第四十六話 ゆーれいぱにっく

 さて、皆さんはこんな体験したことは無いだろうか。

 部屋には自分しかいない。

 そんな夏の夜。

 部屋はひんやりと涼しい夜風が迷い込んでくる。

 そんな部屋で一人、時間を過ごしていた。

 するとどうだろう。

 カタン、と音がする。

 肩を震わせるが、見ると本棚に飾ってあった小物が落ちていた。

 それを拾おうとした時、ふいに体が凍る。

 何かがいる。

 五感では読み取れない、何かが。

 部屋の中にいる。

 勇気を出して振り返る。

 そこには。

「何と、首の無い幽霊が立っていた!」

「うはああああっ!?」

「ひぅ!」

 さくら寮のリビングで、皆集まってテレビを見ていた。

 夏になると必ずどの局でもやっている、心霊特集だった。

 テレビのブラウン管の中では、心霊現象の専門家が語っている。

 先ほど声を出したのは、真だった。

 隣にいた風華も小さな悲鳴を上げる。

「はぁー、まぁよく出来たオカルトよね」

「オカルトって、流石、涼子先輩よね!」

 どの流石はどこにかかっているのか分からないが。

「つーか、何で俺たちが集まってこんな番組見なきゃならんのですか」

「良いじゃない。どーせ、あっきー部屋にこもってプラモでしょ?」

「う」

「たまには、ね」

「でも」

 杏里が言う。

 その視線の先にはひなた。

 沙耶が肩をゆする。

「ひなちゃん……」

「駄目だわ、気絶してる」

「は、え!? 目を開けたまま……?」

 彼女ほど、怖いものに敏感な人間はいない。

 真はそう考えた。

 ふと、真は尿意をもたらした。

 立ち上がり、トイレに行くと伝える。

 足早にリビングを出た。

「そういえば今日何日だっけ?」

 涼子が問う。

 今日は7月19日日曜日。

 実は先週の金曜日から期末テストが始まっていた。

 それは今週の水曜日まで続く。

「19日だけど?」

「あら、そう……。もうそんな日なのね」

「……? 何?」

***

 真はトイレに向かう通路の中で考え事をしていた。

 実は豚汁喫茶―学園祭が終わった次の日の月曜日から、七海の様子がおかしかったのだ。

 彼方がなにをいっても上の空で、いつもの高飛車な性格が嘘のように静かで。

 まるで人が変わったようだった。

「学園祭の一日目からだよなぁ……女子に聞いたら」

 急に人の性格が変わるほど不安なものは無い。

 真と彼方は近くの女子に聞いた。

 話を聞いていくうちに、彼方も思い当たる節があったといい始めた。

 校門の前に止まっていた黒いリムジン。

 それを見てから七海の様子がおかしくなったのだ。

 さくら寮の豚汁喫茶に誘っても、「遠慮しておきますわ」の一点張り。

 本当にどうしたのか。

「……ま、変な物を食べたってわけでもないか」

 トイレのドアを開ける。

 目の前の窓が少し開いており、涼しい風がトイレの中に入ってくる。

「ふぃー……」

 水を流して、手を洗う。

 そんな時、目の中にあるものが飛び込んできた。

 それはトイレに飾ってあるカレンダーだった。

 7月と言うことで、爽やかな海の写真のカレンダー。

 その19日、つまりは今日のところに赤ペンで印がしてある。

 それをまじまじと見る真。

 海の日は、違う。

 誰かの誕生日か?

 いや、さくら寮のメンバーの中で今日が誕生日の人間はいないはず。

「あ、俺の誕生日、いつの間にか過ぎてた。もう5日も過ぎてら……」

 忙しすぎて忘れていた。

「じゃあ、何だろう……。誰かの、命日とか?」

 不意に、何かが動いたが。

 真は気づいていない。

「いや、まさかねぇ。無い無い、うん、それは無い」

 濡れたままの手をタオルで拭き、トイレを出た。

 天井の蛍光灯が、チカチカと点滅した。

 リビングに戻ると、もはや飽きたのか皆ダラダラとしていた。

「飽きたんすか、もう」

「だってワンパターンだし」

「そっすか……」
 
 とたんにやることが無くなった。

 見るともう9時になる。

 部屋に戻って、テスト勉強でもしよう。

 どうせ明日は1教科。

 そんな感じで、さくら寮の日曜日は更けていった。

***

 皆が寝静まった、7月20日午前2時。

 真がむくりと起きた。

「……トイレ」

 またトイレか。

 どうにも寝付けないでいた。

 別に勉強前に見ていたあの心霊番組が怖かったと言うわけでもない。

 暑い故に、水をがぶ飲みしたツケガ回ってきたのだ。

 寝る前にちゃんとトイレに行ったはずなのに。

 そんなことを小声で言いながら、一階に降りる。

「……ん?」

 目の前を何かが通った。

 足音はしていない。

 瞬間的に真の目が覚めた。

「……おいおい、嘘だろ……」

 階段を降り、その何かが通り過ぎた後を見る。

 廊下の向こうには誰もいない。

 ただ暗い空間が広がっていた。

「……疲れてるのかな」

 それはそうとトイレに。

「ふぃー……」

 水を流す。

 手を洗い、タオルで拭く。

 ドアを開けたときだった。

 背中に違和感を感じた。

「……かゆ」

 ポリポリと背中をかく。

 蚊にでも刺されたのだろう。

 するとどうだろう。

 眠気が増していった。

「ふぁーあ……あひゅぅ。寝るか……」

 しかし、次の日。

 自分が大変な目にあうとは。

 眠気に襲われている真はこのとき何も知らなかった。

***

 7月20日、月曜日。

 今日のテストは午後から。

 まだ勉強が出来る。

「んー……眠い」

 服を着替えて、一階に降りた。

 リビングにいたのは風華とひなた、和日に杏里、それに涼子だった。

「沙耶先輩と、亜貴先輩は?」

「んー? 朝からテストだからって言ってもう学校行ったわよー」

「ふーん……」

 眠そうにしている真。

 そんな真を見て、涼子が声をかけた。

「ねぇ、塚原くん。つかれてる」

「ええ、ちょっと学園祭の時のつかれが今になってきたようで。一週間もしてつかれが来るなんて……」

「いや、つかれてるって」

「だから、つかれたって言ってるでしょう。まったく」

「しんちゃーん、後ろ後ろー!」

 どこの志村か。

 振り返る。

 わずか50センチほど先に、顔があった。

 ほんのりと透き通っている。

「……」

 下を見る。

 地面からかなり浮いている。

「あ、どうも」

 少女が言う。

「うわああああああああああああああああああっ!? 浮いてるーッ!?」

「だから言ったじゃない、憑かれてるって」

「そっちの憑かれてるッスかーっ!?」

「あの、害はありませんから」

 そんな少女の言うことは無視して、ガタガタブルブルと震える真。

 風華も奈まで幽霊を見たのは初めてらしく、興味があると同時に不安な目をしていた。

 和日は言うことなく、目を輝かせている。

 杏里も、どちらかと言えば楽しんでいる。

 ひなたは。

「あ、気絶してる」

「またー?」

 なるべくこの場にとどまらせないようにしよう。

 杏里と和日が部屋に運ぶ。

 とりあえず落ち着いて椅子に座る真。
 
 向かいには風華と涼子。

 そして背後には、幽霊の少女。

「どうしよう……。こんなんじゃ気になって勉強できねぇ」

「大丈夫、しんちゃん」

「今のところ害は無いようだけど……」

「私は無害ですよ、大丈夫ですよ」

 幽霊である彼女に言われる。

 本人に言われるのなら、多少は安心できるが。

 それでも心配のほうが大きいのはいうまでもない。

「それにしても、ずいぶんと久しぶりじゃない」

「あ、どーも」

 涼子と幽霊の彼女が挨拶をする。

 どうやら知り合いのようだ。

「ちょ、知ってたんですか!?」

「もちろん。だって私がこの寮に入った2年前にも、ねぇ?」

 2年前。

 涼子高校一年生の7月19日だった。

 トイレに向かった涼子は鏡に映った彼女を見てしまったのだ。

 何だか悲しそうな顔をしていたので、部屋に連れ込んで話を聞いていた。

 いろいろと話を聞いて、彼女についての情報を整理した。

 とは、言ったものの。

 彼女は何も覚えていなかった。

 多分死んだ時のショックで、記憶が吹き飛んだのだろう。

 自分がなんていう名前なのか。

 何年の何月何日生まれなのか。

 そして、どうして死んだのか。

「なるほど……そういう事だったんですか」

「でも、去年は出てこなかったのね?」

「はい。急に人が増えて驚いて……」

 なるほど、彼女は少々恥ずかしがり屋のようだ。

 涼子が一年の時、この寮に入ってきたのは涼子と2人の生徒だった。

 2人の生徒はある事情でこの寮を去ることになった。

 で、次の年になると一気にひなた、沙耶、杏里、和日、亜貴と5人も増えた。

 そして今年は真一人。

「ねぇねぇ、何でトイレにいたの?」

「……だって、あのトイレ……薄暗くてじめじめしていて」

「は、はは……」

 トイレによく幽霊が出るというのは、迷信ではなかったようだ。

 杏里と和日が戻ってきた。

 真が今までの話をする。

 意外とすんなりと二人は話を聞いていた。

「まぁ、害がないなら嫌悪する必要も無いしね」

「……よろしくね」

 触ることが出来ないのに、握手を求める杏里。

「で、これからどうするの?」

「誰かにとり憑くことが出来れば……」

 急に怖いことを言う。

 とはいえ、呪い殺すとかそういうことではないらしい。

 彼女が言うには、とり憑くことが出来なければ長時間この世にいることは出来ないらしい。

 とり憑いて、とり憑いた人間から支障が無いように生気を吸い取らないとならない。

「ちなみに、この寮の皆にしか見えないとか……」

「それはどうでしょう。外に出てみないと何とも……」

「でしょうね。ずっとトイレの中にいたんだし」

「そもそもこの子って寮の子なの?」

 疑問は尽きることが無かった。

「で、どうなのよ」

 涼子が真に言う。

 皆の視線も真に集まっている。

 訳がわからなかった。

「……とり憑いても、良いですか?」

「いや、その……」

 周囲の人間に見えなければよいのだが。

 もし見えるとなると。

 どんな目で見られるのだろう。

「でも、その……」

「男ならしゃきっと「良いよ」って言いなさいよ!」

「そんな! 無茶を言わないでくださいよ、和日先輩!」

 もはや脅迫である。

 もちろん真としても、このまま彼女を放っておくつもりも無い。

 悩んだ結果、やはりとり憑かせるしか方法は無いようだ。

「ありがとうございます。それでは」

「いたぁ!」

 背中に痛みを感じた。

「ちなみに他の人にとり憑くこともできますけど……痛いですよ? 魂抜けちゃうかも」

「ちょ」

***

 さて午後となった。

 今日のテストは国語だが。

 真はまず寄る場所があった。

 それは職員室。

「通る人通る人俺の肩見てる……。やっぱ見えてるんだよ」

「そうですか」

「ドライだなぁ……。失礼しまーす」

 真由を見つける。

 真由も真を見るや否や、肩の所にいる彼女に視線を合わせる。

「いや、そんな白い目で見られても」

「よかったわねーかわいいこで」

 何故か棒読み。

 真は一通りの事情を話した。

 真由も昔涼子から話を聞いていたので、驚いてはいないようだ。

「分かった分かった。クラスの皆も、そのうち慣れるでしょ」

 こういうところが真由が好かれる理由か。

「ま、とにかく教室に行って慣らしておけば?」

「そうですね。じゃ、失礼しました」

 職員室を出ると、やはり視線が気になる。

 もの凄く見られている。

 不思議そうな視線から、明らかに怖がっている視線。

 それは様々だった。

「おはよー」

 教室のドアを開け、皆が振り向く。

 そして固まる。

「し、真……? 肩に何か憑いてる……ヨ?」

「ああ……」

 事情を話す。

 彼女が何も覚えていないことも。

「だからさ、あまりきゃあきゃあ色々と昔のこと聞くのは無しね」

「はーい」

 物分りの良い人たちばかりで助かった。

***

 テストが始まったのは、午後の1時からだった。

 問題用紙と解答用紙が配られ、名前を記入する。

 真にとり憑いていた彼女はとりあえず廊下で待つことに。

 担当教員曰く「カンニングに間違えられたらどうする」とのこと。

 真がそう言うことをしないと分かっているが、念のためである。

 で、肝心のテストのほうだが。

 やはり一夜漬けではすらすらと解けるはずがなく。

 あっという間に50分が過ぎていた。

 後ろから解答用紙を回収し、帰り支度をする。

 するとだ。

 真由が教室に入ってきた。

 同時に、幽霊の彼女も。

「はい、席についてー。ちょっと話すことがあるからねー」

 幽霊の彼女が真の横に。

 どうやら彼女についてでは無いらしい。

「えー、先生もね突然のことで驚いてますが」

 少しだけざわめきが起こる。

「今学期を持って、鈴原さんがこの学校を去ることになりました」

 教室のざわめきが、驚きへと変わった。

 それは、実に突然のことだった。


(第四十六話  完)


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