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第20話 Can you run away until the last? 

 

 それは暴風と例えるに相応しい暴虐だった。 

 アルカナは出鱈目な機動力と恐ろしい怪力を武器に《黒蠍》の3人を圧倒する。 

「ミーネ!そっちに行ったぞ!」 

『わかって…きゃあっ!』 

 凄まじい速度で上空のミーネ機に接敵したアルカナは、ミーネがガードに掲げた有刺鉄線状の双鞭《グロス》をビームサーベルで切り裂いた。 

『ミーネ!?』 

『だ…大丈夫…。くっそ、やってくれるじゃ…うわあああああああ!』 

 アルカナは切りこんだ勢いで一回転し、怯んだミーネ機の頭部に今度は踵落としを叩きこむ。その重い一撃で、ミーネ機は地面に叩きつけられた。 

「ミーネ!無事か!?」 

『う…うぁぁ…』 

 まともな返事が返ってこない。気絶しているらしい。辛うじて生きてはいるようだが…。 

 既に、アルカナの機動力は「とてつもなく速い」どころか「瞬間移動」とほぼ変わらないものとなりつつあった。 

 こちらが何らかのアクションを起こそうとする時には、既に攻撃されているのだ。 

 もはやインチキじみた戦いである。一方的に殴られ、こちらの反撃は全く意味を成さない。 

 最も、その桁外れの機動は、ごく短い時間でしか出来ないようだった。せいぜい0,2秒程度か。そして、その瞬間移動はおよそ10秒間置きでなければ使えないようである。 

 それでも、その10秒間ですら、高機動MSとしては充分な運動性能を誇るのだが。 

 そうしているうちに、アルカナは今度はゴーグ機に狙いを定めたようだ。 

『…来るなら来い…!』 

「止せ、ゴーグ!お前の機体では対処しきれない!」 

『ルーグ!援護をお願いするんだな!』 

「待てゴーグ!」 

 リーダーの言葉に耳を貸さず、ゴーグはアルカナに挑む。 

 10秒の休息は経った。あの瞬間移動が来る。来る、来る、来る、来る…、 

 来た! 

『うおおおおおおおおおおおおおお!』 

 ゴーグ機はろくに照準も合わせずに《チャルビン》を眼前に振り下ろした。 

 一気に目前まで接近してくるなら、そこに攻撃を合わせて迎撃する算段だ。 

 だが、やはりアルカナの機動力は凄まじかった。 

 《チャルビン》を振り下ろすその腕に、アルカナの半月蹴りが炸裂した。 

 蹴られた衝撃で強ばった両腕を、瞬時にアルカナはビームサーベルで滅多切りにした。 

 更に、最早無抵抗となってしまったゴーグ機のコクピットにビームサーベルの切っ先を突き立てる――間際に、一筋のビームがアルカナに放たれた。 

 アルカナは機敏な動きでそれを避けると、射手に視線を向けた。 

『フッ…、貴様は本当に愚図だ。その鈍重な機体で今のアルカナと張り合えると、本気で思っていたのか?』 

『た…助かったんだな、クリフ』 

 遠くの上空に、ビームライフルを両腕でしっかりと構えたM1――クリフの機体があった。 

『隊長、その様子ですと、もう残弾は尽きたようですね』 

「ああ。あと数発は残っているが、戦闘が出来る量ではない」 

『ならば、ここは私がしんがりを務めましょう。二人はミーネを拾って退避して下さい』 

「了解だ。ここは任せた。…ゴーグ、先に退け。俺はミーネを拾って行く」 

『了解なんだな』 

 ルーグが地面に叩きつけられたまま動かないミーネ機を回収しようと機体を動かした瞬間、その隙を付くようにアルカナが動いた。 

 何人たりとも決して追いつくことの出来ない速度で、追い討ちをかけようと、背を向けた相手にビームサーベルを無情に振り下ろす。 
 だが、既に先回りしていたクリフが、その刃を受け止めた。
 

『フッ、成る程、確かにその加速度と最高速度は常軌を逸していますね。先程でさえ、一瞬でマッハ3近くの速度を出していたというのに、今は更にそれを上回るとは…。だがどこに攻撃しようとしているかがバレバレですよ、ソウ・クレスト君!』 

 不敵な笑みを浮かべ、クリフは言った。 

  

 

 

 アルカナの異常を報告し、場合によっては相談すべく、アルナはガウルに通信を送った。 

『ガウルです。どうしました?』 

「ソウが…アルカナの様子が変なんです」 

 アルナの言葉は不安か恐怖か、少し切迫した声だった。 

『変?』 

「こっちの通信に全然反応してくれなくて、代わりに変な声が聞こえるんです」 

『…そうですか。残念ながら事情はよくわかりませんが、でしたらドマン君に相談してみてください。申し訳有りませんが、こちらも今は手が話せな…』 

 ガウルの言葉を掻き消すようなノイズが入る。直後、ガウルの悪態が聞こえた。 

 『しまった…!』 

「!ガウルさん!?大丈夫ですか!?」 

『…大丈夫です。 敵の強さに少々てこずっただけです。すみません、通信を終わらせますね』 

 そう言うと、ガウルは一方的に回線を閉じてしまった。 

 落ちつかない心中のまま、アルナは言われた通りに今度はドマンを呼び出した。 

 

「アルナちゃん、どうしたッスか?」

 ドマンは、今回の作戦の役割の関係で、他の皆とは別行動をとっていた。 

 グーンの外装を流用した水中潜行用の装備に身を包んだボイスは、たった一人で、アマゾンの大河を突き進んでいた。 

『ドマン、ソウがね…』 

 アルナは、アルカナの異常を、ガウルに話した時よりも、更に詳しくドマンに伝えた。 

 あの音声プログラムの言葉も伝えた。 

「模範戦闘プログラム…ッスか。…アルナちゃん、今アルカナが戦っている場所を特定して、そこの定点カメラを全部作動させて下さいッス。映像が無いと判断出来ないッス」 

『それが、アルカナがどこにいるかは大体わかるんだけど、その辺りのカメラが全然動かないの』 

 《黒蠍》の工作員、チック・アラルゴのせいで、アルカナの周辺にあるレジスタンスの設備はその殆どが死んでいたのだ。 

「…マジッスか?」 

『それだけじゃなくて、そこにあるトラップも動かなくて…どうしよう、ねぇ、ソウはどうしちゃったの?私どうすればいいの?』 

 話しているうちに、次第にソウの事が心配になってきたアルナは、パニックになりそうになる。 

「落ちつくッスよ。…じゃあその周辺に情報班の偵察グループを向かわせるよう僕から伝えておくッス。大丈夫ッスよ、ソウ君は強いッスから」 

 ドマンに励まされ、アルナは多少は立ち直れた。 

『うん…そうだよね、ソウならきっと大丈夫だよね』 

「そういうことッス。じゃあ、そろそろ通信終わるッスね」 

 そう言ってドマンは、通信を終わらせた。 

「ふぅ、あれだけで安心するとは。ソウ君は本当にアルナちゃんに信頼されているんスね。なんかうらやましいッスよ。」 

 あるいは単にアルナが単純なだけかもしれないが。 

「それにしても、パイロットを拒絶するような権限を持つAIなんて…。アルカナは本当にわけわからない機体ッスね。フィルモスさんはあれで一体何をやりたいんだ」 

 馬鹿みたいに強いサイボーグを作ってみたり、そうかと思えば出鱈目に高度な人工知能を開発したり。更に言えばコーディネータにも感染するほど強力なウイルス兵器を撒き散らしてみたり。 

 量子コンピューターを容易に支配するSEEDの突然変異、《DUEL》に、MSに高次元の運動性を与える《DISCシステム》。光以外が追いつくことを許さない代わりに、乗り手を厳しく選ぶ超高性能なエンジン。 

 フィルモスが作るものは、どれも一貫性が無い。そのどれもが非常に高度な技術であることは確かだが。 

 いや、観方を変えればそうでもないかもしれない。 

 そのどれもが、まるで人間という存在の限界に挑戦しているようではないか。 

「フィルモスさん…、あんた、ソウ君に何をやらせたいんスか?」 

 

逃げる。撃つ。避けて、また逃げる。 

 テイラーに出来ることは、圧倒的な実力差があるレモン色のディンに落とされないように逃げ切ることだけだった。 

 ロイの援護など論外だ。 

 地形と装備を駆使して、敵機から逃れる。逃げるだけなら自分にも可能であると思っていた。 

  それは確かに間違いではなく、テイラーなら逃げるだけなら可能なのだが、それはむしろテイラーだからこそ可能なことだった。 

 本来のテイラーの操縦や戦闘の技術は、本人の温和な気性も仇となり、特筆すべき程のものではない。 

 しかし、鋭い観察力を持つテイラーには、野性的な勘を持つパイロット――例えばギドー――程ではないが、かなりの度合いで相手の動きを予測できる。 

 そして、もう一つの彼の長所が、彼を戦場の中で今日まで生き残らせた最大の理由であると言える。 

 これのみに於いてはギドーすらも及ばない。 

  ストライクダガーという機体を徹底的に知り尽くしているのだ。 

  そもそも、テイラーが軍人を志した理由はMSという巨大ロボットに乗りたいがためであった。 

 ロボットもののアニメや漫画をこよなく愛するテイラーにとって、MSとは心から憧れる存在だった。 

 晴れて自分の愛機を手に入れてからは、マニア的行動力と入隊後に通った理工大学で学んだ知識をもって、自分のストライクダガーにあれこれと手を加えていった。 

 その知識量は凄まじいの一言で、整備員やプログラマーでなければ知らないような知識や技術までも持っている。 

  整備も修理、一通りの操縦も可能なテイラーは、ストライクダガーという機体に何が出来て何が出来ないのかをよく心得ている。 

 スペックの限界ギリギリの機動でこの強敵から逃げることも不可能ではなかった。 

  遠距離から狙撃したくともちょろちょろと逃げ回り、テイラー機にまともな照準を合わせられないことに業を煮やしたのか、ディンはレールガンの照準をストライクダガーに合わせながら急降下してきた。 

 「近づいてくる〜…?そうか〜、絶対当てられる距離まで近づく気だな〜。でもそう簡単にはさせないぞ〜…」 

  牽制に数発ビームライフルを放ちながら、テイラーは尚も逃げる。 

「まぁ、でも多分当たらないだろ〜なぁ〜…」 

 何せ相手は特に回避技能に秀でているのだ。自分の技量で手に負える相手ではない。 

 案の定、ディンは惚れ惚れする程の美しい回避動作で、ビームを避けた。やはり、自分一人ではどうにもならない相手だ。 

  だがそれも目的地に着けば―― 

 敵機の発砲音。 

 直後に聞こえる金属同士がぶつかる悲鳴。 

「うわ〜わ〜わ…!今のは弾が右肩を擦ったな〜」 

 ダガーの右肩に微妙に異常が現れたことから、テイラーはそう判断した。ダメージは軽微だ。まだまだ戦える。その割に、コクピット内は大げさに揺さ振られた。 

  当たらないことはわかっているが、あくまで牽制のためにビームを応射する。 

  駄目だった。相変わらずの見事な回避行動でビームの射線から反れながら、殆ど減速せずにこちらに向かってくる。 

  だが、もう問題無い。 

 既にテイラー機は目的地に着いたのだ。 

「こちらテイラー。目標地点に到着〜!デミス中尉、ギル、ペーテン、サギー、撃って撃って〜!」 

 テイラーが彼なりに真面目な声で友軍に連絡をすると、デミス中尉と呼ばれた男がそれに答えた。 

『こちらデミス。了解した。サギー、ペーテン、ギル、撃て』 

 男の素っ気無い返事が終わると同時に、突如、ジャングルに隠れていた4機のストライクダガーが姿を表し、テイラーを援護するようにディンに次々とビームライフルを放った。 

 

 ディンから逃げている間、テイラーは今のダガー隊の指揮官であるデミス中尉と連絡をとり、一つの作戦を立案していた。 

 それはこのままテイラーがディンを引きつけ、シグーの監視役のダガー達が攻撃できる地点までおびき寄せるというものだった。 

 その案にデミスは賛成し、ディンがこちらの攻撃域に入るまでに、彼等の本来の目標であるシグーの監視に穴が空かないように細かい配置の采配を終えていたのだ。 

 この作戦がとれたのは、デミスという男の用兵の術と、この場にいたダガーのパイロット達の性格によるところが大きかった。 

 デミス・ロタティオン中尉は、ギドーがここに赴任するまでここのMS隊の隊長であった人物である。 

 MS操縦の技術においてはギドーとは雲泥の差ではあるが、戦術という面においては、ギドーとそう変わらない程度の実力を持っている。 

 さらに、デミスにはギドーにはないアドバンテージがあった。 

 部下のパイロットの個性をよく知っているのだ。 

 サギー・レジオドル伍長とペーテン・モーニル伍長は他人との連携行動に長じており、ギル・マーベリック上等兵も社交的で、支援行動に向いた性格である。 

 テイラーの観察眼や、ここにはいないがロイの持ち味である接近戦のセンスも知っている。 

 その性格を吟味した上で、デミスは効果的な攻撃を与えられるように陣形を組替え、虎視眈々と目標のディンを待ち伏せていたのだった。 

 

「え? 嘘!?」 

 計5機のストライクダガーから集中砲火を浴びて始めて、ピケルは自分が罠にはめられたことを自覚した。 

「そうか…、あのダガー、単に逃げていただけじゃなくて、仲間に援護してもらうためにわたしをここにおびき寄せてたんだ」 

 しかも、たった今までピケルが追っていたダガーのパイロットも含めて、それまで彼女が相手をしていた有象無象のダガーのパイロット達よりも、かなりレベルが高い相手のようだ。 

 行動や援護の統率がよくとれている。自分がどれか1機に標的を定めようとすれば、すぐに他のダガーが牽制射撃を仕掛け、照準を合わせられないようにしてくる。 

 並みの操縦者なら、成す術も無くこの罠にかかり死んでしまっただろう。 

 あくまで並みの操縦者であったら、の話だが。

「でも、攻撃を避けるだけなら…!」

 ピケルは手慣れた手つきで操縦桿とコンソールを操作し、回避を試みた。 

 急上昇、滑空、急降下、加速と急停止を駆使してダガー達の猛攻を次々と躱していく。

  回避行動をとりながらも、反撃するのも忘れない。状況が許す限り、ピケルもレールガンを応射する

  その反撃を連携でなんとかやり過ごすダガー隊。 

  端から見れば、まるで被弾しないピケルの回避行動には何の危険も感じさせないが、彼女自身は若干の戸惑いを覚えていた。

「なんだろう…、すごく変な感じ。なんだか攻撃がすごくわかり易過ぎる。まるわざと私に避けさせてるみたい」 

 統率はよくとれているのだが、攻撃自体が思ったよりも単調なのだ。 

 回避に気を抜くことこそできないが、これだけの物量の差で向かってくれば、ピケルといえどもいくらかはダメージを食らっているかもしれない。 

 にも関わらず5機のダガーは妙に守りに重点を置き、攻めこむ意思が希薄に感じられる。  

 

『テイラー、なんでみんなで一気に攻撃しないんや』 

 ダガーのパイロットの一人、ペーテン・モーニルは不満そうに言った。

 密林の影に隠れながら、デミスの指示通りにビームを単発で撃つのは、彼にとってはあまり面白い戦い方ではないのだろう。

「あ〜、僕〜、この間〜、リジョンちゃんの報告書作成に協力してたんだけど〜、」 

『テイラー、次はお前だ。ビーム発射後、ポイント2A−5まで10秒で移動しろ』 

 もたもたと喋るテイラーの言葉は、デミスの指示で一旦遮られた。 

「あ、今度は僕か〜。テイラー了解」 

 命令通り、テイラーはビームをディンに向けて一発だけ撃って、すぐに別の場所に移動する。 

『それでなんや?あの子の手伝いをしたから何になった言うんや?』 

 再びペーテンが問い詰めた。 

「それがさ〜、リジョンちゃんは〜、この前の戦闘で、あのディンと戦った時、自分がバテてきた時と同じくらいの時に、相手も動きが鈍くなってきたって言ってたんだよ〜。」

『…なんや、自分、まさか…』 

「多分〜、向こうのディンのパイロットも〜ブーステッドマンなんだろうね〜」 

『そんなのおかしいやないか。ワイらかて、ブーステッドマンちゅうモン知ったんは、あのリジョンっちゅう子が来てからやで。なんでレジスタンスがそんな奴持っとるんねん?』 

「さぁ〜…。でも〜、あのディンのパイロットが〜、ブーステッドマンかどうかは〜、どうでもいいんだよ〜。スタミナの低さが弱点なら〜、僕達はこうやって〜スタミナ切れになるまで粘れば〜勝てるかもしれないってことだよ〜」 

『む…なるほど…』

 そう、敵は高い回避能力を誇るパイロットとMSである。だが、それもごく短時間でしかないものなら、わざわざこちらが短期決戦を挑む義理はない。そんなことをして、こちらが弾切れにでもなれば、目も当てられない。

 ならば、敵が弱るまでじわじわと長期戦に持ちこめばいい。 

  もしギドーが、リジョンの報告書作成をテイラーに手伝わせてでもやらせなかったら、テイラーを含めたストライクダガーの隊は全滅していたかもしれない。 

 彼の作戦は、至極的を得たものであったのは間違い無い。 

 だが、ある重要な一点を見落としていたことに、彼はまだ気付かなかった。 

 

 ピケルは、自分が最も回避を得意とする高度で攻撃を避けていた。 

 だが、この高度では、敵が自分の攻撃を避けるのも容易い。 

 そして、ピケルは相手の考えに気づき始めていた。 

 幼い頃からずっと研究所育ちであったため、勉強こそ苦手なピケルだが、基本的に勘の良い、頭も良く切れる子である。こと戦闘に関してならば、相手の計略にもおおよその想像がつく。 

 おそらく自分のスタミナの低さに突け込む気だろう。 

 そうでなければ自分を相手にあの消極的な攻めをする理由を説明できない。 

 そしてそれが正しいとすれば、ここでのんびりしているわけにはいかない。 

「じゃあ、やることは決まってるよね」 

 アイズの動きが、それまでの蝶のような捉えどころの無い動きから、突如、雀蜂を思わせるアグレッシブな動きへと変わった。 

「スタミナ切れを待つ時間なんて与えない!」 

 バーニアの出力を限界ギリギリまで上げて急降下するアイズ、それを包囲しているダガー達は再び照準を合わせようとする。 

 しかし、アイズはそれまでに見せなかった鋭い動きで、散らばっていたダガー達にレールガンでの威嚇射撃を浴びせてこれらを牽制しつつ、同時に地表に何発も弾を連射した。 

 一発がいくつものダイナマイトと同程度の威力を持つレールガンの弾丸は、木々もろとも地表の土や石つぶてを大量に巻き上げ、濃密な土埃を作り上げた。 

 その即席の煙幕にアイズは突っ込んだかと思うと、そのまま姿を潜めた。 

 

『あ、あれ、ディンはどこに消えたんだ?』 

 土埃は広大に広がり、比較的ディンの近くにいたダガーのパイロット、ギルはその中に巻き込まれていた。 

 数メートル先も見えない土埃のために光学センサーはまるで役に立たず、高熱を帯びたレールガンの弾丸が何発も放たれたため、熱源センサーもまともに機能しなかった。 

「くっそ、敵はどこにいるんだ?」 

 視覚が潰され、まだ若いダガーのパイロットは、冷静さこそ失いはしなかったが、次第に恐怖と不安と焦燥感に駆られていった。 

『デミスだ。総員、点呼と共に速やかに状況を報告せよ。』 

 副隊長が隊の無事を確認し始めた。デミスのいる位置からでは、今の隊の状況を把握しきることはできなかったのだ。 

『こちらテイラ〜、異常な〜し。砂埃で目標をロスト〜』 

『サギーです。こちらも無事ですが、同じく目標をロストしました』 

『ペーテンや。やっぱ無事やが、ロストしたのも同じや』 

 やはり、みんなも自分と同じような状態のようだ。 

 ギルも現状報告をする。 

「こちらギルです。砂埃に巻き込まれましたが、一応無事です。目標はやっぱりロストし――」 

 少しホッとしながら始めた報告の最中に、ギルは信じられないものを見た。 

「も、目標が!こちらに向かって接近!」 

 黄土色の壁のような砂埃の一点を突き破り、目標であるディンが突如として姿を現し、一直線にギル機に向かってきた。 

「くっ…!」 

 直ぐ様、ギルは残弾の豊富なビームライフルを襲撃者に向ける。 

 驚きと恐怖で動揺していた若い兵士にしては、そこそこの対応だった。 

 しかし、ディンはギル機のライフルの銃口をレールガンの銃身で目一杯の力で弾き飛ばし、もう片方のレールガンの銃口をダガーのコクピットへ突き立てた。 

 発砲音。 

 まだ若く、勇敢であったダガーのパイロットの四肢は一瞬にして吹き飛び、なすすべなく絶命した。 

  

『ギル、応答せよ。どうした、ギル。返事をしろ』 

 デミスはいつもと変わらない口調で報告を促しているが、恐らく彼もわかっているのだろう。 

『ギ…ギル?返事をしろよ、ギル…!』 

 ギルは戦死した。 

『無駄やサギー!ギルはもうあかんようになってもうた!』 

 ギル機のビーコンが消えたのだ。機体が破壊されたのは間違いないだろう。 

 見落としていた。 

 自分達とあのディンとの圧倒的な実力差。 

 頭数など、あいつ程の実力者の前では大した意味を為さない。 

 それを悟った瞬間、テイラーの脳裏に最悪の、そして極めて実現する可能性の高いシナリオが思い浮かんだ。 

 全滅。 

  為す術なく、徹底的に蹂躙され、絶望を感じながら殺される情景が頭をよぎった。 

 ようやく死を意識し始めたテイラーの心は、いよいよ恐怖心が被さり始めた。 

『テイラー、サギー、ペーテン、確認は取れていないが、ギルは戦死だ。以降はその上で行動する。とりあえず今から指定する地点に30秒以内に集合しろ。中途半端に分散していてはやられる一方だ』 

 デミスの指示の元、ダガー隊は悪い方に傾き始めた流れを変えるべく集結しようと動き始めた。    

 機体を派手に動かせば、同じようにパイロットも派手に振りまわされる。

 そのせいでピケルの呼吸と心音は著しく乱れていたが、

「やった…!」 

 思わず感嘆の言葉を口に出した。 

 今し方倒したダガーの残骸は捨て置き、すぐにピケルは、大樹に偽装された武器コンテナから新しいレールガンを取出し、既に弾切れとなった初期装備のレールガンをそこに閉まいこんだ。 

 ここの武器コンテナは地下で基地と繋がっているため、この中に入れておけば安全に武器を回収出来るのだ。 

 ピケルがギル機を狙ったのは、距離的なことだけでなく、補給を考えてのことでもあった。 

 もっとも、その新しいレールガンも、今のピケルではもうそう長くは使っていられる状況ではなくなりかけてきたが。 

「はぁ、はぁ…。…ううっ、くううう…」 

 呼吸が苦しい。 

 体を振りまわされたことだけではなく、薬の効果も切れ始めていたのだ。 

 テイラーのさっきの持久戦は、決して無意味ではなかった。 

 あの状況が続いていれば、ピケルといえども本当に危険な状況になっていたかもしれない。 

 あれほどまでに攻撃的な戦い方をしたのは、本当にする必要があったからだ。 

 コクピット内で深呼吸を何回かしてみたが、動悸や呼吸の乱れは治らず、さらに胸元に痛みも感じてきた。 

 そろそろ、タイムリミットが近づいている。 

「でも…あと少し、あと少し頑張れば…お父さんがうまくやれれば…」 

 そう、あと少しの辛抱で、こちらの勝ちは確定されるはずだ。 

  

「ちっきしょう!見失っちまった!」

  シグーと交戦していた筈のロイのダガーは、何時の間にか独りジャングルを彷徨っていた。 

 シグーとの戦いは、最初はロイの方が優勢だった。 

 シグーの右手をビームサーベルで切断してやってからは、その流れはより顕著となった。 

 だが、ロイが何時の間にかテイラーがいなくなった事に気付いた辺りから、シグーの特殊兵装と思われる、例のロックにエラーが連発する現象が起きたのだ。 

  その影響でロイはシグーを見失ってしまった。 

 敵がこの隙に乗じてロイを攻撃しなかったのは、向こうも攻撃能力を失っていたからだろう。 

  やがて、何故かロック機能が復活し始めた時には、シグーには完全に逃げられていたのだ。 

「ったくよー!ムカつくったらねーぜ!折角イイ線まで追い詰めたってのによー!  …しょうがねぇ、とりあえずデミスのジジイ達とでも合流するか。  お、まだ全機とも無事かよ。あいつらにしては頑張ってるじゃねぇか」

  ビーコンの数が合わない。 

  デミスが気付いたのは、ほんの数秒前だった。 

 味方のビーコンの数がおかしい。 

  レーダー上で自分達から見て北西側にある、やや離れた場所でぽつんと光っていた自軍ビーコンは、ずっとロイ機のものだと思っていた。 

  ならば、今新たにレーダーの端――方角で言えば西――から表れた自軍ビーコンは一体誰なのだ? 

 リジョンではない。あの接近戦仕様の機体に乗った好戦的なブーステッドマンが、敵機のすぐ近くにいないわけがない。 

 それに、もしリジョンが誰とも交戦していないのなら、あのゲイツがこちらに攻めて来ないわけがない。 

「ロイ、今お前は何処にいる」 

 すぐに、ロイから不機嫌そうな返事が帰ってきた。 

『ああ?  今、そちらに合流中ですよ』 

「どちらの方角に向かって、こっちに来ている」 

『あ〜…、東に向かってです』 

 つまり、このレーダーで今新しく向かってきているビーコンが、ロイである。 

「まずい」 

  ぼそりと呟いた瞬間、それまで森林に姿を眩ませていたディンが、突然跳ね上がるように上空に現われた。 

「こんな時に…!」 

  デミスは素早くディンに照準を合わせた。 

  だが―― 

「…やはり!ハメられていたか!」 

  ロックした対象の名前が『ゾノ』と表示された。次に『グーン』と、さらに――…。 

 

「かかった…」 

 ずっと息を潜め、チャンスを虎視眈眈と待ち続けていたガウルは、精神の疲労で少々やつれていたが、それでも勝利を確信したように、口角を吊り上げた。 

  辛くもストライクダガーを振り切ったガウルは、『シャッフル』を起動させ、自機のビーコンの表示を地球軍MSに設定した。 

 そうして、全てのストライクダガーが『シャッフル』の影響範囲内に入るまでじっと耐え続けたのだ。 

  長時間の『シャッフル』起動に必要な電力は、『HEVUNLY‐SUNCTUARY』お得意の偽装設備を使うことで解決した。 

  だが、この状態では全く戦闘が出来ない。まして、ロイ機との交戦のせいで、攻撃能力をほぼ失っていたのだ。 

  見つかったら一巻の終わりであったこの賭けに、ガウルは勝利したのだ。 

  今回の作戦の二大最重要任務の一つ、ストライクダガー隊の殲滅は、これでほぼ完了した。 

  もしここでギドーやスカイグラスパーのパイロットを討てなくとも、ストライクダガーが全滅しさえすれば、あとは頭数で有利なこちらが圧勝できるはずだ。 

  すでにガウル機の存在はダガー隊達にバレたはずだが、もう問題ない。 

 なぜなら向こうがこちらに攻撃を仕掛けることは難しく、こちらにはエースのピケルがいる。 

  優れた力と技を持つ狼が、盲目の羊をどうして討ち損じるであろうか? 



『こんな…こんなの、どうすれば!』 

『あかん、最悪や!なんやねんこれ!?』 

『ああ!?あのクソが!ふざけやがって…!』 

  突如として起こった機体異常と、ディンの出現に、ダガーのパイロット達はパニックに陥りかけていた。 

 『落ち着け、ロックオンは出来ないが、機体の操作自体は可能なのだ。全機一旦後退しろ。ディンのことは無視しろ。ブッシュの中を通って敵の狙いづらい所を進め。…くそ、なんという事態だ』 

  あくまで無感情な声で指示をだすデミスだったが、内心は決して穏やかなものではないはずだ。 

 最後の一言で、それは読み取れる。 

 恐怖で高鳴る心臓を静めるかのように胸を押さえながら、テイラーは冷静さを取り戻そうとしていた。 

 テイラーは、このデミスという男を決して無能な上官だとは思っていない。 

 もちろん結果だけを見れば、幾度もレジスタンスに翻弄され続けてきた彼を優秀な人間であるとは言い難いかもしれない。 

 だが、ある者は引きぬかれ、またある者は戦場で散っていくことで次々と失われていく優秀なパイロット。 

 それに比例するかのように増えるあくまで頭数合わせでしかない完成度の低い新兵。 

 正規軍が対処し辛いレジスタンスのゲリラ的襲撃。 

 戦火拡大に伴い、日を追うごとに深刻化する物資の不足。 

 この目も当てられない状況の中で、この男は、それでも僅かに存在する優秀なパイロットを鍛え、サンタレン基地を基地として存続させ続けてきた。 

 そして隊の抜本的強化を図り、ギドーという頭をサンタレン基地に召還するよう要請したのもこのデミス・ロタティオン中尉である。 

 舞台で例えるならば、決してスポットライトを浴びながら演じる看板役者にはなれないが、そのスポットライトの制御や細かな演出を全て取りしきり、舞台に華を添える演出監督のような人物だ。 

 サンタレン基地を守ったのはこの男。あえて自分の身を引いて、ギドーというボスを用意してまでこの隊を守りたいと一番強く思っているのはこの男。 

 それを蹂躙されているこの状況に、内心は怒り狂っているに違いない。 

 デミスの感情を察することで、ようやくテイラーの頭も冷静さを取り戻し始めた時、急に視界が暗くなった。 

 理由はすぐに分かった。 

 ディンが、自分の目の前に踊り出たのだ。 

 武器を使って抵抗しようとするが上手くいかない。あのシグーの能力のせいだ。 

「あ…あ…」 

 気付けば、いつものおっとりした口調は、とうに消えていた。 

 消え入りそうなうめき声が喉から搾り出されるのみ。 

 これから死ぬ。 

 思考がメチャクチャになって頭が真っ白になる間際、スピーカーから妙な雑音が聞こえた。 

 ――いや、これは―― 

『うおおおおぉぉぉぁぁぁああらああああ!何チンタラやってんだテメエらぁ!』 

 あの男の怒鳴り声だ。 

 絶望の淵から強引に希望の地へと引きずり戻すあの声…! 

「ギ、ギドー隊長…!」 

 

「え!?、なんで?あの機体はソウさんが押さえているはずじゃあ…?」 

 予期せぬ乱入者にピケルは眼を疑いたくなった。 

 だが、それどころではない。 

 ギドー機がビームライフルを構え、撃った。 

 一発、二発、三発、四、五、いや、まだ撃ってくる。 

 どれもコクピットを狙った攻撃だ。 

 ひらり、ひらりと舞い踊るように避けるピケル。 

 だが、その内の一発が回避行動中のアイズの脚部を掠った。 

 ピケルの体力の低下の証拠だ。 

「はぁ…はぁ…こいつは私が止めないと…!」 

 それでも、肉体を精神でねじ伏せ、ピケルはギドー機の迎撃を開始した。 

 自分がやられれば、パワーバランスが崩れてしまう。正直、ガウルではギドーに勝てるとは思えないし、デュミナでもギドーとあのスカイグラスパーのパイロット2人で攻められたら危険だろう。あの2人相手では健康な時自分でも勝てる自信が無い。 

 アイズはレールガンを構え、霞む目を必死に凝らし、照準を素早く合わせ、引き鉄を引く。 

 だが今の自分では、あの強敵に攻撃を当てることは非常に困難だった。ギドーは巧みに機体を操作して攻撃を回避しながら、尚も高速で接近し、ビームサーベルの切っ先をアイズのコクピットへ向け、一直線に襲いかかってくる。 

 これ以上の射撃は無駄だと判断したピケルは、片方のレールガンを捨て、両手で銃剣術のようにもう一方のレールガンを持った。 

 回避と射撃だけが彼女の取り柄ではない。ガウルやドマンに格闘を教え、デュミナのスパーリング相手になったのはいつも彼女なのだ。 

 無論、それを専門職とするデュミナやソウと比べれば、腕の差は否めないが、エースを名乗るだけの戦い方は出来る。 

 相手と交わる瞬間に、ゼロ距離でギドー機のコクピットに弾丸を放つことだけに全神経を注ぐ。 

 ギドー機が、銃剣の射程範囲内に――ギドーの攻撃も届く範囲内に――入った。 

 発砲。 

 何かを壊す音は聞こえたが、ギドーの攻撃はピケルに当たっていなかった。 

 ピケルの攻撃も、だ。 

 それどころか、この時にはもう既にピケルはギドー機を見失っていた。 

(避けられた…?) 

 そうではなかった。 

 ギドーは、自分とのぶつかり合い自体を避けたのだ。 

 何故か? 

「しまった…!まさかお父さんを…!」 

 キドーの標的はあくまでガウルだった。 

 ピケルの発砲をシールドで防ぎ、ピケルを素通りした。 

 その際にボロボロになったシールドを空蝉代わりに棄てたのだった。 

「そんな簡単にっ!」 

 自分に背を向け、シャッフルに襲いかかる敵の背中に、レールガンを全弾放った。 

 何発かがギドー機のレイダーストライカーに直撃。 

 推進剤に引火し、空中で大爆発を起こした。 

「やった…!」 

 その瞬間、確かにピケルは、勝利を確信した。 

 だが。 

 その爆煙から、撃墜されたはずの105ダガーが両手にビームサーベルを携えてシャッフルに急降下するのが見えた。 

 

 その頃には、ガウルはシャッフルと補助電源とをつなぐコードを抜き、戦闘に備えていた。

 戦闘と言っても、残った左腕に持った重斬刀でしか抵抗できない。

 あの敵――ギドーは、ピケルの攻撃が当たった瞬間、ストライカーパックを外し、それを更に身代わりにしたのだ。 

 爆煙を煙幕にし、奇襲を仕掛ける。先程ピケルが用いた技だ。 

 そして―― 

「まさか、そんな方法でシャッフルシステムを攻略するとは…!」 

 ギドーはコクピットを開放し、肉眼でシャッフルを捉えていた。 

 ロックオンが出来ないのなら、最初から頼らなければ良いということだ。 

 だがこんなことができるパイロットが、果たしてこの世界にどれほどいるだろう? 

 コンピューターの制御を一切借りず、肉眼のみで戦おうとするなど、どれほどの操縦センスがあれば出来るというのだ? 

 まして、デタラメなパワー同士がぶつかり合うMSでの戦闘中にコクピットを開放するなど、正気の沙汰ではない。自殺行為にも程がある――いや、そうではない。この男は、自分の死など、毛程にも恐れていないのだ。 

 105ダガーがシャッフルの目前に着地した。その衝撃でダガーの足元の土が盛大に舞い上がる。 

 着地時の一瞬の隙を突き、シャッフルは重斬刀をギドーに振り落ろす。 

 その重斬刀はダガーの右腕で防がれ―― 

「…!カハッ…」 

 ダガーの左手に携えられたビームサーベルが、シャッフルの胸部を貫通した。 


(第二十話  完)


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