エイス・アーリィ。

 アイリーン・フォスター。

 アルフ・ウォルスター。

 この四人は傭兵部隊「カラーズ」を組み、各地を転々としている。

 だが、C.E.71年に窮地の中であるリエンと再開し、彼の乗っていたミストラルの護衛を任されたのだ。

 その任務の途中に、先ほどの急を要する任務があるとかで一時離脱。

 その後の連絡が出来なかったのは、どうやらリーダーであるヴェルドのせいのようだ。

 ヴェルドが説明を続ける。

 その依頼と言うのは、ザフトによる連合軍基地の制圧作戦への協力要請だった。

 作戦は成功し、連合は出て行った。

 しかし、その後ザフトから彼らは攻撃を受ける事となった。

 原因は少なからず、連合基地ふきんにある町にも被害が及んでしまった事。

 そのことに対して彼らが意見をしたのだ。

 アイリーンが負傷し、機体も戦闘直後と言う事でエネルギーも減っていた。

 ザフトの追撃に、彼らは逃げた。

 依頼主に手をかけるのは、傭兵としての禁じ手。

 だが、目の前のザフトは自分達っを道具として扱い、目的を達成した時彼らを排除しようとした。 

 彼らの機体、フレア、イェーガー、ブレード、ニグラの4機はその攻撃によってダメージを受けたのだ。

 このまま、駒として死ぬわけにはいかない。

 彼らは傭兵の禁忌を犯した。

 ザフトに対して、戦闘を仕掛けたのだ。

 もはや彼らは依頼主ではない。

 カラーズの四人は必死に戦い抜いた。

 程なくしてザフトは戦力を減らされ、撤退せざるをえなかった。

 カラーズの4人の乗る機体も、ニグラとブレードが破壊され、残されたフレアとイェーガーが現在稼動できる状態である。

 その後、宇宙への足がかりを探していたのだが戦争による影響で宇宙へ上がれず、彼らはずっと地上にいたのだ。

「じゃあ、今戦えるのはヴェルドとエイスだけだと?」

「そうなんです。アイリさんも、アルフさんも今は戦えないです」

 エイスの声に、彼らは顔を伏せる。

 それでも、彼らが生きていただけで良かったのはリエンの本音。

「何にせよ、お前たちが無事で良かった。今度もう一度、改めて依頼をさせてくれ」

「ああ、分かった。今日はどっかのホテルに泊まることにする。また、話は今度だな」

 ヴェルド達が軽く挨拶をして、軍本部を出る。

 とにかく、生きていてくれてよかった。

 それだけだった。

***

 アーモリー・ワンでの新型機強奪事件に始まった、C.E.73の長い戦争。

 それはやがて、様々な人を飲み込むうねりとなる。


(Phase-02 SIDE-B  終)


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