第三話 突然変異
6月25日、アルナはイリュージョン社本部の一室にいた。
インダストリアル社とイリュージョン社は同じ会社だが、両社の本部は別々のコロニーにある。
軍や政治家の上層部にはこの2つの会社の正体は有名だが、インダストリアル社は地球軍、イリュージョン社はザフトに協力していることを考えると、2社の正体を世間に知られるわけにはいかない。
表向きには2つは別の会社として通しているから、本社が2つある。
アルナの検査は滞り無く終わったので本来ならば今日、プラントに送られる予定だったのだが、今日はソウのサイボーグ化の手術の日でもある。
アルナが最後に少しでもソウに会いたい、とフィルモスに懇願したため、急遽予定を変更したのだ。
「ソウ…。今日会ったら次に会えるのはいつなんだろう…。」
誰もいない部屋で、アルナは呟いた。
その頃、手術室では大騒動が起きていた。
「フレームの各機械部分の反応にエラー!ほとんどが誤作動を起こしています!」
「脳波微弱!なおも下がっています!このままでは…!」
ソウの手術中、いきなり機械が警報を流し始めた。
機器の画面はソウが危険な状況だと知らせている。
手術はもう、あと少しで終了だというのに。
脳とそれを動かすための臓器を母体となるフレームに移し変え終え、顔に人工の筋肉と皮膚もつけ終え、あともう少しで完成するのに。
あらゆる処置を施したが、遂に全ての機器の画面がソウの死亡を知らせた。
「アルナ様。」
アルナの居る部屋に、二人の男が来た。
「ソウ様が…。」
男に連れられて来た部屋は薄暗い、小さな部屋だった。
その部屋の隅に白いシーツのベッドがあり、そこには白い死装束を着たソウがいた。
「術中、急に容態が急変し、我々も最善を尽くしましたが…。」
「……嘘…ですよね…?」
「……。」
呆然とした顔でソウを見つめながら、アルナは更に言う。
「そんな…そんなはず無いです。…だって、…だって約束…したんですよ。私に『俺は死なない』って。
…だから……死んだなんて…そんなの…そんなの嘘に決まってます…!」
執刀医らしき男が(本来、執刀医はフィルモスだったのだが、彼に急な用が入ってしまい、急遽、執刀医が変わった)気は乗らないが、カルテを読む。
「16時46分、死亡を確…」
「嘘ッ!死んでなんか…!」
背中と握り締めた手が震えている。泣きそうな心を必死に我慢しているのだろうか。
「遺体の遺品です。」
もう一人の男が両手でなら簡単に持てるサイズの箱を持ってきた。中にはソウの服と避難時に持っていたナップザック、その中にあったこまごましたものが入っていた。アルナがそれを受け取る。
「ちょっと…2人だけにさせてください…。」
最期のあいさつか、せめてそれくらいは。
「わかりました。では。」
ドアの手前の手前で会釈をし、男達は去った。
ドアが閉まったとほぼ同時に、アルナは泣き崩れた。
「うわあああぁぁぁぁぁーーーー!!ソウ!ソウ!!
なんで…なんで!なんで死んじゃったのよーー!」
大粒の涙が何滴も顔からこぼれ、床に水溜りを作る。目が真っ赤に充血している。
ソウが約束を破ったことの怒りとか医師達を恨んだりとかそういう感情は無く、ただ悲しいだけの涙。
崩れた体を起し、クシャクシャになった顔でソウの顔を見る。
人工だとは思えないくらい、本物そっくり、いや、オリジナルそのものの顔だ。ただし、顔の右半分を覆い隠すようにある髪の毛の下には、金属の黒い輝きがある。その顔に表情は無く、静かに眠っている。
その顔を両腕で抱きしめながら、アルナはまた叫ぶように泣き始めた。その時だった。
「そのまま動かないで。」
!?
この部屋にはソウとアルナしかいなく、喋られるのはアルナだけのはず。
なのに今の声はアルナではない。ハタと起きあがりアルナはソウの顔を見る。
ソウの目が開いている。
ちょっと申し訳なさそうな苦笑いの表情でアルナを見ている。
「えっ?ちょ、ちょっと…死んだって…ええぇ?」
アルナは突然のことに完全に虚をつかれたようで、呆気にとられたような顔だ。
「だから、動かないでって。動くと俺がそこの監視カメラに写っちゃうんだよ。」
ソウに言われ目の端で天井の隅を見ると、なるほど、確かにカメラらしき黒い物体があった。
「…生きてるの?」
「うん。」
「……本当に?」
「そう。」
バチィイイン!
アルナの右手の張り手がソウの頬を直撃した。
「痛っつぅ…。何すん…」
突然叩かれて文句を言おうとしたが、アルナの表情を見て、その気も失せた。
充血のせいで真っ赤な目に大粒の涙を蓄え、時々鼻を啜ると同時に肩が浮く。肩も叩いた手もカタカタと震えている。そして、目と眉が吊り上っている。
「っこのバカァ!あんた私がどれだけ心配したと思ってるのよ!」
悲しみの感情がいきなりストップしてしまい、どうすればいいのかよくわからないからなんとなく怒っているのだろうか。ソウは小さいため息を漏らしながら呟いた。
「心配じゃなくて悲しかったんだろ…。」
バチィィン! バチィィン!!
今度は2発、張り手の音がした。
「あ〜〜〜う〜〜〜…う〜〜〜あ〜〜〜…。」
両方の頬をさすりながら悶えるソウ。その頬はほのかにピンク色になっている。
「うっさいわね!全く、あんたなんかいっそのこと死んじゃえばよかったのよ!」
また張り手を出そうとした瞬間、アルナの顔のすぐ右を光の線が走った。
ソウの機械の右目から対人兵器となるレーザービームが発射された。そのビームは部屋の隅にある監視カメラを貫いていた。
「死人に張り手食らわせるのが見られたら怪しがられるでしょ。だから動かないでって言ったのに…。」
ベッドから起きあがり、
「心配させちゃって悪かったよ。そんなつもりじゃなかったんだけど。」
ベッドに座り直して謝った。もう完全に元気そうだ。
ソウの元気そうな顔を見たら、アルナはまた泣きそうな表情になってしまった。
「良かった…。ソウ…生きてた…。」
そう呟き、アルナはソウに抱きつき、また号泣しだした。
「ソウ…、ひどいよ…。騙したりなんかして…。生きてたなんて…。バカァ…。」
「ごめんね。もう大丈夫だから。」
アルナの頭を片腕で撫で、軽く抱きしめながら謝る。ソウの体は機械になったからか冷たかったが、その声は暖かい。
「でもさ、ソウ。」
「ん?」
「監視カメラが壊れちゃえばもっと怪しまれると思うんだけど。」
「あっ。」
気付くのが遅い。
「やっば…。すぐ逃げないと!」
「え、逃げるって…?」
「こんなところになんて居たくない。しかも軍なんて。このまま逃げさせてもらうよ。」
喋りながら服を脱ぐ。確かに元々死人用の動きにくい白装束で逃げる訳にはいかないが…。
「キャッ!ちょっとソウ!あんた女の子がいる前でそんな…!」
顔を真っ赤にして目を両手で隠す。当然の反応か。しかし指の間からチラチラと覗きこんでいる。この状況でスケベと言うのはちょっとかわいそうかもしれない。が、ソウの全身を見たときには顔を覆っていた両手も外れていた。赤かった顔が今ではむしろ青ざめている。
「あんた…、その体…。」
上半身は胸の辺りまでは人工の皮膚で覆われている。しかし、それから下は機械の体が露出している。
腕も、二の腕辺りまでは皮膚があるが、そこからは機械の腕だ。
下半身に至っては人工皮膚はおろか、人の体にあるものは何も無い、鋼鉄の体だ。
「なんだよ、そんなにジロジロと。」
「いや、だってそんな…そんな体って…。」
「しょうがないよ。助かるにはこうなるしか方法が無かったんだから。それに、もう覚悟してあった。」
苦笑いの表情でそう言う。確かにそれ以外に生きる方法は無かった。が……。
そうこうしながらもソウはさっさと遺品が入ってあった箱にあった服を着る。どうやら、体の大きさは変わっていないようだ。すぐに着替え終わり、
「さて、と。じゃあ俺はこれからここを逃げる。アルナとはもうお別れだね。プラントでも元気で。」
「え、ちょ、ちょっと!なんでよ!」
「なんでって、君はプラントに居られるでしょ。あそこなら安全だし。でも俺は無理だし。だから…」
「嫌よ。」
「えっ?」
「私もソウと行くんだから。」
「…へ?」
「私もソウと一緒にこっから逃げるの!」
「駄目だよ!そんな、危ないって!」
「駄目じゃない!私も行くの!」
(困った…。完全にワガママモードだ…。)
アルナのワガママにソウは何度泣かされたことか…、って今はそれどころではない。今回ばかりはなんとかしなければ。しかし…。
「それとも何よ。あんた、私を護るって約束はこれで終わらせる気?そんな簡単に終わらせないわよ。」
腰に手を当て、ズイっとムスッと膨れっ面した顔をソウに近づけながらアルナが詰め寄る
「ううっ…。」
ソウは一度も口喧嘩でアルナに勝った事が無い。今回も連敗記録を更新することになりそうだ。
「とにかく!あんたがなんと言おうと私はソウと一緒に行くんだからね!もう決めたんだから!」
もう完全にソウの意見など無視した発言だ。
「…それに、プラントに行っちゃったら私独りぼっちだもん。そんなのやだもん…。」
確かに、家族を失った今、アルナは独りでプラントに行くことになる。彼女が独りぼっちになるのを恐れることは、幼馴染みのソウはよく分かっていることだ。
それに、ソウも確かに独りは嫌ではある。アルナが危険を承知でも一緒に行くのをを望むなら…。
もう勝ち目は無い。そう悟ったソウは『はぁぁ〜〜〜…』と大きなため息をついたあと、
「わかったよ。一緒に逃げよう。でもこれからは俺の言う事ちゃんと聞いてよ。」
アルナが心からうれしそうに笑った。
幸運なことに、監視カメラが壊れたことがわかったのは、ソウ達が部屋から逃げ出したときだった。
2人はイリュージョン社の廊下を走っていた。壁も天井も床もほぼ白1色だ
「ねぇソウ。」
「ん、何?」
「あんたどうやって行き返ったの?」
走りながらアルナはソウに質問する。
確かに、医師は死んだと言ったのになぜ生きているのだろう?
「俺は一度も死んじゃいないよ。」
「え?どういうこと…?」
「何でかはよくわからないんだけど、手術中に意識が戻って、その時に何故か周りの機械が操れるようになってたんだよ。で、それを使って死んだように見せかけた。」
「そんなこと…。」
「信じられない?まぁ無理も無いか。俺だって今だに信じられないんだから。でも、機械のことがなんでもわかるし、俺が好きなように操れる。俺自身の機械の体もね。さっきの監視カメラはこの力で気付いた。」 手術時にその機能がつけられたのか?いや、元々知っていたのならあんなに大騒ぎするはずが無い。一体何故…。
話ながら通路を走っていると、道が3方向に分かれていた。
1つは直進、あとの2つは左右直角だ。どちらに行けば…?その時だった。
(左だ。)
「?アルナ、今左って言った?」
「?ううん、言ってないよ。」
じゃあ今の声は…?
(早く来い。もたもたしていると追っ手が来るぞ。)
まただ。一体誰が…?とにかく行ってみよう。
2人は左の通路へ進んだ。
2人の脱走は急用でインダストリアル本社の彼の部屋にいたフィルモスにも届いた。
「え、脱走したのか?死んでたのに?」
「はい、手術終了間際に確かに死亡を確認したそうなのですが…。」
(手術が終了する直前…。)
思い当たる節はあるが…。とにかくなんとかせねば。
「わかった。捕獲にかかれ。最悪、殺してでも…いや、あいつが手に負えなかったら最悪逃がしちゃってもいいや。その時は俺に知らせてくれ。」
知らせを届けに来た秘書らしき女性に指示を出す。女性が部屋から出ると、フィルモスは騒ぎについて考え出した。
(SEEDがDUELに変わったのかな…。それなら逃げることも可能だが…確立低いんだよな、SEEDがあれに化けるのって…。)
フィルモスはふと、部屋にある電話を取り、どこかの電話番号を入力する。電話の向こうから男の声が聞こえた。
「ルーグか?」
「おや、社長自らが私に電話とは、何がありました?」
電話の相手はルーグという者らしい。社長、と呼ばれたフィルモスが話を切り出す。
「ちょっと、仕事の依頼をな。」
ソウは、それからも道が分かれる度にあの不思議な声を聞いた。そして、その指示通りに進んだ。
すると、突き当たりの壁にエアーロックのためのドアらしきものがある通路まで行きついた。ドアの前には2人の銃を持ったザフト兵が立っている。
ザフト兵を見、気付かれる前にあわてて見つからないように隠れる。
(どうするのよ!他は行き止まりだし、ザフトはいるし、逃げられないじゃない!)
アルナが小声で抗議する。
あの声に従うべきではなかったのか?ソウも後悔し始めた時、
(こっちだ。)
まただ。頭に直接響いてくる声。あのドアの向こうから聞こえてくるようだ。
しかし、ザフト兵が…。いや、ここにいてもいつかは見つかってしまう。なら、いっそのこと…。
ソウはザフト兵の前に飛び出し、2人目掛けて突進した。
「!なんだ、貴様…グホッ!」
「な…!」
銃を構える暇も与えない超高速の速さで駆けだし、一人に飛び蹴りを食らわす。蹴りを食らった兵は壁に叩き付けられ、気絶している。
「このやろ…!」
もう一人が銃をソウに向けた瞬間、ソウの頭で何かが弾け、体が急に軽くなった。しかしギドーと戦った時とはどこかが違う。
兵が銃を乱射する。が、ソウにはその近距離の弾の動きが全て見えた。避けられる弾は避け、当たりそうな弾は両手で弾き返す。そのまま近付き、ショルダータックルでもう一人をふっ飛ばした。その兵も壁に頭を打ち付けて泡をふいている。
「もう大丈夫だよ。」
隠れていたアルナを呼ぶ。
「すっごいねぇ〜。今、弾弾き返してたでしょ。機械の体に感謝ね〜♪」
感嘆の表情でソウに言う。
「う〜ん…、確かに。すごいな、この体。」
本人も驚いている。確かに、コーディネーターだって弾を素手で弾くなんてできない。
「で、これからどうするの?その中に入るんでしょ?どうやって?」
「多分、この端末にパスワード入れるんじゃない?」
ドアのある壁の脇にある端末を指差す。
「え、できるの?」
「多分。あれも機械だし。」
そう言うと、まるであらかじめわかっているかのように速く端末のキーボードを叩く。入力し終え、エンターキーを叩いた。ピピッと音がし、ドアが開く。
「これは……。」
「嘘…すごい...。」
中に入った2人は思わず、息を飲んだ。
そこには、見たことの無い1機のMSがあった。
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