第八十話 大掃除しましょ
それは、土曜日が迫った金曜日の午前中の事。
「そいじゃ行ってくるぁー」
「はーい、気をつけてねぇ」
風華が真を見送る。
11月も終盤と言う事で少しでもドアが開いていると涼しい風が寮の中に吹き込んでくる。
さて、今日は何をしようか。
風華がはたきを手に二階へと上がる。
とりあえず何時もどおり埃を取って。
それから床を拭いて、布団を干して。
意外とやる事があった。
「ゆーちゅーぶで動画見れるかしら……」
1週間ほど前から動画サイトでドラマを見ている風華。
もう立派な廃人である。
そんな風華がまずは真の部屋のドアを開けた。
そして絶叫した。
目の前に散らかっているのは、彼が脱ぎ散らかした衣服。
折りたたまれているでもなく、ただ無造作に散らかっている。
「んもー! ちゃんと脱いだ服くらい畳みなさいよぉー!」
そう言うと、真の散らかした衣服を畳んで机の上に置く。
ぶうぶう言いながらも畳む辺りが姉らしい。
適度に埃を取った後、続いて亜貴の部屋。
そこで本日2回目の絶叫が響いた。
「んもー! プラモデル作ったらちゃんとランナーと箱は分別しなさいよぉー!」
しかもゲートのカスが辺りに飛び散っている。
これでは細かいゴミとして、取るのが非常に面倒である。
とりあえず分けて机の上においておくことに。
何かパーツがついているような気もするがあえてここは気にしないでおく事に。
さて、その調子でひなたの部屋、自分の部屋。
杏里の部屋と埃を取り、涼子の部屋。
そこで本日3回目の絶叫をすることとなった。
「んもー! お菓子食べたらちゃんとゴミは捨てなさいよぉー! 食べ残しはちゃんと隠しなさいよ! もぐもぐ!」
机の上に散らかっていたビスケットを適当に口に運ぶ。
こんなところに出しておく方が悪いのだ。
さて、ここまで埃を取り続けたが3人ほどだらしなくしている人がいる。
少し頭にきた風華。
そこであることを考え付いた。
***
その日の夕方。
皆が寮に戻ってきて夕飯を食べている。
「ふーねぇ、おかわりー」
「……ぷい」
「えー……? 何でふーねぇそんなに機嫌悪いのん?」
答えようとはしない。
ただひなた、杏里、沙耶、和日の言葉には反応している。
真と涼子、亜貴だけ無視されている。
「何かあったかしら?」
「さぁ」
「あっきーが何かしたんでしょ」
「何で俺が!? 何でもかんでも俺にせいにするのはやめなさいよ!」
そうこうしているうちに何か風華から発表があるという。
多分風華のこの機嫌の悪さも関係しているのだろう。
「突然ですが明日一日かけて大掃除をしたいと思います!」
「突然だなぁ、何でまた」
「しんちゃん、りょーこちゃん、あっきーくんの部屋が汚いからです」
「それって私たち関係なくない?」
和日と沙耶が顔を見合わせる。
「皆一斉に大掃除します!」
「はーい、先生に質もーん! 私たち関係な」
「皆一斉に大掃除します!」
どうやら意見は聞かないようだ。
そこから風華が三人の部屋の汚さについて説明を始める。
ある人間は服を脱ぎ散らかして学校へ行った。
服のしわは簡単には取れないというのに、それに掃除するのに畳んだりする手間を考えてほしい。
ある人間はプラモのゴミを片付けない。
箱とランナーと一緒くたにしておいて置くのはやめてほしい、踏んだら痛い。
ある人間はお菓子の食べ残し、ゴミを机の上に置きっ放し。
虫が沸いたらどうするのか。
それ以上につまみ食いをして必要以上のカロリーを摂取して太ったらどうするのか。
「待って。最後のは風華さんが我慢すれば良いだけじゃないの?」
「あんな所に置いておくとお菓子が誘惑してくるの、つまり出して置く方が悪いのよ」
何と言う俺理論なのか。
風華の超理論は置いとくとして。
年末に向けて一度は大掃除をしておきたかった所、これはむしろ好機と取るべきではないだろうか。
遅かれ早かれ大掃除をするのだ。
事の発端はどうあれ、あながち大掃除をするのは間違いではない。
「と言うわけで明日は皆早めに起きてね。起きなかったらお尻ペンペンなんだから」
「何と言う拷問……」
スナップを利かせて素振りをする風華を見て真がつぶやいた。
***
明朝、6時30分。
真は眠りこけていた。
外からの日差しに負けることなく、眠っていた。
「すぷー……ぶー」
「しんちゃん、起きてー」
布団を剥ぎ取り。
突然の剣幕に真の目が覚めた。
「うわ、何よ何よ!」
「大掃除よ」
「早えー、ふーねぇ早えー」
「早く起きてっていったでしょ」
よく見ると頭には頭巾を被っている。
どうやら本気で大掃除をするようだ。
真を無理やり着替えさせ、リビングで朝食を取らせる。
他のみんなも風華に起こされたのか、自分で起きたのか。
中々眠そうな顔をしている人間もいる。
「ねぇ、ふーねぇ。今日はどういうアレで掃除するの?」
「各自の部屋を徹底的に綺麗にしてもらうわ。押し入れの中とか」
「押入れねぇ……」
「何かあるの?」
「いや、無いけど」
即答する。
大してやましいものは入っていないはず。
「ご飯を食べ終えた人から始めてねー」
あまり遅くまで食べていると何を言われるかわからない。
真は手早く朝食を食べ終えると、そそくさと部屋へと引き返した。
さて、掃除を始める所なのだが。
おそらく最大の難所は押入れになるだろう。
無造作に入れ込んだ衣服が転がっている。
ハンガーの数が圧倒的に足りていない。
さらには何時ぞや買ったコスプレ用衣装。
本格的に邪魔になってきたが、捨てるのはもったいないのでなるべく取っておきたい所。
まず、押入れの前に片付けやすい机周りから片付けることに。
ボールペンや消しゴムなどが転がっているのでそれを一箇所に纏める。
そしてプリントなどを本棚に押し込んで。
次に部屋に敷いてある座布団をきちんと正して。
しかしながらこうしてみると自分の部屋はそんなに掃除をするほどでもないということに気がついた。
本当に掃除しなければいけないのは、押入れのみである。
「しんちゃん、ちゃんとやってるぅー?」
「うわ、ふーねぇ」
「何よ、うわぁーって」
部屋の中に入り込んでくる。
で、辺りを見回し。
「うん、綺麗ね。偉い偉い」
「そもそもそんなに部屋の中は汚くないもん。多分てこずるのは押入れ」
「ほほぅ」
風華が押入れに近づいて。
扉を開ける。
その中には衣服の山が。
真は風華にこっぴどく注意されてしまった。
「んもぉ、洗濯するの大変なんだからねー!」
「ごめんなさい……。でもハンガーが足りなくて」
一応言い訳をしておく事に。
「ちゃんと畳んでおきなさいねー。あとでまた見に来るから」
「うへぇ」
***
亜貴は途方にくれていた。
確かに自分はプラモが好きだ。
完成しないうちに新しいのを買ってしまう事だってあった。
ただ、目の前のこの山はなんだろうか。
押入れの中に詰まれていたプラモを取り出してみる。
総数は数えたくない。
おそらく一年はプラモを買わなくて済むだろう。
「あっきーくん、ちゃんとやって……何これぇー!」
「風華さん、プラモ作ります?」
風華が首を横に振る。
もしも風華がプラモデルを作るのならばこの四分の一はもらっても良いのだが。
こればかりは風華も何も言えなかった。
「今度の冬休みにでも消化しようかな……」
「頑張ってね。あとちゃんとゴミは分けてね」
「はーい」
続いて和日の部屋に入る。
和日の部屋は小奇麗に整頓されており、特に問題は無いようだ。
「でも意外よね」
「何が?」
「和日ちゃんのお部屋、きれーだもん」
「そりゃどうも。ま、自分の部屋くらいは綺麗にしないとね」
「偉い! 頭撫でてあげる」
少しだけ恥ずかしい気分になるが悪くは無い。
風華は続いて杏里の部屋に入る。
ここもほとんど問題は無いが、小柄な杏里には少々高い所の掃除は難しいか。
「杏里ちゃん、大変だったら言ってね。手伝うから」
「……うん。でも良いの?」
「うん?」
「自分の部屋の掃除、しなくて」
「きちんとやるわよー。とりあえずどんな感じか見てるだけよ」
そういって部屋を出る。
まだまだ終了まで時間は掛かりそうだ。
***
涼子は一番汚い机の上の整頓から始めていた。
机の引き出しにまだ封を開けていないお菓子を入れ、教科書を整理していく。
昨日の話しだと、風華が自分のお菓子を食べたといっていた。
出しておく方が悪いのならば隠せば良いのだ。
お菓子のカスをゴミ箱に捨て、雑巾で拭いていく。
こうするだけでも見違えるほど綺麗になるものだ。
「どう、はかどってる?」
「風華さん。まぁ順調かしら」
「あら、そう? お菓子のカスはちゃんと捨ててね」
「分かってるわよ。ところで、ちょっと前から気になっていたことあるんだけど」
涼子が口を開いた。
「何で私って風華さんの事をさん付けで呼んでるのかしら。確か同い年よね?」
「そうよー。私18」
「私も18。何でかしら?」
「んー、分かんない」
そもそも初めて言葉を交わしたときからそうだった。
おそらくそれは今後も変わることは無いだろうし、変えることも無いだろう。
「急に呼び捨ても嫌だしねぇ……」
「いつものままで良いわよー。そんなに気にする事でもないと思うの」
「ですよねー」
なんだか本当にどうでも良いことで質問をしていた。
さて、涼子の部屋の点検も終わり、残すは沙耶とひなたの部屋。
沙耶の部屋を覗いてみる。
やはり性格が出ているのか、今まで見た部屋の中で一番整っている。
少々通販で買ったものが多いが、それでも無造作には置かれていない。
きちんと場所を決めておいてあるのだ。
ダンボールなどもその日のうちに倉庫に入れているようで、パッケージもこまめに捨ててあるのを何度も目撃した。
そんなに心配はするほどではないか。
さて、最後のひなたの部屋。
「入るわよー」
風華が入る。
ひなたは一生懸命必要なプリントとそうでないプリントを分けていた。
要らないものはゴミ箱に。
いる物はファイルに閉じている。
「あの、ごめんなさい、風華さん」
「いきなりどーしたの」
「本当はこういう大掃除とかって管理人の私が率先して行わなきゃいけないのに……」
本当ならばひなたが時間を見つけて、大掃除などを企画して年に数回行なわなければならない。
ただそれが今回は風華がyると行って実現した。
そのことにひなたは若干負い目を感じているのか。
風華はそんな事考えてもいなかった。
自分はただ掃除をしたいだけであって、ひなたがそう考えているとは頭の片隅にも無かったのだ。
「別に良いのよー。ひなちゃんは何時も頑張ってるし。それに私はここにおいてもらってる身だからねぇ。こういうことだってしなきゃ」
「風華さん……」
「ほら、あれよ。メイドさんみたいなものだしね」
何にせよ、こうして寮生たちが大掃除をして寮を綺麗にするのは良いことだ。
それには変わりない。
そして、年末にもう一回大掃除をしなければならないのだ。
そのときは、ひなたが指示を出せば良い。
「じゃ、私は自分の部屋の掃除しに行くから、頑張ってねー」
「あ、はい!」
風華が部屋を出て、自分の部屋の掃除に取り掛かったのは9時30分の事だった。
***
大掃除は結局午後の2時過ぎまでかかっていた。
亜貴のプラモの処理が意外と時間を消費していた。
結局の所半分は自分の所において、半分は寅美の親友に譲渡すると言う結果になった。
これで、大掃除は終了したわけなのだが。
今後はなるべく散らかさないようにと、念を押される真、涼子、亜貴の三人。
三人も流石に反省したのだろう。
次の日から、衣服などが散らかる事は少なくなっていた。
(第八十話 完)
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