第八十一話 2005年最後の月

 思えばこの一年色々あったものだ。

 試験に落ちて。

 この学校に来て。

 音信不通となっていた姉と奇跡的に再会し。

 本当に色々あったものだ。

「はい、そこまでー。後ろの人は答案用紙を集めてー」

 真は天を仰いだ。

 無理だった。

 目の前に広がるほぼ白紙の答案用紙。

 期末テスト2日目。

 昨日、期末テストが始まった。

 一日目のテストの出来に気を良くしたのか、あまり勉強をしていなかった結果がこれだ。

 ともあれ本番は明日。

 国語に数学、理科に英語。

 何かの嫌がらせと思わんばかりの教科である。

 時刻は既に11時50分。

 今日は三教科のみのテストなので、このまま帰ることが出来る。

「真ー。テストどうだったよー」

「あばばばばばば」

「ダメだったか」

 彼方もそれほど出来たわけではない。
 
 ただ、真ほどショックを受けていないようだ。

「ま、明日挽回するしかないわな」

「……だな。しょうがない、ふーねぇに教えてもらうか」

 教室を去り、帰路に着く。

 それにしても、と先ほど考えていた事を思い出していた。

 本当に色々ありすぎて、この一年はある意味で充実した一年だった。

 ふと、さくら寮の前で立ち止まる。

 まだあと2年、この寮で過ごす事になる。

 卒業する時、自分は果たしてどうしてるだろうか。

「ただいまー」

 玄関を潜り、靴をそろえる。

 午後から風華に勉強を教わって、明日に備えよう。

「ふーねぇ、ちょっと良い?」

「んー、無理ー」

 速攻で無理と言われ、目を丸くする真。

 何か用事だろうか。

 聞くと今から実家に帰って、冬物の洋服を色々と持ってくるという。

 もう12月。

 外はひんやりとした風が通る。

 セーターやマフラーなどをもって来れば冬を越すのも容易になる。

 丁度、実家では冬物の洗濯を終えたということらしいので今がチャンスと彼女は考えたのだろう。

「じゃあ、行って来るね。あ、ご飯は用意してあるから」

「んいー……」

 風華が寮を出る。

 さて、一人になってしまった。

 何時もならば誰かどうにかいるはずなのだが。

 テスト中なので部活があるというわけでもない。

 となると図書館で勉強でもしているのだろうか。

 しん、と静まるさくら寮。

 いつもとはどこか違う雰囲気をかもし出している。

 風華が用意した昼食を平らげ。

 真は勉強しようとリビングのテーブルの上に教科書を広げた。

 たまにはこう言った広いテーブルで勉強しても良いだろう。

 気分転換というやつである。

 勉強を始めて10分。

 どうにも集中できない。

 やはり音のほとんど無い状態では、集中できるものも出来ないと言う事か。

 時計の歯車の音が妙に気になる。

 立ち上がり、コップの中にジュースを開ける。

 それを飲み干し、二度三度屈伸をする。

 さて、もう一度頑張ろう。

 真は椅子に座った。

***

 13:40分。

 やはりどこか集中できない。

 教科書を閉じた真。

 自分にこう言い聞かせる。

「よし、夜に頑張ろう!」

 典型的なダメ勉強の例である。

 夜になれば風華も帰ってくる上に、適度に騒がしいので勉強にも集中できるという自己理論。

 パソコンを立ち上げる。

 何もすることが無ければするのはネットサーフィン。

 何か面白い情報が転がっているはず。

 だが、そのネットサーフィンもすぐに飽きてしまう。

 何かが違う。

 鍵をかけてあることを確認し、ソファに横になる。

 何をどうして良いのか分からない、平日の午後。

 無理も無い。
 
 この時間はほとんど教室で授業を受けている。

 そして休みだとしても、風華や涼子がいて、からかわれて終わり。

 こうして、静まった寮に一人でいること自体が珍しいのだ。

 横になったとたんに襲い掛かる眠気。

 うつらうつらと、真の意識が落ちていった。

***

 図書館。

 静まり返ったさくら寮とはまた別の静けさが広がっている。

 その一角では、沙耶と杏里、ひなたが共に勉強していた。

 中々難しい箇所は沙耶に聞き、そのほかはなるべく自分で理解していく形。

「沙耶ちゃん、ここはどうすれば……?」

「そこはほら、3ページ前の応用よ」

「3ページ前……あ」

「分かった?」

 ひなたが頷く。

 先ほどやったことなのに頭の中からすっぽり抜けていた。

「それにしても、姉さんとかっちゃんは勉強しなくて良いのかしら……?」

「……かっちゃんは大丈夫だと思う」

「百歩譲ってそうだとして、姉さんは流石に勉強しないとまずいんじゃないかしら。年明けには大学の入試だってあるのに」

「そういえば、涼子先輩は蒼橋学院の教育学部でしたっけ?」

 沙耶が頷く。

 一次推薦入試はもう締め切ってしまったので第二次推薦入試にかけるしかないとか。

 だが涼子の場合、口が上手いので推薦入試の方が適切なのかもしれない。

 ただ、それでも今までの成績が良いとは言えないので、突っ込まれたら困る事は目に見えている。

「後で焦っても知らないんだから……」

 そういうと教科書に目を向ける。

 人生、慎重に進めばそんなに慌てる局面に出会うことは少ない。

 今を堅実に生きれば、なおの事。

 沙耶は、姉のようにちゃらんぽらんに生きるつもりは無かった。

***

 夕日の沈む地平線。

 広がる田んぼ道。

 二人の子供が歩いていた。

 一人は膝から血を流して泣いていた。

 そしてもう一人がその手を引いて歩いている。

 何時までも泣き止まないその子供。

 今まで我慢してきたがついついつられて泣いてしまいそうになる。

 ずっと昔の事。

 そこで真は目を覚ました。

 暫く、その体勢のまま目を数回瞬きさせる。

 それはずっと昔の事。

 祖父の家に2泊3日で泊まった時、真と風華が辺りの探検のために家を出た。

 小さかった彼らには、ありとあらゆるもの全てが真新しく見えた。

 その帰り道、真が転んで膝をすりむいた。

 流れる血と、彼を襲う痛みに泣きじゃくる。

 そんな真の手を引いて祖父の家に戻ろうと先導する風華。

 どうして今更あの時の事の夢で見たのか。

 皆目見当もつかない。

「あー……なんか懐かしい夢見た気がするー……」

 思えばあの頃は風華のほうが自分の先に立っていたような気がした。

 今では全く逆だが。

 軽く背伸びをして、テーブルに戻る。

 なんだか頭がすっきりとした。

 これならば今から勉強しても、大丈夫だろう。

 真がシャープペンを握る。

***

「早く片付けなさいよー」

 真が渋々教科書等々を片付ける。

 勉強しようと意気込んでは見たものの、頭がすっきりしすぎて逆に集中できなくなってしまった。

 その上。

 風華と涼子が帰ってきて、おやつタイムと称してテーブルを占拠すると言う暴挙に出た。

 ただ、風華は真の勉強の邪魔にならないかと心配していたのだが、お菓子の誘惑には勝てなかったようだ。

 その代わり夕飯を食べたら勉強の手伝いをするといい始めた。

 それはそれであり難いのだが、もしかしたら進まなくなるんじゃないかと疑ってしまう。

「さ、今日の夕飯はカレーにしましょー」

 風華が戸棚からカレールーを取り出してきた。

 何時ぞやの言い争いを思い出してしまった。

 またあの時みたいにきゃあきゃあと騒ぐのだろうか。

「あんたって人は、また戦争がしたいのか!!」

「ん? 何が?」

「いや、何となく」

 真の渾身のボケを完全にスルーし、材料を確かめる。
 
 今思えば、何であの時言い争いになったのだろう。

 思い出そうとしても思い出せない。

「さ、早く片付けなさーい。お菓子出せないじゃない」

「め、めちゃくちゃすぎるこの人……今に始まった事じゃないけど」

「……クッキーあげないんだから」

 ため息をつき、二階へと上がる。

「あ、しんちゃん」

「なーに」

「ウチからPS2、持って来たよ」

「本当に!? ありがとー」

 テレビに繋げばDVDも見れる。

 さくら寮にはビデオデッキこそあるものの、DVDの再生機器は今の所パソコンしかない。

 PS2があれば、ゲームも出来るしDVDも見れる。

 ただし、リビングでだが。

 それだけが難点である。

「あとそれから」

「ん」

「おかーさんが頑張りなさいよ、だって」

「……何を頑張るんだか」

 そう言いつつも、離れてクラス母親からの優しさにじんと来たのは事実。

 今日の夜はちょっと頑張ってみても良いかな。

 そう考えた真であった。


(第八十一話  完)



 
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