第八十二話 おねーちゃん、嘘本当
それは、とあるクラスメイトのとある疑問からだった。
その日、そのクラスメイトたちは分厚いマンガ雑誌を読んでいた。
「うは、こんな展開ねーよ」
そのページには姉と弟が脱衣所でばったり会ってしまうという、通称「ドッキリハプニング」のシーンが描かれていた。
それを読んで、彼らは笑いながらページをめくる。
「本当にこういう展開あったらちょっと引くわ」
「ぬ、確かに」
「でもさ、一度くらいはあってみたくねーか?」
と言う一人の問いに、彼らは眉をひそめる。
実際、そういうハプニングにあってみたいという考えはある。
ただ彼らの中に姉を持つ人間は一人としていなかった。
現実とはこんなものである。
「ま、あったらあったでその後が辛いだろうな。ギクシャクする」
「まぁな」
「でもさ」
生徒の一人が本を閉じ、こう言い放った。
「時代は姉だよね!」
「え?」
「え?」
他の皆はぽかんとしていた。
「それは置いておいて、じゃあ聞いてみるか」
立ち上がり、歩き始める。
目的はただ一つ。
姉を持つ生徒に話を聞いてみること。
このクラスで姉を持っていて。
気軽に話せる生徒はただ一人。
「!?」
若干離れた席に座っていた真は何かを感じた。
背筋がぞくりと震え上がる。
「な、何だ……? 一瞬寒気が……」
「いーいーんちょぉー」
「神田……えーと、さっきの殺気はお前か?」
「シャレか、上手いな」
別にそう言うつもりで真は言ったわけではない。
昼食も済ませた昼休み。
なるべく面倒ごとに巻き込まれるのは御免なのだが。
神田が真の前の席に座り、口を開いた。
「なぁ、委員長ってねーちゃんいたよな?」
「あー……」
ここで嘘をついていないといったらどうなるだろうか。
「いる」
若干の間をおいていると答える。
それを聞いて神田は続けた。
「変な事聞いてもいいか?」
「ん?」
「風呂場でばったりあったことってあるのか?」
「ねーよ」
なにやら神妙な面持ちで何を聞いてくるかと身構えていた真の肩ががくりと落ちる。
そして真の答えを聞いた神田の肩も下がる。
実際そんなことになったら風華の事だ、きゃあきゃあと騒ぎになるだろう。
そして後世まで語り告げられてしまう。
そもそもそんな目には会わないのが良いに決まっている。
「何だ、つまらない」
「お前は姉弟と言うものを何だと思っているんだ」
冗談だよ、と付け加えるとこの際に神田は色々聞いておこうと考えたのだろう。
一頻り話が終わったと言うのに席を離れようとしない。
「あー、ほらー。席に座れないからうろうろしてるじゃないかー。とっとと退けよ」
「もうちょい、もうちょいだから」
席の主に断り、神田は座り続ける。
その後も神田の執拗な質問攻めは続いた。
最終的には姉と寝た事はあるかなどとあまりにも昼間には相応しくない話が飛び出してきたので。
「……今この場にふーねぇ呼ぶぞ」
「マジで!?」
「そしてこう言ってやるんだ。こいつらがふーねぇの事をあんな事やこんな事ある事ない事言いふらしたって……」
「お近づきにはなりたいけど、それは勘弁だなぁ」
席を立ち上がり、軽い感じで神田は自分の席に戻った。
一体なんだったのだろうか。
***
同時刻。
沙耶の下でも同じような事が起きていた。
「ねぇ、沙耶」
「何かしら。勉強の事だったら放課後にでも」
「違うわよ。沙耶のお姉ちゃんって、涼子先輩よね」
あまり似ていない姉妹だとは言われるが。
確かに姉である。
勉強の出来る妹と出来ない姉。
活発な姉と、奥手な妹。
まさに正反対の存在である。
「そーだけど、何で?」
「いや、何となく」
「もう、歯切れの悪い」
彼女は昨日、沙耶と並んで歩いている涼子を見たという。
そこで、改めて二人が姉妹であるということを思い出したのだ。
何せ二人とも似ていない姉妹なので、時々忘れそうになる。
「不思議よねぇ……もうちょっと姉妹って似るものじゃないの?」
「そうなのかしら? 別に人それぞれだと思うけど」
「ふーん……」
その後、口を開いたのは沙耶だった。
その口からは、涼子に対する不平不満が飛び出してくる。
ただ、彼女とて悪意があるわけではない。
短所は直せば長所になる。
こうあって欲しいという彼女なりの願望だったのだ。
それを聞いて、女生徒はからかうようにこう言い放った。
「本当に好きなのね、涼子先輩の事」
「ま、まぁお姉ちゃんだし嫌いだなんていったら心底泣きそうだし……あ、でも好きと入っても限度と言うものがあって、そりゃ一緒にいれば退屈はしないけど」
(あら、面白い)
慌てふためくように、やや早口で沙耶は喋る。
その様子に、いつものクールな感じは微塵もない。
沙耶のようなタイプはからかうと面白いのだ。
「あ、そう言えばさ」
「な、何よ」
「涼子先輩って、他の女子の男取ったって本当?」
「は、はぁぁ!?」
あまりにも急な質問だったので、思わず声を荒げてしまった。
そんな話し聞いたこともない。
やはり、色々と問題のある彼女にはある事ない事の噂が勝手についてしまうのか。
沙耶は全力で否定した。
そんな事があったら、即刻涼子に問いただす所だ。
と、そこで冷静になって考えてみた。
その話をどこで聞いたのか。
彼女は、その話を部活の先輩から聞いたという。
学校内でも多分知っているのはごく一部の人間なので、そこまで表ざたにはなっていないと言う。
なっていたらもっと騒ぎになっているはずだ。
「無い無い無い! 絶対にありえない! 姉さんがそんな事するなんて!」
「だよねー」
思わぬところで、思わぬ噂を耳にしてしまい、戸惑いを隠せない沙耶。
これは一度本人の耳に入れておいたほうが良いのだろうか。
***
「ただいまぁー」
放課後。
涼子がさくら寮に戻ってきた。
今日も良くがんばったと、自分に言い聞かせる。
「おかえりー。ケーキあるわよ、クッキーあるわよー」
「……どんだけ買い込んでるのかしら」
そういいつつも、おやつがあるのは嬉しい事だ。
涼子はリビングに向かい、風華が用意したケーキを食べる。
「もー、しんちゃんには本当に困っちゃうわよー」
「また何かやらかしたの? おっぱいでも触られた?」
「りょ、りょーこちゃん! 女の子がそんな直接的なこと言っちゃダメなんだよぉー!?」
お茶を飲んでいた風華が慌てて注意する。
「ごめんごめん。むしろ逆に触りたいとか?」
「えへへ」
「ちょ、えー!?」
あまりまんざらでもないような風華の様子。
これは逆に一本取られたか。
本当は、今日も真の部屋には洋服が散らかっていたのだ。
それを見た風華がこの間大掃除をしたのにと怒っている。
「帰ってきたら緊急会議ね……!」
「またこの間みたいに大掃除はごめんだわよ」
そして、ふと涼子も思い出した事がある。
つい3日ほど前、沙耶にCDを貸したのだ。
映画のサウンドトラックで、1日もあれば聞けてしまうのだが未だに帰ってこない。
流石に1週間が経過したら、返せといってみたいのだが、流石にまだ言えない。
ただ彼女自身も好きなシーンの曲が入っていたため、また聞きたくなったのだ。
「あぁ見えて沙耶も結構ずぼらな所があるから……」
姉二人が、弟と妹のダメな部分を上げていく。
喋りながらケーキやクッキーを平らげていく。
「でも何だかんだ言って」
「沙耶って」
「しんちゃんって」
『可愛いのよねぇ〜』
二人して声が揃う。
この二人もまた、妹と弟の事が大好きで仕方がない。
そんな12月のある日だった。
(第八十二話 完)
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