Phase-01 世界混迷

 L4宙域に存在しているプラント、「アーモリーワン」。

 ザフトの有するMSの大半がこのプラントで製造・試験運用されている。

 今日はザフト軍最新鋭艦「ミネルバ」の進水式でもあった。

 多くの報道陣がアーモリー・ワンへと詰め寄り、カメラのフラッシュが瞬く。

 式典用のジンがずらりと並び、その足元を失踪する一台のジープ。

 乗っていたのは二人の軍人だった。

 一人は紅い軍服に身を包んだ少女で、もう一人は緑色の軍服を纏った活発そうな少年だった。

「まったく、すごい剣幕ね、これ」

「仕方ないさ。何せ、最新鋭の戦艦のお披露目だからなぁ……うわッ!」

 目の前に現れる巨大なMSの足。

 それを避けると少女は少年に詰め寄った。

「ちょっとヴィーノ! 危ないじゃないの! ちゃんと前見て運転してよ!!」

「あぁ、はいはい。……ったく、五月蝿いな、ルナマリアは」

 その喧騒のほぼ中心。

 レッドカーペットの引かれた道の上を歩く一人の青年。

 黒い髪を適度に伸ばし、物腰の柔らかそうな雰囲気で各首脳陣と握手を交わしている。

 ギルバート・デュランダル―現プラント最高評議会議長その人だった。

 ギルバートは常に笑顔を絶やさず、話をしている。

 そう、誰もこの時は思っていなかった。

 まさかこの進水式が、新たな火種を呼ぶことになろうとは。

***

 アーモリー・ワン、宇宙港。

 今回の進水式を見ようと集まった一般人で混み合っていた。

 外とはまた違った喧騒が、港を包んでいる。

 宇宙港には幾つかのゲートがある。

 一般人が通れるのは第一から第三ゲートまで。

 各国の要人が通る事の出来る別ゲートがある。

「いいか、カガリ。デュランダル議長との会談で、あまり下手な事は……」

「分かってるよ! それ、機能から何回も何回も聞いているんだぞ!?」

 無重力の中を進む少年と、サングラスをした要人が一人。

 オーブ連合首長国首脳、カガリ=ユラ=アスハと護衛の任についているアレックス=ディノ。

 彼女達はオーブからこのアーモリーワンへとやってきた。

 目的はギルバートとの会談。

 この平和な世界に、何故彼はわざわざ最新型の戦艦など建造したのか。

 その真意を聞きたかった。

 また、ザフトではあの戦争以来、実に何十機と最新型MSの開発も進められていた。

「どうして世界は平和になったのに……」

「カガリ……」

 用意されていた車に乗り込み、二人はギルバートの下へと向かう。

 ギルバートの用意した会談場所は、アーモリーワンのほぼ中心に位置する高層ビルだった。

 そこが使われるのは、今回のように首脳陣との会談。

 それ以外では基本的に使用されることは無い。

 車から眺めるプラントの景色は、実に久しぶりだった。

 特にコーディネイターであるアレックスにとって、この景色は懐かしささえ感じる。

「あぁ、あれか、ザフト軍最新鋭艦進水式って」

 遠巻きに見えるMSの隊列。

 豪華に花火なども打ち上げられている。

 それを見るアレックスとカガリ。

 アレックスはさほど興味を抱いていない様子だが、カガリは視線をそらしていた。

 戦艦など、新しく作る必要が無いと言うのに。

 どうしてこうも盛り上げようとするのか。

「どうした、緊張でもしているのか?」

「あ、あぁ……いや、そう言うわけじゃないんだ、うん」

「そうか? 何なら、窓を開けるが」

「いや、いい」

 カガリが止める。

 目には見えないところで、まだ人々は力を求めようとしている。

 今の所、プラントと地球の間に大規模な戦争など起きていないというのに。

 彼らは何故。

「着きましたよ」

 車が止まり、ドアが開いた。

 カガリは車を降り、ビルを見上げる。

***

「やぁ、姫。お待ちしておりました」

「……止めてもらえないか、姫と呼ばれるのは苦手なんだ」

 相手が年上でも、敬語を使わずあくまで自然体で接する。

 そうすることで相手の考えも何となく見え、こちらの考えも相手に伝わりやすいのだとか。

 ギルバートが先導し、カガリが用意されていた椅子に座る。

「オーブからこのアーモリーへの長旅、お疲れでしょう」

「まぁな。地球からここまで何万キロとあるんだ」

 ギルバートが笑みを浮かべる。

 そして始まった会談。

 まずは最新鋭艦の紹介から始まった。

 その紹介など、カガリにとってはどうでも良い情報だった。

 続いて、最新型MSの紹介。

 ミレニアムシリーズと名づけられたカテゴリーのMS。

 ZGMF-1000、ザクウォーリア。

 そしてZGMF-1001、ザクファントムの両機。

 連合がかつて開発したGAT-X105のストライカーシステムを発展させたウィザードシステムを装備。

 状況に応じて多数のウィザードの感想が可能となった汎用型の量産機。

「いかがですかな、姫」

「……そんなに自慢げにかたられてもな」

 渡された資料を閉じ、カガリはギルバートを睨みつける。

「正直、今の世界にこんなMSや戦艦は、必要ないと思うのだが?」

「いいえ、姫。それは違います」

 立ち上がり、外を見る。

 そこに広がるのは変わらぬ景色。

 全てがコンピューター管理され、決して乱れたりしない景色。

「平和を、人々を守るためには必要なのですよ、力が」

「だが、あまりにも強すぎる力は混乱を……戦争を引き起こすだけだ!」

「それも一理ありますな……。しかし、私はそうは思わない」

 視線を外に向けたまま、ギルバートは続ける。

「戦う力を失った人類はおそらく衰退する路を辿るしかない。ならば、そうならないためにも」

「力が必要だと……!?」

「そうは思いませんかね、姫」

 カガリには到底理解できない内容の話だった。

 アレックスも、その話を聞いて怪訝そうな表情をする。

「どうです、これから時間があるようならば工廠を案内いたしますが?」

「いや、結構だ。アスラ……アレックスもいることだしな」

「あ、えぇ、まぁ……」

 カガリは立ち上がり、ギルバートの下から立ち去る。

 残されたギルバートは、ただただ笑みを浮かべていた。

***

 工廠では様々なMSが格納されていた。

 ジン、シグー、ゲイツ。

 最新鋭機のザクシリーズまで、整備を受けている。

 その中で一際厳重に警備されている区画があった。

 そこに横たわっているのは、ジンともザクとも違ったMS。

 鋭角的なフォルムに、すらりと伸びる四肢。

 明らかに特別機と言う事が見て取れる。

 その物陰で、数人の兵士がタイミングをうかがっていた。

「情報どおり、三機ともあそこの寝てやがるぜ、スティング」

「あぁ、だが眉唾だと思ったんだがな。そもそもこの情報の発信元がわからないんじゃ、信じようも無かったが……」

 スティングと呼ばれた少年が銃の劇鉄を起こす。

 確信した。

 ここには戦うに必要な力が揃っている。

「ネオのやつも、案外馬鹿かもなぁ。あんな情報を信じるなんてさ」

「そう言うな、アウル。ネオの言う第六感ってやつかもしれないだろ?」

 水色の髪の少年、アウルは特に悪びれた様子もなく、今か今かと銃の引き金を引くのを待っていた。

「ステラ、行けるな?」

「……」

 ステラ。

 彼女は手にしたナイフに映る自分の顔をじっと見ていた。

「……うん」

「よし、行くぞ!!」

 スティングの声と共に三人が飛び出す。

 そして手にした銃でザフト兵を襲っていく。

「アウル! お前は右からだ!」

「オーケー!」

 アウルが軽やかにジャンプし、両手のハンドガンを乱射していく。

 血しぶきが彼の顔、衣服に付着してもお構いなし。

 ただただ兵士を射殺して行く。

 ステラもまた、ナイフで兵士の首元を切り裂き、命を奪う。

「くそっ……!」

 額から血を流し、一人の兵士がボタンを押した。

 瞬時にアーモリー・ワン内にサイレンが鳴り響いた。

***

 アレックスは目の前の惨事に、目を疑った。

 突如巻き起こった轟音と共に現れたのは、ザクとも違う3機のMS。

 そのMSに向かって攻撃を仕掛けるゲイツ。

 だが、相手の性能はゲイツとは段違いで。

 成す術もなく破壊され、残骸と化して行く。

「走れ、カガリ!」

「え、ちょ、おい!」

 カガリはアレックスに手を引かれ、無我夢中で走る。

 道に倒れている兵士を横目に、走り続けた。

 結局、アーモリー・ワンもこのような有様になってしまった。

 カガリが危惧していた通りだった。

 突如、目の前で爆発が起こりシグーが倒れこんだ。

 その拍子に、格納庫が破壊された。

 ガレキの下敷きとなるMS。

 シグーを切り倒した黒いMSが、こちらを睨んだ。

「ガン、ダム……!?」

 黒いMSが二人に向かってビームライフルを向ける。

 このままでは二人とも撃たれてしまう。

 アレックスはカガリを抱き上げ、先ほど瓦礫の下敷きとなったザクウォーリアのハッチを開けた。

「こんな所で、お前を死なせてたまるか!」

 コクピットシートに座り込み、OSを立ち上げる。

 こうしてMSに乗るのも実に久しぶりと言うもので。

 ザクウォーリアのモノアイが紅く光る。

 ガレキを押しのけ、立ち上がる。

 黒いMSの中で、ステラは立ち上がったザクウォーリアに何か不快なものを感じていた。

「……何、何なの……?」

「カガリ、しっかり掴まっていろ!」

 ザクウォーリアが地面をけって、黒いMSにタックルする。

 表面をVPS装甲に覆われたMSに物理的ダメージを与える事はできないが、体勢を崩すくらいには出来る。

 すかさずシールドからビームトマホークを取り出し、MSに向かって斬りつける。

 しかし、相手もビームサーベルを抜刀し、防御した。

 辺りに散らばるビーム粒子に、火花が散る。

 スペック上、黒いMSの方が上であるが、このザクウォーリアは食いついてくる。

 よほどのパイロットでなければ、成しえない事。

 ステラは、じっと目の前のザクウォーリアを睨んでいた。

***

 戦闘が開始してから三十分。

 もう既に進水式どころの騒ぎではなかった。

 人々は避難を始め、宇宙港に押し寄せている。

 逃げ遅れた人々は、シェルターに逃げ込み、戦闘終了を待っていた。

 その中で、彼は見ていた。

 戦闘の様子を、全てを。

「やはり、手筈どおりに強奪したか。さすがファントムペイントいったところだな……」

 男は踵を返し、独り言を呟いた。

「これで地球軍とザフトの対立は決定的……あとは如何に潰し合うか……見ものだな」

 男の通信機が鳴り響く。

「ハイウェル・ノースだ」

 ハイウェルは通信機の向こうの相手と会話を交わす。

「これはジブリール卿……ええ、アーモリーでは今戦闘の真っ最中ですよ」

 車に乗り込み、ハイウェルは現在の状況を伝える。

 三機のMSの強奪が無事に完了し、現在は守備隊と交戦中。

 中でも一機のザクウォーリアが中々持ち堪えている。

「これで我々ロゴスにとって、理想の世界へと変わっていくことになるでしょう……ええ、抜かりなく」

 ハイウェルが通信機を切る。

「さて、世界はどう転ぶか……」

 ロゴスの求める世界になるか、それとも別の世界になるのか。

***

 アレックスの乗るザクウォーリアと、強奪された黒いMSによる戦闘は激化していた。

 黒いMSの援護とばかりに、今度は緑色のMSが飛来し、ザクウォーリアの左腕を切り落とした。

 非男児のダメージにより、揺さぶられるコクピットの中でカガリの小さなうめき声が響いた。

「カガリ!!」

 アレックスがカガリを支えた時、彼の左手にぬるりと生暖かいものを感じた。

 紅い血が、彼女に額から流れていたのだ。

 これ以上の戦闘は、彼女の身を考えても得策ではない。

 しかしながらこの状況で逃げれるはずがない。

 再び、緑色のMSが接近する。

「はぁぁぁっ!!」

 そのMSのコクピットの中で、スティングは叫んだ。

 振り上げたサーベル。

 それは、ザクウォーリアの頭部に命中するはずだった。

 ふと、足元を何かが通った。

 モニターに映ったのは小型の戦闘機。

 その戦闘機の後ろにも三機の小型機を確認した。

「何だ? 戦闘機如きが!」

 4機の小型戦闘機がそれぞれ変形し、MSを形作っていく。

 背中には2振りの巨大な対艦刀。

 ボディは真紅へとシフトし、対艦刀を抜刀し落下の勢いのまま切りかかった。

 ザクウォーリアを守るように着地し、二振りの対艦刀を連結した。

 ZGMF-X56S/β、ソードインパルスは連結した長大な対艦刀を構える。

「また……!」

 コクピットの中の少年は、ソードインパルスと同じような真紅の瞳を燃やしていた。

 脳裏に蘇るあの光景。

 かつてのオーブ解放戦で、全てを失ったあの光景が蘇る。

 家を、家族を失った。

「また戦争がしたいのか!! アンタ達は!!」

 シン・アスカ。

 彼はその瞳に、何を抱いているのか。


(Phase-01  終)


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