第八十七話 新年幕開け
いつもと同じ朝のはずなのに、どこか違う感じがする日。
それが元日である。
2006年、1月1日。
真の部屋。
朝の7時50分だが、真が起きる様子はない。
「しんちゃー、おきなさいよー」
いつもは逆の立場にある風華。
今日は珍しく早起きして真の体をゆする。
だが、真が起きる様子はない。
寝正月となっては困る。
なんとしても起きてもらわなければ。
「むぅ……」
どうしたものかと考えた風華。
「もう、しょーがないなぁ。起こすためだものね、そうよ、起きないしんちゃんが悪いのよ」
顔を近づける。
「ちゅー」
「んむ」
むくりと起き上がる真。
その拍子に互いの額が衝突する。
潰れた蛙のようなうめき声で悶える風華を尻目に、額を摩る。
起きたばかりで何が起きたのか分かっていないのだろうか。
「……何しとん、ふーねぇ」
「ぶー……」
***
その一騒動を終えた真は、一階に降りる。
やはり元日だけあって、何だか空気まで違う錯覚に陥る。
「おはよー、塚原君」
「あけましておめでとうございます、涼子先輩」
「あらやだ、いつもどーりで良いのに」
「そういうわけにも行かないでしょ」
一応先輩と言う相手の涼子には挨拶をしておく。
見ると、自分以外のほかの皆は既に起きてそれぞれ過ごしている。
「しんちゃんのねぼすけ」
「……あぁ、一番遅かったんだ」
ニヤニヤしている風華をよそ目に、真は席に着く。
運ばれてきたお節料理。
何時の間に作っていたのか。
と、ゴミ箱には大量のゴミが。
(スーパーの出来和えのもの……?)
ようは詰めただけ、と言うやつだろう。
だが、出ないよりか雰囲気はある。
「それでは皆さん集まりましたね」
ひなたの声に皆頷く。
「それでは、明けましておめでとうございます!」
「おめでとー」
一斉にお節料理を食べる。
伊達巻に黒豆。
チャーシューに、吸い物。
正月しか中々食べる機会のないものばかり。
だが、同時に飽きるのも早い。
食べなれていない物ばかりなので、どうしても途中で箸が止まる。
「だめ、もう食えない……」
「えー? もったいないよー?」
風華がバクバクと食べる横で真はグロッキーになっている。
これから3日間、お節料理尽くしだと思うと今日はこの辺りでやめておくのが良いのだろう。
「ご馳走様でした。あ、ちなみにまだまだありますから、たくさん食べてくださいね」
ひなたの笑顔に嫌とはいえない。
食事を終えた後、テレビをつける。
流石に特番しかしていない。
年末から年始にかけての番組などどこも似たような番組ばかりなのだ。
大して見たいアニメもドラマもなし。
お笑い番組か半日ぶっ通しのスペシャル番組くらいである。
そしてニュース番組に変えた。
『えー、こちらの神社はですね、、凄い人ですー! 皆さんお参りに来られた方たちでしょうかー?』
「お参りねぇ……。そう言えばうちらも行くんですか、お参りに」
「去年は行ったわよー。疲れたけど」
「今年も行くの? 姉さん」
「どうしようかしら。塚原君たち、初詣いくー?」
塚原姉弟に聞いてみる。
「あとで行くよ。ねぇ、しんちゃん」
「え? そうなの?」
「ぶー」
三が日の内に行こうとは思うものの、中々外に出る気になれない。
風華はどうやら行く気まんまんのようだが、真は乗り気じゃない。
「……よし、あとで寮のみんなで初詣行くわよ!」
「おー!」
「え、ちょ」
***
神社は電車に乗って20分、県庁所在地に存在している。
既に駅は振袖などを着、おめかしをした人で溢れている。
華やかさだけなら、さくら寮のメンバーも負けてはいない。
更に駅から徒歩で15分。
山のふもとにその神社はある。
「ふぇー、凄い人……」
「そりゃ初詣だもんねぇ……」
「しんちゃんはぐれちゃ駄目よ? 探せないから」
「そうねぇ、塚原君はぐれちゃ駄目よ」
「はぐれないでよ? 探すの面倒だから」
「え、何で俺だけ? そこはふーねぇじゃないの?」
そこは誰でも良いのだ。
本当にはぐれたら探すのが大変。
屋台のおじさんたちが皆に声をかけてくる。
ただ、今日の目的は初詣、屋台はまた後である。
「ぴゃー、凄い並んでるわー……」
「仕方ないっスよ、先輩。初詣なんですから」
亜貴が足早に並ぶ。
ここで時間を食っても仕方がない。
牛歩ではあるが、少しずつ動き出す。
彼らが賽銭箱の前にたどり着いたのは、約40分が経過した時だった。
それぞれが賽銭箱の中にお金を投げ入れる。
(しんちゃんがもっと良い子になりますように)
(ふーねぇが弟離れしますように。あと平和)
(寮の皆が元気でいられますように)
(大学合格)
(姉さんが大学に受かりますように)
(……ご飯食べたい)
(良いプラモが発売されますように)
賽銭が終わり、次におみくじを引くことに。
今年一年の大まかな運勢を占うおみくじ、何が出ても驚きはしない。
「あ、俺中吉だ」
「え、本当? えへへ、おねーちゃんは何かなー、と……」
風華がおみくじを開く。
「何が出た?」
だが無言。
「ちょっと引き直してくる」
どうやら悪かったようだ。
しかし引きなおしてくるとは、また突拍子も無い。
他の皆もおみくじを見て、それぞれの結果に喜び、また悲しんでいる。
「引き直してきた!」
「本当に引いたんだ……」
おみくじを開く。
そして無言。
***
屋台では焼きそば、たこ焼きなど定番のものが売られ、くじ引きが行われている。
くじ引きでは良い物を当てようと奮闘する子供たち。
「アレって当たらないわよね。本当に当たりくじ入ってるのかしら」
「姉さんはくじなんてやらないほうが良いわよ」
「む、何でよ」
「だって当たるまでくじ引くでしょ? 破産するわよ」
「ぐぬぬ……」
しかしそれは人間誰だって起こりうる事である。
現に。
「きゃー、また外れたー!!」
和日が苦戦していた。
その隣では杏里が黙々とくじを引いている。
何と言う組み合わせだろうか。
その前に一体何を狙っているのだろうか。
「こんなの雑念があるから当たらないのよ」
涼子が500円を支払う。
「適当にぴょっと引いて……はい」
カウンターの向こうに座っているおじさんにくじを渡す。
「ハズレだね。残念だねー」
「ぐぬぬ……」
結局涼子も景品を持ち帰ることが出来なかった。
和日と杏里、そして涼子の三人で計5000円近く外していた。
何とも新年早々不毛な無駄遣いをしたものである。
その後、屋台で焼きそば、たこ焼きなどを買って寮に帰る。
今日はこれにおせち料理の残りを加えたものが夕飯になるという。
手軽且つおなか一杯になるメニューではある。
で。
「げふー。食ったー」
夕飯を平らげた寮の皆。
おせち料理の豪華さと屋台の焼きそば類の手軽さが何とも言えないアンバランスさをかもし出していたが、お腹に入ればどうと言うことはない。
さて、これから特番を見て、寝るだけとなる。
今年も一年、良い年になると良いのだが。
(第八十七話 完)
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