第八話 クルーエル
ガウルからの作戦内容は、大まかに言うとこのようなことだった。
6月29日、サンタレン基地へ補充部隊が空輸で到着する。
その規模は不明だ が、これ以上敵戦力が充実してしまうのを避けるために補充部隊を迎撃、破壊す
るということ。
「詳しい作戦説明は、直前のブリーフィングでします。」
そう言って、ガウルは部屋から出ていった。
それとほぼ同時に、それまでギャ ラリーとしていた人達も、何かの準備なのだろうか、次々と部屋から出て行く。
ソウも何かしようかと思い、とりあえず、またアルカナのある格納庫へ戻るこ
とにした。
格納庫へ行く途中、
「ソウ!」
アルナの声が後から聞こえた。
その姿を見、ソウは驚く。
「ん…?どうしたの、その格好…?」
アルナの服装が、さっきとはかなり変わっていた。
平たく言えば、さっきのMS パイロット達の格好とほとんど同じなのだ。
ソウが着ているのと同じデザインの半袖シャツの上に厚手で頑丈そうなベスト
。
そして野戦服のようなズボン。そのズボンはデュミナのそれと同じもののよう
だった。
「何って、私もレジスタンスの一員になったんだから、みんなみたいな服着るの
は当然でしょう?」
「だってそれ、戦闘用の服じゃないか。」
「戦場にでるんだから、当たり前じゃない。」
「…いや、アルナはMSに乗れないだろ。」
「別にMSだけじゃないわよ。ジープで援護したりするし。」
「…危ないじゃないか。」 「そんなのあんただって同じじゃない。」
「…人を殺すんだよ?」
「だから、それもあんたと同じよ。」
……。
一瞬、返答がつかえる。
「…それは…そうだけど…。」
既に人を殺したことを指摘され、ソウは言い返せなかった。
言葉につまり、下 を向く。
(そうだ、俺は人を殺したんだ…。)
忘れかけていた自分の罪の意識が甦る。
元々、ソウは真面目で誠実さを尊重する人間である。
だから、例えば殺人のよ うな大罪(少なくともソウは殺人を大罪だと思っていた)を犯そうものなら自身の性格が自分を許すことは出来ない。
「…つらいよね…。」
ポツリとアルナは言った。
声に反応し、ソウはうなだれていた頭を少し持ち上 げる。
「つらいよね。ソウって真面目だし、優しい子だから…。殺しちゃったこと気に
してるんでしょう? 大丈夫よ。ソウだけにつらい思いはさせないから…。そりゃ私はソウみたいに
MSに乗ったりはできないけど、それでも、私もソウを守るんだからね。」 ソウの曇った顔を優しく見つめ、アルナは言った。
「だからね、私も危なくたって、怖くたって、ソウと一緒に戦うの。それにソウが人を殺しちゃったのだって、私達が生き残るためじゃない。ソウ
は悪くないわよ。 だからさ、ほら、元気だして!」
と言って、アルナはソウの肩を元気付けるようにバシッ!と叩いた。
アルナの励ましを聞きながら、ソウは思った。
(アルナだって戦うのは怖いハズなのに…、あえてその道を選ぶのか…。強いな
。 俺も強くならないとな…。怖がっていては駄目か。でないとアルナも俺自身も
護れない…!)
ソウも何か吹っ切れた。自分が戦う理由を見つけられた。
「わかった。アルナがそこまで言うなら、俺ももう何も言わないよ。でもあまり無茶はするなよ。危なくなったら俺に任せてくれ。俺もアルナも死
なないって約束、ちゃんと守りたいから。」
「うん、大丈夫。当てにしてるわよ。」
幼馴染みが元気を取り戻したことを察知し、アルナは安堵の表情を浮かべた。
「じゃあ俺、アルカナの整備してくるよ。」
そう言ってソウは(駄洒落では無い…)格納庫へ行った。
アルナはソウの後姿 を見つめながら、しかし、彼女の顔にはわずかにだが憎悪の色が見え始め、一言
ボソッと呟いた。
「…そうよ、ソウは悪くない…。パパとママを殺した地球軍を殺すなんて…。」
格納庫
「次の作戦が決まったわよ。」
デュミナは右肩に白ペンキで大きく『借金地獄』と書かれたボイスのその肩に
寝そべっているドマンに声をかけた。
…心なしかドマンの顔には生気が感じられない。
「いつッスか?」
ドマンは寝そべらしていた体を起こし、デュミナの話を聞こうとした。
「明々後日。地球軍に補給部隊が来るからそいつらを叩くんだって。」
「そうッスか…。」
また横になる。
「じゃ、あたしは先戻ってるから。」
デュミナが格納庫の出入り口まで進もうと体を後に向けた時だった。
「…出撃は、明々後日なんスよね?」
「そうよ。」
「じゃあ、デュミ姐さんは明日当たりに一旦エレンちゃんのお見舞に帰るんスか
?」
「…ええ、そのつもりよ。明日戻ってみるつもり。」
今から半年前のことだった。
デュミナには、エレンという9つ違いの妹がいる。
エレンが14の時だ。
その頃はまだ地球軍の兵が我が物顔でマナオスの街を歩 いていた時だ。
友達の所へ遊びに行くと言ったっきり、夜になってもエレンが帰ってこない。
その友達の家にも電話して見たが、どうやら夕方ごろには帰ったということだ
。
どこかで道草を食っているにしても、エレンにしては遅すぎる時間だ。
すぐにヴァル家からその友達の家一帯を調べて見たが、エレンは見つからない
。
しだいに焦っていく中、デュミナはある、恐ろしい噂を聞いたことがあるのを
思い出した。
地球軍の中に「スナッフ・ムービー」を作っている人がいる、ということ。
「スナッフ・ムービー」、訳すなら『殺人映画』といったところだろうか。
さら ってきたり、人身売買等で手に入れた子供達を殺害するところをとった映像だ。
その凄惨さは、その手のものに免疫の無い人間なら、見れば吐いてしまうほど。
未成年の子供に薬を与え、抵抗しなくなったところを凌辱する。
辱めの限りを 尽くしたら、今度は拷問にかける。
ある子供は両腕を切断され、ある子供は骨を折られ、ある子供は爪を剥され。
そして弱ったところ最後にを殺害する。
チェーンソーで斬られたり、バイクで轢かれたり、ロープで首を絞められたり
…。
まさかとは思うが、もしエレンがそんな目に遭っていたら……。
街からも基地からも大分離れているにも関わらず、妙に地球軍の制服を着た男
が頻繁に出入りするという廃倉庫があった。
デュミナや一緒に探しに来てくれた仲間達とそこへ行ってみると―…、そこに
確かにエレンはいた。
完全に裸で両足が無く、左手の爪は全て剥され、体はまる でぼろぼろの雑巾だったが。
倉庫の中は惨劇を目の当たりにた者の悲鳴、怒声、地球軍兵の驚嘆の叫びが騒
動を呼び、騒然としている隙に地球軍兵は逃げてしまった。
残されたのは、うわ言で命乞いをし続ける、既に虫の息のエレンだけだった…。
デュミナはすぐにエレンの元へ駆けていった。
「エレン!エレン!しっかりして!」
デュミナはエレンのぐちゃぐちゃに汚れた頭を抱きかかえ、顔の汚れをハンカ
チで拭き取った。
「…お…ねえ…ちゃん……?」
「そうよ、あたしよ!あんたのお姉ちゃんよ!」
「…ご…めんな…さ…ご…んな……さ………うっ…」
「…! エレン!しっかりして!エレン!」
すぐにエレンは病院へと運ばれた。
意識を失い、彼女は5日間、生死の境をさ まよった。
結局、一命はとりとめたものの、昏睡状態に陥り、それからずっと目を覚まさ
なかった。
命を保てたこと自体が奇跡とも言えた。
後日、ヴァル家は地球軍に訴訟を起こしたが、地球軍が占領したのも同然の街
での出来事だ。
裁判もまともに開かれず、しまいにはヴァル家に地球軍からこれ 以上訴えるのなら…と、脅しの文書までが来た。
完全に泣き寝入りだった。
デュミナは、毎日エレンの見舞に行った。わずかな希望を信じつづけて。
人形 のように病院のベッドで眠りつづけている妹を見守りながら、彼女は誓った。
「あたしは、地球軍を絶対に許さない…!自分の卑劣な欲のためにこんなむごい
ことをする蛮族なんて…!絶対!」
最近になって、ようやくエレンは目を覚ましたが、全快とは程遠く、意識もそ
の時投与された薬も相俟ってはっきりしていない。
一日中虚ろな瞳で何かを見つ づけ、時には虐待のトラウマが再発、発狂して大暴れする。
その暴走さえ、両足 も無く、筋力も低下している力無い抵抗で、見ていると心が痛んでくる。
「じゃあ、明日俺も一緒にエレンちゃんのお見舞に行ってもいいッスか?」
ドマンとデュミナ、エレンは旧知の仲で、エレンを捜索する際にはドマンも協
力していた。
「いいわよ。エレンも喜ぶよ、きっと。」
力無く笑い、デュミナはドマンの申し出を受け入れた。
「あ、ちょっと待ってくださいよ、俺も一緒に戻るッス。」
格納庫から出て行こうとするデュミナを呼びとめ、ドマンは急いでMS搭乗用
のエレベーターに駆け込んだ。
――『HEAVENLY−SANCTUARY』の基地の出入り口の1つ――
「それでは、おやすみなさい、ガウル様。」
ドリアードは送りの車を背に、ガウルへ挨拶をした。
「ええ、お気をつけて。」
ガウルも軽く微笑み、挨拶を返す。
辺りはもうすっかり夜の様子を呈していた。
ドリアードはレジスタンスの活動に必要な物資、資金などを調達するため、頻
繁に出かけていた。
「次に帰ってくるのは1週間後でしょう。」
「そうですか。」
「…ガウル様。」
ドリアード声のトーンが落ち、それまでのゆったりまったりした雰囲気が別の
空気に変わっていった。
「…はい。」
「どうか、お気をつけて。」
「はい。必ず生きて待っています。」
「必ず…お願いします。」
「ええ、必ず。」
ガウルはドリアードの両肩に両の手をあて、言い聞かせるように言った。
2人の顔が近くによった。
少し見詰め合い、軽く唇を重ねた。
「では…行ってきます。」
「ええ。ドリアードさんもお気をつけて。」
ドリアードが乗ろうとしたので、ガウルは後部座席のドアを開け、彼女をエスコートした。
ドリアードが席に座るのを確認し、ガウルは丁寧にドアを閉めた。
「…ちっ。」
広い大地に続く道路を、1台の地球軍の車が走っていた。
その車を運転している男は、これで何度目かもわからない舌打ちをした。
男の着けている腕時計は午前の3時になろうとしていた。
その男はここ最近、不機嫌極まりなかった。
最初に不機嫌になった理由は、この男があるコーディネーターの青年と喧嘩を
した結果、後頭部に思いっきり膝蹴りを入れられ、気絶したところからだ。
気絶している自分を仲間が(多分あのフィルモスとか言うヤツの差し金だ)置
いてけぼりにしたせいで、男は独りぽつぽつと基地に歩いて帰るハメになった。
それから、ずっと仲間からはガキに喧嘩で負けたとバカにされていた。
転属命令が出て、予定では29日に飛行機でサンタレン基地に転属されるはず
だったのが、今朝になり急に車で28日までにサンタレン基地へ転属命令が出さ
れた。もう1人、兵を連れて。
もちろん、車で行くのだから自分の愛機を持って行けるわけも無い。
しかも、転属先まで28日までに行く、というのはほとんど睡眠をとらずにず
っと車を走らせなければならないということで、男はこの時間になってもまるで
眠れない。
しかもそのもう1人というのが、どう見ても子供の体躯で、顔はまるで道化師
のようなふざけた仮面を被っており、口元以外まるで見えなく、怪しいことこの上ない。
その子供は女子兵の着るピンク色の軍服を着ているので、一見女に見えるが、下はスカートでなく男子兵の履くズボンだった。
大体子供では自分の代わりに運転させることもできないから、男は到着するま
でろくに眠ることもできない。
そもそも何でこんな子供を連れて行く必要があるのだろう。
いったい何の役にたつのやら。
何もかもがうまくいってない。
不愉快だ。
「…ちっ。」
この舌打ちもこれで何回目だろう。
「…その『ちっ…。』っての、やめてよ。」
突然、助手席に座っていた仮面の子供が文句を言い出した。
子供は車を走らせ 始めたときからずっと毛糸の輪であやとりをしていた。
「うるせえ!ガキはとっとと寝てろ!」
不機嫌な男は八つ当たりするかのように怒鳴った。
「僕だって早く寝たいのにお前がちっちっちっちっうるさいから寝られないんだよ、バカ。」
「知るか!…つーかてめぇ、女のくせに何で『僕』なんだよ。」
「お前なんかに誰が言うもんか、バカ。」
「んだとてめぇ!言わせておけば!大体、それが大人に対して使う言葉か!」
「バカにバカって言って何が悪いんだ。バカ。」
「…っこのクソガキがああぁぁぁぁ!」
…勉強が苦手なこの男は、バカという単語に多少のトラウマがあった。
つい大人気無くキレてしまう。
「ガキって言うな!バカ!」
「テメェなんかガキで十分だ!ガキィ!」
「バカ!」
「ガキィ!」
「バカバカバカバカ!」
「ガキガキガキガキ!」
…不毛な戦いは朝まで続いた。
(第八話 完)
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