第八十五話  一夜語り

 12月20日。

 この日は朝から雨だった。

 季節が季節ならば大雪にもなりかねない、雨。

 体育館に響く雨打ち音は静かに、ただ静かに。

 終業式が終わったあとは、待っていたりそうでもなかったりする通信表が配られるHR。

 一喜一憂する生徒たち。

 真もその内の一人であるが、別段喜ぶほどの成績でも悲しむほどの成績でもない。

 至って普通の成績だった。

 担任からのコメントでは「もう少し授業中の居眠りを減らしてください」と書かれている。

 それだけがマイナス要素だった。

 あまりの騒ぎに担任の真由が大声で怒鳴りつける。

 一気に静まる教室。

「でー、まぁ年末年始、浮かれる人もいるかと思いますが。そういうときに限って怪我などしないように。あと、初詣などでトラブルを起こさないように」

 これも普通の注意だった。

 その後は各教科の担当教員が教室を訪れ、冬休み中の宿題を渡していく。

 現代文は感想文。

 数学はテキスト。

 理科と科学は無し。

 歴史はテキストの復習に、英語は問題集。

 2週間あればどれも出来るだけの物量だった。

 いや、その気になれば2日ほどで終わらせられる程度の量。

「午後から部活の人は気をつけるように。そうでない人は大人しく帰るように。では、以上!」

 HRが終了し、それぞれ帰路に着く。

 真は弓道場に向かう前に食堂で昼食を済ませる。

 外の雨は未だ止まず、鬱陶しさだけが積もっていく。

 弓道場では既にひなたたちが準備をしていた。

 まだ開始時間まで1時間ほどあるので、的貼りをしているという。

 穴だらけでボロボロの的紙を破り、新しいものに変えていく。

「今日どうしましょう。こんな大雨の中で矢を打ったら、確実に矢がだめになっちゃいますよ?」

 ひなたが言う。

 矢の羽根の部分は非常にデリケート。

 特に水分は矢にとって天敵。

 羽が広がり、まともに飛ばなくなる。

「まぁ、しょうがないか。今日は的の手入れだけして終わる? どうにも視界も悪いし、矢を取りに行くのも一苦労しそうだし」

 射場から的までおおよそ25メートル。

 その間にタオルを巻いたとしても、確実に濡れてしまう。

 それに、終業式なので浮かれている生徒も少なからずいるかもしれない。

「とりあえず今日は2時まで。それまで射場の掃除や、片付けっつーことで良いのかな?」

「草加くん、いたの?」

「いたんだよ……」

***

 午後2時。

 射場の片付け、手入れを終えた部員たちが射場を後にする。

「塚原さん、塚原さん」

「はい、なんでしょ」

「私、これから買い物行ってきます。確か味噌とか色々切らしていたので……」

「じゃあ手伝いましょうか?」

「あ、いえ、大丈夫ですよ」

「さいですか……」

 そう言うと、一足先にひなたが去る。

 本人が大丈夫といっている以上、しつこく「ついていく」と言うのは間違いだろう。

 大人しく寮へ帰る。

 午後になってほんの少し雨が弱くなったような気がしないでもない。

 それでも空は曇天模様。

 今日は大人しく寮でテレビでも見よう。

 寮に帰ると、風華がなにやら難しそうな顔をしている。

「どした」

「しんちゃーん。聞いてよー」

「はぁ」

 カバンを置いて、牛乳を飲もうと冷蔵庫を開ける。
 
「今日雨じゃない?」

「そうだね。外結構降ってんよ」

「そしたらねぇ、私と涼子ちゃん、あっきー君の部屋が雨漏りしちゃって」

「あらまぁ」

「だから今日しんちゃんのお部屋で寝たいの」

「ふぅーん……」

 牛乳を一口。

 そして何か違和感を感じた。

 誰が誰の部屋で寝ると。

 話を整理しよう。

 外は雨が降っている。

 それは知っている、今帰ってきたのだから。

 雨漏りしちゃった。

 木造で結構古い建築物なのでそれも何となく理解できる。

 しんちゃんの部屋で寝たいの。

「何でそうなるの!?」

「? 何が?」

「だって、ふーねぇが俺の部屋で寝るって……! そんなのダメだって!」

「うっ……しんちゃんはおねーちゃんに寒いリビングで寝ろって言うのね……?」

「ほぁー?」

「良いわよ良いわよ。風邪ひーても知らないんだから」

 そこまで言われてしまうと、リビングで寝ろと強くは言えなくなるのが真の弱いところ。

 結局押し負けて「良いよ」と言ってしまう。

 下手に断ってぶーぶー叫ばれても困る。

「ねぇ、ちょっと」

「りょーこちゃん」

「私はどうすれば良いのよ」

「沙耶先輩辺りに頼んだらどうですか?」

 姉妹なんだからそれくらい許してくれるだろう。

 まさか涼子も真の部屋に押しかけるつもりではあるまいに。

 雨漏りと言う事をきちんと伝えれば、沙耶とて人間だ。

 了承してくれるだろう。

「で、しんちゃん」

「まだ何か?」

「通信表見せて」

 通信表の写真を風華が撮り、母にメールで送った。

 どうやら今朝、母からメールが来ていたらしい。

 その真は今は母からの電話を受けていて、明らかに顔色が悪い。

「分かってるって、ちゃんと勉強してるから……うん、あー、うん」

「何か「うん」しか言ってないわね」

「しょうがないわよ、しんちゃんだもん」

 電話が一通り終わった頃、ひなたが帰ってきた。

 手には買い物の荷物。

「結構買ったわねぇ」

「ええ、これから年末ですし。買える時に買っておかないと」

 買って来たものを戸棚に納めていく。

 その後、涼子と風華が雨漏りについてひなたに相談する。

 一応風華が学校の方に修理の電話を入れていたようだが、それも明日からになってしまうとのこと。

「雨漏りの修理自体はすぐ終わるらしいけど……そういうわけだからそれぞれ今日は別の部屋で寝ることになったわ」

「分かりました。そう言う事でしたら、大丈夫ですので」

 それから年末年始の予定についてなるべく早めに話してくれるとありがたいということを聞き。

 怒られているのかそうでないのか分からない真を横目に3人はお茶を始めた。

***

 さて、問題の夜がやってきた。

 真は風呂を澄ませ、部屋にいた。

 ドアがノックされる。

「あけてー」

「何で……うあぁぁっ!?」

 渋々ドアを開けると、そこには布団。

 風華が布団を持ってドアの前で待っていたのだ。

「布団なんか持って……」

「え、一枚の布団に一緒に寝ても良かったの?」

「何でよ。良かった、ふーねぇが布団をもう1セット持ってきてくれて……」

 隣どおしに布団を敷き、早速もぐる。

「むぅー、こうして寝るのって久々かもー」

「小さい頃はね。ほら、ここんところふーねぇ家にいなかったから」

「あー、そうだっけぇ?」

「この人は……」

 電気を消す。

 明日から冬休み、どうやって過ごそうかという考えばかり浮かんでくる。

 中々寝付けない。

「ねー、しんちゃーん」

「……」

「寝ちゃった?」

「……」

「ねぇってばー」

「ごめん、寝かせてくれないかな」

 まるで寝れない子供のように話しかけてくる。

「……まぁ、良いや。しんちゃんも昔はこんなにちっちゃくて可愛かったのに」
 
 一人で話し始めた。

「今でも可愛い弟だけどねー」

「むぅ」

「あーあ、なんだかしんちゃんだけどんどん成長していくなー」

「変わらないのは良いことだよ、ふーねぇ」

「そうかな?」

「そうだよ。何年経っても、変わっていないって言うのは、ね」

 真の言う言葉に風華は黙って聞いていた。

「人は成長する動物ってよく言うけど。成長しない人がいても良いんじゃないかな。ふーねぇみたいに」

「しんちゃん……」

「ふーねぇは今のままで十分。変わろうとしなくて良いよ」

「しんちゃーん!」

 突然抱きしめられる。

 苦しいのやら、そうでないのやら。

 何とも不思議な感覚である。

「おねーちゃん、これからも頑張るからね! だからしんちゃんも頑張るのよ!」

「ちょ、おま……言っている意味が全く分からん! 苦しい」

「むぎゅーってしたげるー」

「良いって! あぁもう! 下手なこと言うんじゃなかった!」

 その後もどたばたと騒ぐだけ騒いで、眠りに着いたのは二十三時過ぎの事だった。

***

 翌日。

 真が飛び起きた。

「ほあぁー!? 遅刻ー!?」

 しかしそこでふと冷静になって考えてみた。

 よく考えれば今日から冬休み。

 飛び起きる必要もないのだ。

 隣で風華もまだ寝ている。

 起こさないように静かに布団にもぐる。

「……ほあぁー!? 部活に遅れるじゃないか!」

 結局飛び起きる真。

 そして隣で寝ている風華を揺さぶる。

「んぅー……なぁに?」

「朝、朝ー! ほら、速く起きて!」

「もうちょっと」

「らめぇ!」

 こうして真のほんのちょっと長い冬休みは幕を開けた。


(第八十五話  完)


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