第八十三話 白熱! 球技大会(後編)

 喧騒が後ろに聞こえる。

 騒ぎたいもの、応援するもの。
 
 そうの両方が合わさってかなり騒々しい。

 あいかはそんな体育館を後ろに、一人で歩いていた。

 友達らしい友達は皆競技に出ている。

 自分の出番はまだない。

 あった所で、あの女に勝てないと意味が無い。

「そうよ……今日こそ勝ってやるんだからー!!」

 一人で叫んで一人で盛り上がるあいか。

 その場を通る生徒達が思わず振り向く。

 須藤あいか。

 外見クールだが、中身はやはり変な人間だった。

***

 そもそもあいかが彼女―「真名瀬 涼子」を嫌う理由。

 あれはあの日が境い目。

 雨の降る日、彼女は共に返ろうと約束した彼がいた。

 しかしながら待てども待てども相手が来る気配がない。

 何か用事があるのだろう。

 そう考える事にし、彼女は校門を後にする。

 しかしながら偶然と言うのは恐ろしいもので。

 帰り道、ふと立ち寄った商店街で見つけたのだ。

 涼子と仲良さ気に歩く相手の姿を。

 何かの間違いだろう。

 そう、たまたまだ。

 たまたまに決まっている。

 足早に見なかったことにして立ち去るあいか。

 それからだ。

 涼子と、ギクシャクし始めたのは。

 涼子が話しかけても、ぎこちなく。

 部活でも息が合わない。

 その後、何とか落ち着かせようとするが、決定的な出来事が起こった。

 彼があいかの誘いを断ってまで、涼子とどこかへ出かけていたのだ。

 あいかは彼に詰め寄った。

 彼は、何も言わない。

 ならば、根本の問題に問いただしてみる。

 涼子に問う。

『買い物に付き合っていただけよ。ほら、もうそろそろさー』

 最後まで聞かずに、あいかの平手打ちが炸裂した。

 涼子は何故殴られたのかいまいち解っていない。

 怒られるような事を言ったのか。

 あいかはそれから部活をやめ、涼子との縁を切った。

***

 思い出すのを止めたあいか。

 時計の針は12時を回っている。

 もうそろそろ試合だろう。

 卓球場へ向かう。

 卓球場は相変わらず騒がしかった。

 クラスメイトと合流し、相手チームを待つ。

 一年生のチームだろうか、何やら喧嘩をしているようだが。

 自分の相手は違う。

 まだかまだかと相手を待つ。

「えー、では次の試合を始めます。3年1組と3年4組はあちらの台に移ってください」

 来た。

 あいかの視線の先には涼子がいる。

 彼女もあいかの視線を感じたのか、振り返った。

「今日こそ決着をつけてやるわ!」

「まーだそんな事言ってるのね、この子」

 涼子自身、何回も彼女に説明しているのだが。

 それでもあいかが納得しないのだ。

 あいかは勝つまで、涼子の事を攻めるつもりだろうか。

「むぅ、何か涼子先輩が喧嘩しとる」

 遠まわしに見ていた真が呟いた。

 まるで状況が分からない。

「いいんちょ、メシ食いに行こうぜ」

「悪い。俺ちょっとここに残るわ」

「えー?」

 クラスとメイトからの誘いを断り、真は卓球場に残った。

 何だか気になるのだ。

 試合が始まった。

 先鋒は、どちらも普通の生徒だった。

 一進一退の攻防に、見ているこちらも熱くなる。

 どちらのチームも2勝2敗。

 次の勝負で全てが決まる。

 対戦カードは、涼子対あいか。

 二人が立ち並ぶ。

 一礼し、涼子のサーブ。

 強力なドライブスピンのかかったサーブ。

 それをバックカットで防御する。

 回転を失い、宙に浮くボール。

 ここでスマッシュを狙いたい所だが、カットにより回転のかかっているボールを狙うのは自殺行為。

 ここは涼子もカットで応戦する。

(ちっ……引っかからない)

(むぅ、やるわねぇ)

 互いを知っているからこその攻撃。

 涼子はドライブからの速攻。

 あいかはカットなどを織り込んだ持久戦。

 勝つためには自分の持つ力をフルに発揮しなければならない。

 勝負は、中々決まらない。

***

 スコアは共に11−11。

 先に二本先取で1セット奪取となる。

 涼子のサーブは鋭いドライブサーブ。

 台の角を狙うように、ボールは突き進む。

 しかしそれを防御する。

 強烈なスピンにより、思ってもいない方向へボールは飛んでいく。

「しまっ……」

 遅かった。

 あいかが一歩リードとなる。

 その後のあいかのサーブ。

 焦ったのか、涼子がミスをし1セット目はあいかが奪取した。

「ふふん、どうよ」

「たかが1セット取られたくらい!」

 2セット目、先攻は涼子。

 もはや手を抜くこともしない。

 本気で潰しにかかる。

 その甲斐あってか2セット、3セットと連取することが出来た。

 しかし、ここで涼子は一つ、彼女に聞くことがある。

「ねぇ、何でそんなに怒ってるのよ」

「何でって……あんたが龍彦と……!」

「それは説明したでしょ。あれは―――」

「どんな理由があろうとも、人の彼氏と一緒にいたには変わりないでしょ!」

 中々話を聞かない子のようだ。

 このようなタイプの相手を諭すのは一苦労する。

「ちょっとは話を聞きなさいよ!」

「涼子先輩、涼子先輩」

「……塚原くん、いたの?」

「いましたよ。多分、あの人、きちんと腹を割って話し合わないと無理ですよ。その、龍彦って人も交えて」

 とは言え、龍彦を交えての話し合いはこの試合が終わってからとなる。

 ラケットの上で、ボールを弄ぶ涼子。

「ふん、すぐに終わらせるわよ。現にこっちがリードしてるんだし」

 涼子のサーブは、鋭く突き刺さる。

 その後あいかのサーブを返していく。

 それは、あまり涼子が見せなかったカットによるカウンター。

「カット……!」

「あら、ドライブだけだと思ってのかしら」

 どういう心境の変化か。

 涼子はあいかのサーブをカットで返していく。

 ドライブだけではないと言う事の表れなのだろうが、何故このタイミングで?

「早く終わらせて、ぜーんぶの誤解を解きたいの」

「……くっ」

 焦るあいか。

 卓球部時代、涼子とよく組んだことがあったがカットをここまで見せられたのは初めてだ。

 ドライブばかりの攻撃型プレイヤーだとばかり思っていた。

 実際は違ったのだ。

 彼女は、カットも使える万能型。

「ま、あんたが今まで思い込んでいたものは実は違ったって事よ。そのこと、よーく頭の中に入れておきなさいな」

***

 試合終了後、涼子はあいかをつれて教室へと戻った。

「……何よ。今更何の話が」

「だーかーらー、人の話しは最後まで聞きなさいって」

「……」

 涼子が説明する。

 二年前のあの日。

 涼子は確かに龍彦と一緒にいた。

 ただそれは、龍彦に頼まれてだった。

 よくある理由である。

 あいかの誕生日プレゼントを見てもらいたい。

 それが真実、本当の事だった。

「……だから、私には何も言わなかったと?」

「そういう事ね。言ったらつまらないし……よくある理由で、あんたは拍子抜けしたかもしれないけど」

「……」

「そう言えばもうそろそろ龍彦がここに来るんだっけ」

「は!? ここに!?」

「そ」

 涼子は手をひらひらとさせて教室を出ようとした。

 そして最後に一言。

「……その、なんだ……ごめんね」

 謝る事は無い。

 無いのだけれども。

 何故か無性に謝りたくなった。

 だから彼女はお詫びの言葉を呟いたのだ。

 彼女が教室を出て数分。

 龍彦が教室に現れ、全てを話した。

 本当はもっと早くに説明しておくべきだったのだ。

 良かれと思っていた行動が、誤解を招き。

 一人の少女のせっかちな性格がそれをこじらせ。

 その決着はあまりにも呆気無くついて。

 この2年があまりにも馬鹿馬鹿しく思えてしまう。

「あーあ、何で最終的にあの二人の惚気なんて見せられてるのかしら……」

 それでも喧嘩をするよりかはマシという事か。

 なんだか気が抜けてしまった。

 寮に帰ったら一眠りしよう。

 そう考え、涼子は静かな教室前から去った。

 そういえば明日は終業式。

 もうすぐ冬休みである。


(第八十四話  完)


   トップへ