第八十三話 白熱、冬季球技大会(前編)
「冬季球技大会?」
2学期の締めくくりが近づく12月の半ば。
その職員室で口にしたのは真だった。
担任である真由に呼ばれ、プリントを渡され内容に目を通していく。
蒼橋学園では、必ず2学期の終わりごろに球技大会がある。
今年一年を締めくくる最後のイベントである。
競技は、サッカー、バレーボール、テニス、ソフトボール、卓球の5種目。
なお競技の掛け持ちは出来ない。
「この後授業終わったらさ、クラス会開いてメンバー決めてよ」
「ちなみに何時までですか?」
何か嫌な予感を抱いたのか。
真は真由に尋ねる。
「ん、今週一杯」
「今日が水曜だから……まだ余裕ですね」
「そ。微調整とかあるだろうし。よろしくー」
もう既に授業の方もまとめが多く、午後の授業は五時間目で終わる。
その後にクラス会を開いて、纏めれば経にでも終わると言う考えだろう。
しかし、そんなに早く纏まるだろうか。
ただでさえ個人の意見が強すぎるクラス。
「で」
授業が終わり、真が教壇に立つ。
事前に話がされていたので、大人しく椅子に座っている。
「じゃあ今から球技大会のメンバーを決めたいと思います」
真がチョークで球技名を書いていく。
「いいんちょ、読めない」
「うっさい! チョークで書くの慣れてないんだから!」
何とか罵声をやり過ごし、まずはそれぞれが行いたい競技の所に名前を書いていく。
その後規定の人数になるまで調整をするのだが。
やはりと言うか、最初から分かっていた事だった。
動きたくない人が多すぎる。
サッカーならば交代も含めて13人が規定で、集まったメンバーはギリギリの11人。
そしてバレーボールは交代メンバー含めて8人が既定なのだが10人と2人多いのだ。
そしてソフトボールは9人と規定数に達し、テニスと卓球も申し分ない。
ちなみに卓球とテニスは男女混合、移るならこの2種目からと言うのが理想的なのだが。
「だって卓球楽そうだもん」
そうなのだ。
卓球は5人チームを2組作り、どのチームでも先に3回勝てば良いのだ。
上手くすれば自分の番が回ってくる前に、競技が終わる。
そして勝ち抜き戦ということもあり、卓球を狙う人が多くなっていた。
「頼む、移動してくれ!」
「やーよ」
交渉に失敗してしまった。
このままではいつまで経っても決まらない。
「いいんちょが移動すれば?」
「え……?」
そう、真も卓球の所に名前を書いていた。
もしも真が卓球からどこかへ移動すれば、事も収まる。
「あ、いいんちょ移動しなくて良いや。俺がどっかいく」
「良いの!?」
「ん。別にどこでも良いんだし。どこだっけ足りてないの」
そういって一人の生徒が自分の名前を消し、サッカーの所に書く。
物分りのいい生徒もいるものだ。
その後、何度か話し合いが行われなんとか大会メンバーは決定した。
***
その頃。
「じゃあ今回の球技大会のメンバーはこれで良いねー」
涼子のクラスでも同じように球技大会のメンバー決めが行われていた。
涼子は今年も卓球に出場。
そして今年も優勝を狙うのみ。
ただ、その前には障害も立ちはだかる。
「りょーこちゃん、今年も卓球だねぇ」
「ん、だってこれしかないし」
「さすが元エースー」
涼子は卓球部をある理由で止めるまで、エースとして活躍していた。
が、ある理由で退部してしまった。
そして退部してから、球技大会では必ず障害が立ちはだかる。
「で、まだ仲直りしてないんでしょ」
「仲直り……?」
「あーちゃんと」
「あー……」
あーちゃんこと、あいか。
涼子と同じ卓球部だった女生徒。
涼子とはダブルスを組むほどの中だったが、ふとした事件で仲をこじらせ、今も亀裂が入ったまま。
卓球は各クラス総当りのため、必ず対戦するようになっているのだ。
あいかと涼子の試合は常に鬼気迫るものがある。
「早く仲直りした方が良いよー。大学入ったら別なんでしょ?」
「ん、まーね……」
どこか歯切れの悪い涼子の答え。
それが出来れば苦労しないと言いたげである。
何度か仲直りし世と試みるが、やはり向こうは話を聞こうとしない。
どれだけ根にもっているのだと、ついつい問いたくなるほど。
「ま、今度の大会で試してみるわよ」
「だといーけど」
***
その日のさくら寮では、球技大会に向けての意気込みを語っていた。
「いいなぁ、球技大会。おねーちゃんもでたい」
「無理でしょ、どう考えても。生徒じゃないし」
「まぁまぁ。あ、おかわりどうですか?」
ひなたが真に尋ねる。
既に茶碗は空に近い。
白米をよそってもらい、食べていく。
この時期になるとストレスの溜まる生徒が多い。
特に受験生となる3年生。
そういった生徒のストレス解消にでもなれば、と言う事でこの時期に球技大会が開かれるらしい。
「じゃあ、塚原くんは卓球なのね」
「そっすよ」
「んじゃ、一つ一緒に頑張りましょ」
涼子からのエール、喜ぶべきか。
「でもさー」
風華がご飯を口に運びながら口を開いた。
「しんちゃんって球技出来たっけ」
ぴたりと止む真の箸。
特に気に留めない他の皆。
「出来たっけぇー?」
「ば、馬鹿にしないでよ! 俺だって玉遊びの一つや二つ……!」
「でも昔から球技下手だった記憶しかないけどぉ?」
先ほどの仕返しだろうか。
妙に突っかかってくる。
それからも何かにつけて突っかかってくる風華を見事に交わし、その他の皆が何に出るのかに耳を傾ける。
亜貴と和日はバレー、ひなたと杏里はテニス、沙耶はソフトボール。
そして真と涼子が卓球である。
サッカーに出る人間が一人もいないのは偶然だろう。
ともあれそれぞれがそれなりにこなす事の出来る競技を選んだのだ。
楽しめるのは間違いないだろう。
「皆さん、楽しむのは良いですけど、怪我だけはしないで下さいね」
ひなたの一押しにそれぞれが返事をする。
「ところで」
風華が再び口を開いた。
「幽霊ちゃんは何に出るの?」
「あ……私は何も出ないんですよ。ほら、幽霊だからー」
「うん、久しぶりに出てきたと思ったら自虐ネタを引っさげているとは」
「えい、金縛り!」
「うわ、動けない!?」
口は災いの元、真は痛感した。
***
月曜日。
待ちに待った球技大会が始まる。
開会式で体操をし、それぞれの競技会場へと足を運ぶ。
真の参加する卓球は体育館の1階、卓球場で行う。
第一試合は9時から開始、そこから終わり次第次の試合。
新の出る試合は第三試合。
まだ後40分ほどは余裕があると見て良いだろう。
だが、何が間違って早まるかもしれない。
この場所にいたほうが良いのだろうか。
「いいんちょ。ウォーミングアップ手伝ってくれ」
「あえ、うん」
「何つー気の抜けた返事」
一緒に参加する生徒と一緒にウォーミングアップをする。
しかしながら、真の下手な事下手な事。
思わず目を疑う。
「なぁ、いいんちょ。卓球の経験は?」
「土日に一杯練習してきた」
「つまりほとんど無いんだな」
それでも3勝すれば良いのだ。
「ま、いいんちょの出番、ねーから!」
「何だよ、それ」
「だって3勝すれば良いんだろ? 現卓球部員の俺なら余裕でしょ」
そう自負しているのは、卓球部員の尾上。
彼が先鋒として出て、勝ち抜けば優勝だって夢ではない。
「いいんちょはその辺に座って応援でもしてなー」
「何だとー! お前なんか負けてしまえ!」
「いいんちょ、大人気ない……」
他の女子からの突っ込み。
だが尾上の自信は本物だった。
いざ始まった第三試合。
先鋒、尾上が出ると、瞬く間に点数を稼いでいく。
相手のサーブを見極め、即スマッシュ。
こちらは回転の掛かったサーブにより相手を翻弄する。
相手が素人ならば、1点たりとも取らせてはもらえない。
「すげー」
「尾上くん、すごーい」
真も他のメンバーもついつい口を開けてみてしまう。
あっという間に終わってしまった。
「お前、言うだけの事はあるんだな」
「俺を誰だと」
「じゃあ次の先手は俺が」
「良いけどさ」
次の試合の先鋒は真が出ることとなった。
一回くらいは試合に出ないと、意味が無い。
さて、どうなる事か。
***
ちなみにこちらは3年生会場。
とは言え同じスペースである。
涼子は流石に元エースと言った腕を披露している。
現役の部員でも押され気味なのだ。
「そこまでー」
勝利を収めた涼子。
これくらい軽い軽いと言った様子か。
しかし、入り口にあの生徒を見つけたとき、涼子の雰囲気が変化した。
入り口に立ち、涼子を見ている生徒、あいか。
目が合うなり、そっぽを向いて立ち去ってしまう。
なにやら波乱が待ち受けていそうだが。
(第八十三話 完)
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