第七十一話 パソコンがやってきた

 10月6日、火曜日。

 何時もどおりの一日が始まった。

 朝のHRが始まり、今日の予定を真由が告げる。

 真が関るような行事と言えば来週の水曜日に開催される競歩大会の知らせくらいだろうか。

 現在、体育の授業では競歩大会に向けての練習のような授業を行っている。

 授業時間50分のうち20分の持久走。

 以下に多く走ることが出来るかを記録する。

 もちろん、明らかに手を抜いている生徒は体育の点数が下がるのはいうまでもない。

 真が憂鬱なのと同じように、クラスの大半の生徒もどうやら憂鬱なようだ。

 好き好んで約25kmも走る生徒など、このクラスにはいないと言う事だ。

「それじゃ、今日のHRはここまで。授業に遅れないようにねー」

 一時間目から移動教室である化学。

 急いで移動しなければならないのだが。

「いいんちょ、ちょっと良いかな」

 真由に呼ばれ廊下に。

「何ですか」

「今って寮の方にお姉さんいるよね?」

「今の時間だったら……テレビ見ながらダラダラしてるんじゃないですか?」

「そか。それなら良かった」

「?」

 肝心なところは言わず、真由は足早に去る。

 一体何なのか、おおよそ見当もつかない。

「何してるんだ、真。早くしないと時間がなくなるぞ」

 時計を見ると既に授業開始の5分前。

 走り出す真に彼方。

 話の真相は、寮に帰るまで分からないままだった。

***

 昼休み。

 学食で昼ごはんを食べていた時だった。

 真の携帯がなった。

 食事中に携帯を弄るのはお世辞にもマナーが良いとはいえないが、風華からであったためメールを見ざるを得ない。

 かなり焦っていたのか、誤字だらけだった。

「なんて書いてあるかわかんね」

「電話しろよ」

 言われて電話をしてみる。

 風華が出る。

 こちらが何かを喋る前に慌てた様子で喋り始める。

「しんちゃん! 大変よ!」

「はぁ」

「パソコンが来たの!」

「ぱそ、こん?」

「何で変なところで区切るの!?」

 とにかく風華が言うにはさくら寮にパソコンが来たという。

 あまりにも突然すぎるが、本当らしい。

 今、接続作業が行われていると言う。

 些か急な話だが、おそらく朝のHRの後に真由が言いたかったのはこの事だろうと推測される。

 電話を切る。

「何だったの?」

「何か寮にパソコンが来たとか来ないとか」

「パソコンねぇ、良いよなー」

 彼方が言う。

 彼の家にはパソコンがない。

 両親曰くなくても死なない、とか。

 言っている事は間違っていないのだが、彼方の年齢の子供だと一種の憧れを抱くのは本当の話。

「通販し放題じゃないか」

「いや、しないし」

「そ、その手のサイトとか見ちゃいけないんだよ!?」

「有馬さんにそんなこと言われるとは思わなかった」

「はぅ……」

「まぁ、でもあったらあったで便利ですし、良いんじゃないんですの?」

 ただ問題があるとすれば。

 風華が常に寮にいると言う事か。

 学校側は何を思ってさくら寮にパソコンを置いたのかは分からない。

 おそらく、生徒の勉学の手助けになればと言う計らいだろう。

「ふーねぇは中毒者になりそうだしなぁ……。なにより」

「真っ先に壊しそう、ってか?」

「うん」

 あり得そうで怖い。

 パソコンを障った事のある人間が、果たして寮の中に何人いるか。

 幽霊さんは確実に触ったことがなさそうである。

 いや、逆にそういう人間のほうが飲み込みが早いか。

「とにかく早く帰りたいなぁ。楽しみだ」

「帰ってたらもう壊れてたりして」

 洒落にならない。

***

 さくら寮にパソコンが入ったと言う情報はどこからどう漏れたのかひなたたちにも届いていた。

 携帯を見せているのは和日で覗いているのはひなたと杏里。

 沙耶も涼子から連絡を受けて初めて知った。

「パソコン、ですか……。上手く使えるでしょうか」

「ひなちゃんなら大丈夫じゃない? 一応パソコンの授業の成績を普通なんだし」

「それは……」

 和日は続ける。

 意外と沙耶がパソコンを苦手としているらしい、と。

 そういえば、ひなたたちも沙耶が携帯を得意げに操作している様子を見たことがない。

 しかも機能は若干旧式のものを使っている。

 彼女曰く、カメラなんか要らないとか。

 もっともな意見なのだが、沙耶くらいの女子と言えば携帯のカメラでパチパチやっているものであるが。

「楽しみよね、パソコン。通販し放題じゃない」

「……多分、無理だと思う」

「何でよ、杏里」

「フィルターとか掛かってると思う……よ?」

 学校のパソコンは有害サイトなどを見せないように、フィルターが掛かっているものが多い。

 そのフィルターのおかげで所謂大人向けのサイトは見れないのだ。

 その他にも通販サイトなども制限されている場合がある。

 あまり、趣味私用には使えないのかもしれない。

「ま、もっぱら宿題用とかじゃない?」

「でもそうなると順番を決める必要がありますね……」

「ふーかせんせー、寮でお留守番の時使い込みそうだよ……?」

 話のネタは尽きない。

 結局、インターネットが制限されている以上はあまり使う必要があるとは考えられない。

 それでも、テレビ以外の娯楽用品がないさくら寮にとっては暇つぶしにはなりそうである。

***

 夕方、16:20。

 一番最初に帰ってきたのは涼子だった。

 急ぎ足でリビングに向かう。

 辺りを見回すと、あった。

 リビングの一角にそれはあった。

 スチールで作られたデスク。

 白い本体に大きめのモニター。

「おー、本当にパソコンだわ……」

「リょーこちゃんおかえりー」

「ただいま。それにしてもあっという間に設置終わったのね」

 風華が楽しそうにその状況を説明する。

 寮の外見などもほとんど変わっていない。

 有線LANをどうのこうのという話をしているがさっぱりである。

「さて、と」

「やってみる?」

「まぁね」

 スイッチを入れる。

 低い新堂と共にモニターに光が走る。

 暫く起動のためのデモ画面が映り、後に軽快な音楽と共にパソコンが起動する。

 ディプレイには必要最低限のフォルダしか表示されていない。

 本当に学習用といった様式か。

「インターネットは……出来るみたいね」

「動画サイトも見れるよ」

「ユー何とか?」

「多分」

 早速見てみる。

 確かに何の問題もなく見ることが出来る。

 フィルターが掛かっていると思ったのだが、そうでもないらしい。

 色々なアニメを見て、バラエティー番組を見て。

「うん、パソコンは面白いわ、やっぱり」

「でしょー。今度ねぇ、ブログやってみようと思うの」

「へぇー」

 などと話しながらネットサーフィンをしていく。

 まぁ最新型ということで扱いやすいパソコンである。

 動作も軽いし、読み込みも速い。

 学習用にするにはもったいない。

 残念なことと言えば、ゲーム関連が一つも入っていない事だろうか。

 ピンボールなどのソフトすら入っていないと言う。

 インターネットにフィルターが掛かっていない代わりということだろう。

「風華さん」

「なにー?」

「壊さないでね?」

「ぶー」

 どうやら本当に信頼されていないようである。

***

 皆が揃ったのは18時過ぎのこと。

 夕飯の時も、それ以外のときもパソコンの話で持ちきりだった。

「さて、ちょっと弄ってみるかな」

「まずはおねーちゃんが」

「えー」

 風華が椅子に座る。

 そしてインターネットエクスプローラーを開き。

 検索画面に文字を打ち込む。

「つかはらふうかー」

「ちょっと待て」

「何よぉー」

 真が止める。

 別段おかしなところはなかったのだが。

 風華が怪訝そうな顔で真を見る。

 真が風華の入力した文字を消す。

「ちょっともう一回打ってみて?」

「つかはらふうかー」

「早ッ!」

 ものの数秒で打ち終わる。

 真が覚えている限り、風華がパソコンに触った期間はなかったはずだが。

 まさかたかが今日の3時間ほどでこれほどのタッチを会得できるのだろうか。

「も、もうちょっと長い文章打ってみて?」

「えー、何でー?」

「いーからいーから」

 風華がカタカタと文字を打っていく。

 その早さと言ったら見とれてしまうほど。

「すげぇ、意外な特技……」

「何か失礼だよ?」

「あの、風華さん、ちょっと借りても良いですか? 宿題で調べ物が……」

「ひなたちゃん。良いよー」

 イスを譲る。

 ひなたが検索を始める。

 何だか難しそうな文字列の並んだページが表示される。

 見ているだけで頭が痛くなる。

 その後も、和日、杏里、涼子、亜貴とパソコンの使用が続いたのだが。

「沙耶先輩はしないんですか、パソコン」

「ええ。私はどうも苦手なのよね、あの手の箱って」

 箱。

 そういって一緒に頷いているのは幽霊さん。

「私もあの箱の中身が気になりますけど」

「みてみりゃ良いじゃない。どうせ透き通ってるんだから」

「……呪ってやるー!」

「キャーッ!」

***

 10月8日、木曜日。

 この日、ひなたはちょっと早めに部活を止めて、帰っていた。

 宿題でミスがあり、その訂正を指示されたのだ。

 昨日の宿題である。

 パソコンで調べれば簡単に見つかるのだが、矛盾している点などがあるので辻褄を合わせなければならない。

 論文とは面倒くさいのである。

「これから帰って、論文やって……ご飯食べてお風呂入って……」

 やることは一杯であるが。

 その時だ。

 後ろから誰かが走ってくる足音。

 近所の小さい子だろうと思っていたが。

「ままー」

 抱きつかれた。

「は……」

 ひなたの口から声が漏れる。

「ままー! ままー!」

「え、あの……困ります、あの……」

 ひなたは困惑していた。

 見た目は4歳から5歳くらいの女の子供。

 もちろん、身に覚えなどない。

(どうしよう、この状況……)

 
(第七十一話   完)


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