第八十六話 きよしこの夜
12月24日、今日はクリスマスイブ。
世間では、カップルたちが浮き足立つ時期である。
ただ、高校生である真にはあまり関係なく。
普通の一日を過ごす予定となっている。
朝、8時に目が覚める。
「おはようございます」
「おはようございます、塚原さん」
冬休みで部活も無いと言うのに、今朝も台所に立ち朝食を作っている。
寒いのか、ニットセーターを着てエプロンをしている。
何とものどかな朝である。
「塚原さん、今日って何か用事あります?」
「いんや、何も無いですけど」
「実は今夜、クリスマスパーティをするんですよ。その準備を手伝ってもらいたくて……。ほら男の人って塚原さんとあっきーくんしかいないじゃないですか」
「何か役に立てる事があれば最大限頑張りますよ」
そういって運ばれてきたトーストをかじる。
その後、涼子、沙耶、和日、杏里が起きてくる。
そしてやや遅れて亜貴が起きてくる。
どうやら亜貴は遅くまでプラモを作っていたらしい。
完全な寝不足である。
一度組み始めたら、気の済む所まで組まないと寝れないと言う。
この場合の気の済む所とは、ようは完成させなきゃ寝れないと言う意味な訳で。
「あまり無茶しちゃダメッスよ、亜貴先輩」
「そうは言うがな、塚原。パズルるのようなものだからな、プラモは、一度始めたら気になるんだよ」
何とも的確な例えである。
「プラモを作ってる暇があるなら勉強すれば良いのに……」
沙耶のポツリと放った小言が、亜貴の胸をえぐる。
2学期の成績、それが思っていたよりも良くなかったのだ。
それは完全にプラモの作りすぎで、勉強をしていないせい。
今年は高校3年、もう受験の時期である。
ここで失敗したらプラモどころの騒ぎではないのだ。
「趣味に没頭しすぎると、危ないしねぇ。ねぇ涼子先輩?」
「あら、かっちゃん。まるで体験済みのような」
「えー、そんな事無いですよ?」
さすがお休み。
どんな些細な事でも盛り上がってくる。
ところで、ここに来て真が何かに気付いた。
「……」
「どーしたの?」
「いや、何かが足りないような……」
辺りを見回す。
今まで騒いでいた寮の皆も、確かに何かが足りない事に気づき始める。
「あ、風華さんが起きてない!」
「あ、それだ」
「あぁ、それね」
「何だ、それか」
引っかかっていた何かが取れたように、皆口々に「あぁ」と言い始める。
時計は既に9時30分を回っている。
そろそろ起きないと完全にニートの生活になってしまう。
「ちょっと起こしに行ってきます」
「塚原君」
「あい?」
「襲っちゃ駄目よん」
「だーれーが!」
涼子の茶々を避け、二階へと上がる。
「ふーねぇ、ふーねぇー!!」
ドアをどんどんと叩くが反応は無い。
起きてないのだろうか、容赦なく部屋の中に入る。
毛布に包まって幸せそうに眠っている風華。
正直和む。
「ハッ、いかんいかん。起こしに来たんだった」
真が風華の肩をゆする。
「ふーねぇ、ふーねぇ。もう9時30過ぎたよ。起きなきゃ駄目じゃないのさ」
「すやぷー。まだ寝ゆ……」
「いや、今寝たら本当に昼になるって! 起きなさいよ!」
「……あと5時間寝かせて」
「何で!? 今すぐ起きろ!!」
毛布を剥ごうと持ち上げる。
だが必死に抵抗する風華。
「つーかちゃんとパジャマを着ていないから寒くて起きれないんでしょ!?」
みれば下は下着だけ、上はボタンかけパジャマだが途中までしかかかっていない。
だらしが無さ過ぎるが、何とも言えない格好である。
「えぇい離せ! つーか見えてる見えてる!」
「やだー! 毛布ー、毛布ー!」
何とか奪い取り再び毛布に包まる。
これはどうやっても起きてこないつもりだろうか。
「……つ、疲れた……」
「……しんちゃんのいじわる。もう遊んであげないもん。もうご飯作ってあげないもん。そしてお腹が減って痩せちゃえば良いんだわ」
「良いことじゃないかな」
「ぶぅ」
だが、風華も鬼ではない。
毛布から顔だけを出して、こう言い放った。
「……分かったわ。おねーちゃんも鬼じゃないもの」
「お?」
「しんちゃんがちゅーしてくれたら起きたげる。ちゅー」
「……」
***
「あれ? 今何か大きな物音しませんでした?」
ひなたが上を見る。
二階で何か大きな物音がしたという。
その直後、半べそをかきながら風華が降りてきた。
そして小刻みに震える真が後に続いて。
「ど、どうしたんですか」
「……しんちゃんがちゅーした」
「はぁ!?」
「いや、だってちゅーしないと起きないって言うから!」
「ふえぇー、乙女の純潔がぁー」
「なんつーことを……」
そしてひそひそと話を始める涼子と和日。
状況は悪化するばかりだ。
だが、真の活躍でこうして起きてきたのだ。
それはそれで良しとするしかない。
「で、今日のクリスマスパーティの振り分けなんですけど、塚原さんとあっきーくんは飾り付けの手伝い及び買出し担当で良いでしょうか?」
「まぁ、大丈夫ですけど」
「それでメインの飾り付け担当は涼子先輩とかっちゃんで」
「おけー。任せといて」
「涼子先輩と一緒ー」
「沙耶ちゃんと杏里ちゃん、風華さんと私は料理担当で」
「分かったわ」
「……頑張る」
「ねぇ、何の話?」
今起きてきたばかりの風華だけ、話が分かっていないようだ。
「それじゃ、作業に入りましょ」
「はーい」
それぞれの作業に入る。
涼子と和日が折り紙で輪を作り、それをつなげて行く。
地味で、単純作業。
涼子が飽きないわけが無い。
10分もすればため息が漏れていた。
出来た折り紙のチェーンを、真と亜貴が飾って行く。
入り口、窓枠、そしてテーブルなど。
さらにダンボールを切り、飾り付けをし、イラストを描いていく。
もうこれだけで十分のような気もするが。
「ねぇしんちゃーん」
「んー……?」
料理を作っていたはずの風華がひょっこり現れる。
そして一かけらの何かを差し出す。
「何?」
「味見、して?」
「はぁ」
それを一口食べる。
どうやらから揚げのようだ。
ジューシーな肉汁が広がる。
「どう? 美味しい?」
「んまいんまい」
「えへへー」
子供のように笑って台所に戻る。
料理組みは楽しそうに料理をしている。
中々華やかな雰囲気である。
「何だよ、向こうに行きたかった?」
「料理できないですけどね」
「俺たち男はこうして飾り付けするしかないだろ」
グチグチ言いながら飾り付けをする。
12時を回った頃、リビングの飾りつけの大半は終了した。
残りはテーブルの上にマットを敷き、花を飾りつけたり、掃除をしたり。
その頃には料理組みの準備も出来ているだろう。
「ねぇ、塚原君」
「はい、何ですか」
「本当にちゅーしたの?」
どうやら先ほどの話らしい。
話は遡り、風華の部屋。
確かにあの時風華は、ちゅーして良いと言った。
だから真は風華にちゅーをした。
ただし唇ではなく、頬に。
そして風華もまさか本当にしてくるとは思っていなかったらしく。
気が動転してしまったのだ。
何とも変な話である。
「つーか、人騒がせなんですよ、ふーねぇは……」
「何だ、つまんないの」
「和日先輩、そうは言いますがね」
「男だったらガツンとおっぱいの一つでも触れば面白かったのに」
「何と言う……確実に和日先輩は俺の人生潰しにかかってますよね」
「やーねぇ、冗談よ」
和日が笑って見せるが、とても冗談には思えない。
***
午後。
真は散らかした折り紙の破片を片付けていた。
かなりの量のごみが出てしまっていた。
「ねぇ、しんちゃん。お願いがあるの」
「何? ちゅーならしないよ」
「やだなぁ、それは寝てるときにしかしないよ」
「ふぅーん……待て、何か聞き捨てなら無い言葉が」
「それはさておき」
「ちょっと!」
「ジュース買って来てほしいの」
クリスマスパーティにはジュースはつき物。
買い置きのジュースだと確実に数が足りないと言う。
「何リットル? 1.5?」
「うん、2リットルを5本くらい」
「えー……? そんなに飲むかなぁ」
だが考えてみると。
がぶがぶとジュースを飲みそうな人間ばかりだ。
10リットルのジュースくらい、普通に消費しそうではある。
特に指定が無い事を確かめ、真が寮を出る。
「風華さん、風華さん。ちょっと手伝ってください」
「はーい」
ひなたがボゥルをかき混ぜるため、風華が手でボゥルを押さえる。
料理の方も次第に出来上がっていき、盛り付けのみとなる。
涼子たちは部屋を綺麗にし、ひなたたちは出来上がった料理から盛り付けをしていく。
予想よりも大分早く、パーティの準備は終わりそうだ。
そして真が帰ってきたのは午後4時10分。
冬だと言うのに汗だくになって帰ってきた。
「疲れたー」
「お疲れー。ちゅーしてあげる」
「あ、いや、結構です」
これでパーティの準備は整った。
午後17時、パーティが始まったのだ。
***
「いやぁ、今年も色々あったわねぇ」
切り出したのは涼子だった。
もはや忘年会レベルの話しか出ていない。
「く、クリスマスらしい話が出てこない……」
「そうかひら」
風華が食べながら話をする。
「しんひゃんにひゃぷれへんとかってあるわひょ」
「うん、何て? とりあえず日本語で」
「しんちゃんにはプレゼント買ってあるわよー」
「本当に?」
「ん」
「でも自分の体にリボンを巻いて「私がプレゼント、はーと」とか止めてね」
「……引くわー」
「えぇー……?」
思いもよらぬ風華のリアクションに、真は戸惑う。
だが、風華の言っている事は本当で。
彼女が渡したのはマフラーだった。
薄いピンク色の、ニットマフラー。
これから寒くなるから体調管理はしっかりね、とのこと。
意外にも普通のプレゼントに拍子抜けする。
「ま、来年も変わらず頑張りましょうと言う事で」
「おお、涼子さんがまともに〆た」
「あら、あっきー。私だってたまには普通なことくらい言うわよ」
それはつまりいつもは普通ではないと。
自覚しているのだろうか。
クリスマスパーティはその後も遅くまで続き、飲み食いして過ごしていた。
夜の7時を過ぎた頃、皆ぐったりし始めたのは言うまでもない。
食べすぎ、飲みすぎでグロッキーになっている。
真も言うに洩れず、ソファに横になっている。
「はい、どうぞ」
胃腸薬が渡される。
その手はひなた。
「ああ、どうも……て言うか、ひなた先輩大丈夫なんですか」
「はい?」
「あぁ、いえ、こっちの事です」
おかしい。
ひなたも自分たちと同じように食べているはずなのに、けろりとしている。
そういえば何時ぞやのレストランの食事でもまぐろ丼を平らげていた。
(もしかして大食いなのか……?)
「楽しかったですね」
「うぇい?」
「パーティ、楽しかったです」
「……そうですね。少なくとも、実家ではこんなことしないですし」
「また来年もこうして、パーティ出来ますかね?」
「出来ますよ」
新がひなたの手を握り締める。
「望めばきっと、来年も変わらず出来ますよ」
「……頼もしいですね」
「そうですかね。こうも言わないと男じゃない気がするんですが」
「ふふ、じゃあ楽しみにしてますね」
微笑むひなたに、応える真。
寄り添うひなたの肩がそっと触れた。
(第八十六話 終)
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