第七十九話  ひなた、風邪を引く

 11月16日、月曜日。

 朝の心地良い光がキッチンを照らす。

 風華が鼻歌を交えながら寮のみんなの弁当を作っている。

「ウィンナー、ウィンナー、たーまーごー」

 トントントンとテンポ良くネギを刻み、溶き玉子の中にいれ、タマゴ焼きを作っていく。

 そしてその間にご飯をつめ、ふりかけをかけて行く。

 こうして何時も何時も彼女は弁当を作っているのだ。

 そのうち、タマゴ焼きが焼けたので一口味見。

 ふんわりと下味が口に広がる。

「んー……もう一個」

 そういってもう一つタマゴ焼きを食べる。

 装甲しているうちに時刻は6時40分。

 誰かが降りてきた。

「あや、ひなちゃん。おはよ」

「……おはよございます」

 妙に顔が赤い。

 そしてフラフラとしている。

 エプロンで手を拭き、ひなたに駆け寄る。

 まずはひなたを座らせてる。

「大丈夫? なんだか顔赤いけど……」

「はい……何だか頭がふわふわして」

「あら、風邪じゃないかなぁ。ちょっとごめんねー」

 ひなたの額に手を当てる。

 妙に熱い。

 額が熱く、頭がふわふわする。

 そして若干の咳。

 完全に風邪の症状のそれである。

 風華が体温計を持ってきて、ひなたに渡す。

 それを脇に挟んで体温を測る。

 11月と言う季節の変わり目。

 風邪を引きやすいのも10月からである。

 その上、部活の方で三年生が既に引退し、大変な時期。

 休むのも惜しいくらいだ。

「ちょっと待っててね、今着替え持ってくるから」

 汗をかいているのでこれ以上冷えないように着替えなければならない。

 机に突っ伏すひなた。

 暫くして新しいパジャマを持ってきた。

「じゃあ着替えようか」

「すいません、お手数をかけてしまって」

「いいのよぉー。お世話するの得意だし」

 脱いだパジャマを脱衣所に置き、ひなたを二階に連れて行く。

 とにかく今日は学校を休むしかない。

「あとでしんちゃんに部活の方でひなちゃんが休みって伝えるように言っておくから」

「……はい」

「それじゃ、何かあったら……そうねぇ、携帯で呼んでくれれば飛んでくるわよー」

 そう言って一階に降りる。

 静かな部屋に、静かに横になっている。

 すると、不思議と眠気が彼女の意識を包んでいく。

***

「え? ひなちゃん風邪引いたの?」

 7時15分。

 皆が降りてきて、風華が事のあらましを伝える。

 ひなたの事を心配する一方で、これ以上の感染を防いでいきたい寮の皆は。

「ま、帰ったら手洗いうがいね。風邪なんて引くもんじゃないし」

「しんちゃんもね?」

「分かってるって」

 朝食をつつく。

 それから各々の支度をして、登校する。

「それにしても大変よね、ひなちゃんが風邪なんて」

「涼子先輩も風邪怖いんですか」

 和日と杏里、亜貴に沙耶と涼子と真が話しをしている。

 人間誰でも風邪が怖いのは当たり前だ。

 こじらせて大事になったら、シャレにもならない。

 それに風邪を引く事で周りの人間に迷惑もかけてしまう。

 人間、健康なのが一番なのだ。

 しかしながら今年の冬は厳しい寒さになるという予想がちらほらと出始めている。

 寒ければ体の免疫機能が低下しがちなので、余計に風邪には注意しなければならない。

「それじゃ、今日も頑張りましょー」

 下駄箱で別れ、それぞれの教室に向かう。

 外を見ると日は出ているものの、風が吹いており、秋によく見られる気候だった。

 強風で葉っぱが飛び、チリが舞っている。

 そして廊下を歩く生徒の中にもちらほらとマスクをする生徒が見受けられる。

 こうしてみるとこの学校でも風邪が流行しつつあるのだろう。

 寮だけでなく、教室などで感染しないように気をつけておきたい所である。

「はよーっす……って、彼方!?」

 教室に入ると真っ先に目に入ったのは彼方の姿。

 顔には大きなマスクをしている。

「ぃよう、真……ゴホォ」

「おま、ちょ」

「風邪引いちまった……ゴフゥ」

「お大事に」

 机にカバンを置き、教室を見渡す。

 彼方以外にもマスクをしている生徒が三人。

 何ともタイミングよく風邪がはやりだしたものだ。

「風邪ねぇ……」

「はい、席についてー」

 真由が教室に入ってくる。

 いつもよりも早い時間だ。

「えー、はいはい、静かにー。周りを見てくださーい」

 周りを見る生徒たち。

 それを見て真由が続ける。

「マスクをしている人がいると思います。ちょっと今朝からマスクをして登校する生徒が各学年で見受けられます。そこで、保健委員は昼休みに保健室に体調管理シートを取りに行って下さい。それで、皆に配っておくように」

 保健委員が返事をする。

「あぁ、それからいいんちょ」

「はえ?」

 自分には来ないだろうと完全に油断していた真。

 妙な声を上げる。

「明日から皆の健康管理シートを集めて、保健委員に渡してください。体調管理のため」

「はぁ」

「はい、でしょ」

 ならばそれは保健委員がやったほうがいいのではないだろうか。

 と思ったが、心の中に留めておくことにした。

***

 昼休みのころのさくら寮。

 ひなたがうっすらと瞼を明けた。

 具合はまだ良くないものの、上半身を起こしてみる。

 しんとしている寮内。

 若干不安になる。

「……水」

 ゆっくりと一階に降りると、風華が何か料理をしていた。

「あらひなちゃん。寝て無くても大丈夫なの?」

「いえ、ちょっとお水を……」

「もうー、言ってくれれば持ってったのにー」

 氷を入れた水を一杯、用意してひなたに渡した。

 それを飲み干すひなた。

「ちょっと待っててね。今おかゆ作ってるから」

 椅子に座っておかゆを待つ。

 ひなたはそんな風華の背中をじっと見ていたとき。

 ふと、昔の事を思い出した。

 風邪を引いた時、こうして母親がおかゆを作ってくれた。

 薄塩の、食べやすいおかゆだったのを今でも覚えている。

 やっぱり、風邪なんて引くものではないのだ。

 辺りを見ると、洗濯物を干し、掃除機をかけ。

 家事をしながら風華はひなたのおかゆを作っていたのが見てわかる。

 大変だったろうに。

「はい、出来たー」

「……こほ、ありがとうございます」

「良いのよー。ほらお世話するの好きって言ったでしょー?」

 スプーンに一口分のおかゆを掬って、ひなたに食べさせる。

「おいし?」

「……ちょっとしょっぱくないですか?」

「あれー?」

 一口食べてみる。

 風華はしょっぱくは感じていないようだ。

 どうやら風邪のせいで味覚が変になっている様子。

「でも、風華さんらしい味ですね」

「そっかなー」

 照れて良いのか悪いのか妙に反応に困る。

「さ、食べたら寝なきゃダメだよ? あとでひえぴたもって行くから」

「あ、はい……」

 まだまだ調子が悪いようだ。

 この後半日じっくり休んだひなただが。

 結局の所3日間、風邪のため寝込んでしまったのであった。



(第七十八話 完)


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