第二十四話  転校生と下僕

 6月3日、月曜日。

 ついに梅雨入りの時期となった。

 今日も朝から曇っており、何だかだるい気分に。

「おっす、真」

「おお、彼方か……」

 そのテンションの低さに眉間にしわを寄せる彼方。

 教室に入る都心は真っ先に机に突っ伏した。

「だーるーいー、ねーむーいー」

 ぐてぐてとしている真だが。

 教室に備えられていた連絡用の電話が鳴り響いた。

 本来なら委員長である彼が出なければならない。

 が、完全に出遅れていた。
 
 他の生徒が電話に出る。

「いいんちょ、電話」

「誰から?」

「真由ちゃんせんせ」

「はい、もしもし」

 即座に電話に出る。

 怒らせると後が怖いから。

 暫くして電話を切った。

「何だったの?」

「職員室に召集が……」

「ふふ、ご愁傷さま」

 笑われた。

***

 突然の告白と言うものはいつになっても飲み込めないもので。

 真もその状況に陥っていた。

 真由に呼ばれ、用件を聞いていた。

「実は、今日転校生が来る事になっていてね」

「へぇ、そりゃまたこんな時期にですか」

 まあ向こうにも向こうの事情があるのだ。

 いつ来ようと構わないのだが。

「で、案内とか任せるから」

「……まあ良いですけど」

「よろしく」

 まさか、ただそれだけ?

 職員室を出た。

 一体どんな転校生が来るのだろうか。

 ちょっとだけ楽しみだった。

 その日の朝のHR。

 どこからかぎつけたのか、教室は転校生の話で一杯となっていた。

 男か女か。

 カッコいいのか可愛いのか。

 そんなことで持ちきり。

 真由が教室に姿を現わした。

 その後ろに転校生と思われる「女子」が。

 男子の歓声、女子のため息。

 綺麗な金色のウェーブのかかった髪。

 そして端正な顔立ちで微笑む。

「……かぁいいなぁ〜」

 彼方はこんな調子だったが。

 彼らは知らない。

 彼女が、とてつもない女だということを。

「それじゃ、自己紹介を」

「ええ。初めまして、鈴原 七海と申します。よろしくお願いいたしますわ」

 沸きあがる男子生徒たち。

 七海が歩き出しただけで声を上げる。

 どれだけ騒がしいのかと。

 その後の授業でも、彼女は大活躍だった。

 何せ答えるレベルが違いすぎる。

 全ての問題に即答していた。

 地理においても完璧だった。

 真は心底羨ましいと思った。

 音楽、化学、物理など。

 その他の授業でも彼女は別格だった。

 昼休み、どうやら七海は真由から真に案内してもらえといわれていたらしく。

「貴方がこのクラスの委員長かしら?」

 ちょうど彼方と遥と佐野と学食へ向かおうとしていた時の事だった。

「この学校について私、よく知らないのよ。案内、してくれるかしら?」

「別に、構わないけど……」

「俺もついてってやるよ。真だけじゃ頼りないからなぁ」

「何だと、彼方……」

「気にしないほうがいいですよ。あの二人、いつもあんな感じだから」

「だな」

 佐野と遥が言う。

 ただただ七海は真と彼方を見ていた。

***

「で、ここが学食……。以上だな。他に知りたい事は」

「ありませんわ」

「あ、そう」

 気が付けばもう12:50分。

 1時から授業である。

 昼ごはんを食べ損ねた。

「ごめんな、3人とも。俺に付き合ってもらって」

「ああ、全くだ! お前のせいで昼飯」

「私は大丈夫だから、気にしないでね」

「ま、委員長の仕事じゃ仕方ないだろう」

「有馬さん……佐野……」

 ちょっとだけ感動してしまった。

「おう、木藤。ちょうど良かった」

「先輩? 何スか?」

 彼方が先輩に呼ばれる。

 ごにょごにょと話している。

「じゃあ、そう言うことだから」

「分かりました」

「何だったんだ?」

「今日の部活、中止なんだとさ。グラウンドの状況が思っていたよりも悪いからって」

 彼方の所属するサッカー部。

 活動において一番大切なのはグラウンドの状況。

 その状況が悪ければ部活が出来ないのだ。

 久しぶりに早く帰れると生き立つ彼方だが。

「決めましたわ」

 七海が口を開いた。

 今の今まで何かを考えていたようだが。

「そこの二人」

 そういって真と彼方を指差した。

「私の下僕になりなさいな」

「……」

「……は?」

「何かご不満でも?」

 この笑顔には逆らえない。

 何ゆえ下僕?

 そして、俺は?

 そう考えたのは佐野。

 佐野 瑞希。

 何かにつけて無視されがちな男である。

***

 見事七海の下僕となった二人。

「喉が渇いたわ。下僕一号、何か飲み物買ってきてちょうだいな」

「何で俺が……」

「ちゃんとお金は出すわ。はい、これ」

 七海が出したのは100円。

 まあ100円で買えない事はない。

 ただ、ヤクルトとかパックに入った飲み物くらいしか買えない。

「何でも良いんだな?」

「ミルクティーが飲みたいの」

「……足りねぇ」

 20円足りない。

「あの……」

 おずおずと遥が口を開いた。

「何か?」

「同じクラスの友達なんだから下僕って言う呼び方はどうかとー……」

「あら、なんと呼ぼうと私の勝手だと思いますわよ?」

「うう……」

 勝てそうにも無い。

 今のところ下僕2号の彼方には何の被害も無いのだが。

 何とも強烈な人間が転校してきたな。

 そこにいた人間はみなそう思っていた。

***

 放課後。

 七海は病院へ向かう事に。

 彼女には妹がいる。

 今は病院に入院している。

 名前はさやか。

 七海は確かに真達のことを下僕などといい、回りから見れば「何だよアイツ」みたいな目で見られるかもしれない。

 しかしながら彼女は妹の事を溺愛していた。

 今日は病院にカステラをもって行くつもりだった。

 スーパーマルハチでカステラを購入。

「さて、あまり待たせても悪いですわ」

 カステラを袋に入れ、マルハチを出ようとした。

 ふと、肩に何かがぶつかった。

 その拍子にカステラが落ち、さらに踏まれた。

 七海はそれを見た。

 男3人がそこにはいた。

 蒼橋学園の校章をつけている。

 色は黄色。

 3年生だ。

「おいおい、気をつけろよ」

 開口一番、七海の気を逆なでする発言。

「こいつ、よく見たらうちの生徒じゃね?」

「マジだ。なあなあ、君可愛いけどさ。どこ行くの?」

「貴方方には関係ありませんことよ?」

 さらりと言いのける。

 それよりも。

「その足を離しなさい」

「ああ?」

 男が見る。

 自分の足がこのスーパーの袋を踏んでいた。

 中からカステラがはみ出している。 

 にやりと笑うと、それをさらに踏みつけた。

「! 何を!」

「こんな物、俺たちと付き合えばいくらでも買ってやるよ。だからさぁ」

 男の手が七海の肩に触れる。

 睨みつけ、手を払い。

 男の頬に力の限りの平手打ち。

「汚らわしい手で触れないでくださいな!」

 騒然となった。

 そんなスーパーマルハチに一人の男が入店した。

 男の名は木藤彼方。

 彼はジャンプを立ち読みするためにこのスーパーに寄ったのだ。

「ジャンプジャンプ〜」

 と、人だかりに目が向う。

 人間誰しも野次馬精神と言うものが存在する。

 人の壁を掻き分けて最前列へ。

「…………あぁっ!?」

「まあ」

 思わず声を上げたため、七海も彼方に気が付いた。

 七海の手を引き、その場から少しだけ離れた。

「何してんだよ、こんな所で」

「ちょうど良かったですわ」

「は?」

 彼方を前面に押し出す。

 3人に囲まれる彼方。

「この方がお相手をいたしますわ」

「ちょ……待てって!」

 周りから歓声が上がる。
 
 今の彼方はさしずめ姫を守るために現れた騎士と言ったところだ。

「さあ」

 その眩しいまでの笑顔に押し出される彼方。

 しょうがない。

 ここまで押し出されたら引き下がれない。

「あまり自信は無いけど……」

 引き下がれない。

 彼方は拳を握った。

***

 店での騒動から1時間が経過した。

 彼方は七海の家にいた。

 あのあとボコボコにされた彼方を、七海が運んだのだ。

「っつ……」

「気が付きました?」

「まさか本気でボコボコにされるとは思わなんだ……」

 半身起こした彼方の顔は青アザだらけ。

 見ているだけでも痛々しくなってくる。

「大丈夫ですの?」

「まあ、タフネスだから」

 そういって笑ってみせる。

 昔から打たれ強いことが自慢だったが。

 今回だけはちょっと違った。

「………」

「何だよ」

「その、ありがとう……ですわ」

 口を開けたまま固まる彼方。

「そんなに口を開いたままにしてますと、余計だらしの無い顔になりますわよ?」

「余計な……お世話だ」

 七海は紅茶を用意し、彼方に差し出した。

 まさか久しぶりのフリーの放課後がこんな事になるとは。

 紅茶を口に含む。

 甘い香りが口いっぱいに広がっていく。

「その、聞いてもいいか?」

「プライベートに関すること以外ならお答えいたしますわ」

「何で蒼橋市に? こんだけ広い家だ。相当の金持ちなんだろ?」

 七海の家はかなりの広さを誇っている。

 彼女の家は確かに金持ちだった。

「私には妹がいますの。妹は重い病にかかりまして、治療が必要でしたの」

「治療?」

「ええ。 妹の病を治すには大きい病院が必要ですの。そして……私は妹を大事に思っておりますの。なるべく大きくて学校に近い病院を探していた所、この蒼橋市が検索に引っかかりましたの」

「なるほどね……」

 彼女の高飛車なキャラから考えられない事情がそこにはあった。

 彼方もつい、しんみりとしてしまう。

 枕を抱き、顔をうずめる七海。

「まあ、俺は真の様に器用な事は言えねぇけどさ。信じてやれよ?」

「………」

 今度は七海が口を開けたまま固まった。

***

 次の日の朝。

 彼方は昨日殴られた箇所を擦りながら、教室に入ってきた。

「おい、彼方……。お前、どうしたんだよ?」

「大丈夫? 木藤君……」

「うわ、痛そう」

「あー……、まあ痛いけどさ、大丈夫だって。タフネス、タフネス」

 席につく彼方。

 どこか大人しい彼に不気味さと同時に心配を覚えた。

 教科書を机の中に入れ、なおも怪我をした箇所を擦る。

 顔のかなりの箇所に怪我をしている。

 教室の後ろのドアが開き、七海が入ってきた。

「おはよう、七海ちゃん」

「あら、おはようございますわ」

 と、七海が彼方に気づいた。

 彼方も七海に気付いた。

 微妙な空気が流れ始める。

「お……おはよう、七海」

「おはようございますわ、彼方様」

「様?」

 昨日は下僕といわれていたのに。

 この二人に何があったのか。

 真と遥、瑞希には分からない事だった。


(第二十四話  完)


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