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第19話  FORSAKEN

「お前は、誰だ?」

 ソウは突如、何処から響いてきた『声』に問い掛ける。

(今更何を言う。既に感付いておるのだろう?) 

「『アルカナ』のAIか何か、か」 

「厳密には違う…が、今はそういうことにしておこう」 

「……。なぜ今になって出てきた?」 

(代われ。今のお前に「私」を任せられない) 

「なんだと…」 

(お前の戦いには『覇気』も『覚悟』が無い。そんなに人を傷つけたくないのか?この臆病者が。 

 まったく…。いつまでもそんな無様な戦い方をしおって…。私の顔に泥を塗る気か、この馬鹿者が) 

――!…お前、一体何者…。 

――臆病者に用は無い。少し眠っていろ。 

 『声』がそう言った次の瞬間、 

「ああぁ…あああぁあ!あああああああああああああああああ!」 

 コクピット内で、ソウは胸元――ソウの『大脳』が収まっている場所を、苦しそうに両手で押さえ、うめいていた。 

 脳に激痛が走る。痛みが波のように押し寄せ、その度に目を限界まで見開き、苦痛にのた打ち回る。 

 抗う術が無い。頭に繋がっているコードを引きぬく動作もできないほど、耐えがたい苦痛だ。 

(違う…俺は…怯えてなんか…) 

 激痛によって気を失うその瞬間まで、ソウは「怯えてなんかいない」を繰り返した。   

 

 

 ソウの悲鳴とうめき声は、ヘッドホン越しにオペレーターのアルナにも聞こえていた。 

「ソウ?ソウ!どうしたの?返事して!」 

 ソウの今のひどい激痛に悶え苦しむような悲鳴は明らかに尋常ではなかった。 

 アルナは不安になった。あの子の身にいったい何が? 

 うめき声は聞こえるので死んでこそいないようだが、危険な状態なのは間違いなさそうだ。 

「ソウ!返事してよ!ソウ!」 

 次第にアルナの呼び掛けは切迫さを帯びていく。 

 しかし、ヘッドホンからはひどい雑音に混じってソウが苦しげに呟く声しか聞こえない。意識はないようだ。 

『…がう……俺…くびょう……ない』 

「え?何?よく聞こえないよ。大丈夫なの?」 

『違う……』 

「え、違う?大丈夫じゃないの?どこか怪我したの?」 

『臆病…んかじゃ…』 

 臆病…?言っている意味がよくわからない。 

「何?臆病ってなんのこと?ソウ!しっかりしてよ!ソウってば…」 

 その時、今までにない音量のノイズが聞こえ、ソウの意味不明なうめき声さえ聞こえなくなった。 

 彼女に知る術は無かったが、それはアルカナが地面に墜落した音だった。 

 

 

「思ったよりも頑張った…と、誉めるところか?」 

 地に伏したまま、微動だにしないアルカナを見て、ルーグは呟いた。 

 もはやアルカナにこれ以上の戦闘は出来そうになかった。 

 そもそもゴーグのジンのハンマーをまともに食らいながらも、まだMSとしての原型を止めていた事が既に奇跡に近いのだ。 

 この巨大ハンマー《チャルビン》は、その巨大な頭身に大量の高性能爆弾を詰め込んでいる。 

 目標物に攻撃した瞬間、それらが一斉に爆発することでおこる衝撃と高熱によって、対象物に致命的な一撃を与える兵器だ。 

 ただし、その重量ゆえ、腕部に強化改造が施されたゴーグのジンでなければ扱うことができず、持てる数も最大4発と決して多くはない。 
 だが、黒蠍のMSの兵器の中でも最強の破壊力を持つこの兵器は、その扱いにくさという欠点を補うだけの余りある力を有している。 

 例え相手が戦艦だろうが、特殊装甲を施したMSだろうが、制圧拠点の頑強な防壁だろうが、その一撃で立ち所に粉砕してしまうのだ。 
 普通のMSがこの一撃を食らえば原型すら留めずに瓦礫と化す。 

 その中でもアルカナは、《チャルビン》の一撃を食らいながらも、MSとしての原型を止めることに成功した数少ない機体のひとつとなった。 
 だが、それでも致命傷だったのは間違いないようだ。  

 左腕を盾にし、地面に目がけて急降下してチャルビンの衝撃を受け流すことで、爆風や熱風からは逃れたようだが、急降下の勢いを止めきれずに自らを地面に叩きつけてしまったようだ。 

 元々装甲自体は脆弱な機体である。普通のMSなら耐えられた衝撃でも、アルカナでは大ダメージとなっていてもおかしくない。 

 その衝撃のせいか、アルカナの全身には火花が飛び散っている。吹き飛んだ左腕からは小規模な火災も発生しているらしく、黒い煙が頼りない線を曳きながら昇っている。 

「そーね。この子もたった一人でよくやったと思うわよ」 

 ミーネもルーグに追従した。 

 彼女もまさか捕縛されたMSにあれだけの抵抗をされるとは想定してなかった。 

 抵抗の内容自体は大して注目するべきことではない。MSの性能に頼っただけの単なる力技だ。 

 だがアルカナが捕縛され、パイロットがその事に気付いた瞬間から、ハンマーが振り下ろされるまでの時間の余裕は殆ど皆無だったはずだ。
 にもかかわらず、コクピットへの直撃を避けきったその一瞬の判断力と閃きは、一人前の兵士でも易々と身につくものではない。 

 やはりアルカナのパイロットは遠からず大化けする可能性を秘めている。潰せるのは今の内だけかもしれない。 

(惜しいものだ。これほどの若者を倒さねばならないとは…) 

 ルーグは、眼前の声も知らぬパイロットに僅かな畏怖と多大な敬意を覚えた。 

 せめて最期は、苦しまずに死なせてやりたい。 

「ゴーグ、アルカナのコクピットへもう一発『チャルビン』を使え」 

『え、なんでわざわざ……いや、わかったんだな』 

 ゴーグは、《黒蠍》メンバーの中で最も、ルーグとの付き合いが長い。故に、この状況であえて『チャルビン』を使う理由がすぐにわかった。 

 ルーグの心情を察し、ゴーグは唯々諾々と従った。 

 錫杖の先端に再度、『チャルビン』――バレル状のハンマーヘッド――を装着する。 

 『チャルビン』の直撃を食らえば、例え頑丈なアバターといえど苦痛を感じる暇もなく即死するだろう。  

 

 

 アルナは、必死に呼び掛けを続けていた。 

 恐怖と不安を精一杯心の中から締めだし、ただ一心不乱にソウの返答を待った。 

「ソウ…お願い…返事をしてよ…」 

 叫び続けた疲労と返事が返ってこない恐怖で、アルナの声も次第に弱々しくなっていく。 

 その時、ヘッドホンから何かが聞こえた。 

「ソウ!?」 

 だが、聞こえてきたものは、ソウの声ではなく、アルカナの音声プログラムのようだった。 

 

 

『Emergency. 

 This unit refused to obey the present operator from lack of the present operators faculity. 

 Model battle program was started.』  

 緊急事態。 

 当機体は現操縦者の能力不足を理由に現操縦者の命令を拒否。 

 模範戦闘プログラムを起動。  

「なに、これ…」 

 音声プログラムの低い声の言葉に、アルナは言葉を失った。

 

 

 ゴーグのジンが『チャルビン』を振りかぶり、アルカナに叩きつけようとした、正にその時、 

「うぉ…?」 

「…な、なんだと?」 

 ゴーグとルーグは同時に驚嘆の声を漏らした。 

 それまで微動だにしなかったアルカナが、仰向けの状態から一瞬にして飛び上がり、残った右腕でビームサーベルを構えたのだ。 

 背部のサブスラスターを瞬間的に最大出力で噴射することで跳ね上がるように宙に浮き、脚部の補助スラスターと腰部のメインスラスターで機体バランスを調節することで、手足を使わずに戦闘態勢に持ちなおしたのだ。 

 余程の高出力、且つ精密な操作がなければ、こんな芸当は不可能だ。 

 そして…、 

「ルーグ…、こいつはやばいんだな…」 

「ああ、俺も同意見だ」 

「私もよ。…なんか気味が悪いわ」 

 ルーグ、ゴーグ、ミーネの三人――数多の戦場での修羅場を乗り越えてきたベテラン――は、この満身創痍のはずのMSに、何故かただならぬ心のざわめきを感じた。 

 何かがおかしい。ひどく不鮮明だが、信頼できる嫌な予感を三人は感じ取った。 

こいつはヤバい! 

 だが、この場で唯一、この青い機体に恐れを持たない人物がいた。 

「…!  この野郎、まだくたばってないのかよ!  とっとと死にやがれ!」 

 チック・アラルゴだ。 

 彼はまだ、他の黒蠍のメンバーと比べても圧倒的に死の恐怖の経験が少ない。 

 故に、眼前の敵MSが放つ不気味さを理解できなかった。 

「さっきはよくも踏ん付けてくれたな!こいつはそのお返しだ!」 

 コクピット内で猛りながら、若輩の戦士はバクゥを駆る。 

 レールガンを取り外して搭載した高出力ビーム砲をアルカナに向け、射程距離まで近づく。 

「よせ、チック!逃げろおおぉぉぉ!!」 

 ルーグが血相を変えて叫んだ、正にその時、 

 

 

 地 面 に 青 い 雷 撃 が 疾 っ た。

 

 

 直後、 

『ぐっ…!  かはっ…』 

 通信越しにチックの吐血する声が聞こえたかと思い、バクゥに目をやると、 

 まだバクゥとは相当の間合いをとっていたはずのアルカナが、一瞬の早業でビームサーベルの刃を深々とバクゥに突き刺していた。 

 

 

「え…」 

 チックには、自分の身に何があったのか殆ど理解することができなかった。 

「あれ、なんだ…すごく…気持ち良い…」 

 にわかに薄れゆく意識の中で体感できたのは、まるで風呂に浸かっているかのような暖かさと、強烈な睡魔、これだけがチックの知る全てだった。 

 自らの胴体に光の刄が貫通していることも、機体が爆ぜて自分の体が吹き飛んだことも、全く、わからなかった。 

 

 

 不安の予感確信へと変わった。 

 ルーグ達は、今、自分達が置かれている状況を理解し、戦慄した。 

 目標を仕留めらなかった焦りもある。 

 その目標に大切な仲間を一瞬にして殺されたショックもある。 

 目標の急な変貌への混乱もある。 

 だが彼らの心中を最も強く支配しているのは、奴と戦っても全く勝てる気がしないという恐怖だった。 

「…一瞬で完全に見失った…だと?」 

『は…疾過ぎる…だな…』 

『そんな…、まるで見えないなんて…』 

 黒蠍のメンバーは、クリフ以外は皆コーディネーター、しかもこと戦闘に於いては非常に優秀な部類のコーディネーターである。 

 当然、動対視力も、ナチュラルより遥かに優れている。 

 しかし、この場の三人の内、誰一人として今のアルカナの動きを目で追えた者はいなかった。 

 それどころか、フィルモスから受け取ったスペックカタログや今までの戦闘記録と比べても今のアルカナの動きは常軌を逸脱しているようだ。 

 動きを目で追えない相手といったいどうやって戦えというのだろうか? 

 やがて大破したバクゥの煙が晴れ、そこにただずんでいたアルカナの視線は、そのツインアイを鮮やかな真紅色に爛々と輝かせてこちらを向いていた。 

 その眼光のなんと不気味なことか…! 

「全機構え!  現行の作戦内容を破棄!これより戦闘区域からの離脱を最優先任務とする!  予定が完全に狂った!  今の俺たちでは奴に勝てない!」 

ルーグは決断した。仲間のため、これ以上の被害を出さないため、任務を途中で放棄するという屈辱に甘んじることを。 

 

 

 ルーグの離脱命令は、依然ギドーと交戦中のクリフにも聞こえていた。 

 その通信を聞いたクリフは舌打ちをしながら毒づいた。 

 「何? 離脱だと?  …フッ、『虚空のハンター』ともあろう者が、随分と逃げ腰ではないか。  …だが、そんな命令にも従わなければならないのが部下の辛いところ。 

 しかし、果たしてこの『三つ目の凶獣』は逃がしてくれるだろうか?」 

 訝しむクリフを、激昂したギドーは猛烈な勢いで攻め立てる。 

 やはりこの男は桁外れに強い。 

 一直線に、必殺の一撃を叩きこまんとする猛攻の前には、生半可な抵抗や小手先の技術など一切通じない。並の操縦者では、その勢いに恐れをなし、ろくに抵抗もできずに倒されてしまう。 

 それでも負けるとは思っていない。そもそも接近戦のスキルなら、クリフとギドーには雲泥の差があるのだ。 

 一足一刀以内の間合いであれば、相手が誰であろうと競り勝つ自信がある。 

 現に、戦闘が始まってだいぶ経った今でも、目立った損傷の無いクリフのM1とは対照的に、ギドーのダガーには致命傷には程遠いが僅かずつダメージが蓄積されている。 

 確実に主導権はクリフにあるのだ。 

 だが、その主導権もほんの僅かな実力差の上に成り立っているにすぎない。 

 一撃必殺を狙うギドーの戦闘スタイルは、そんな実力差など何かの拍子で簡単に崩してしまう。 

 結局、ほぼ互角なのだ。 

 しかも、今の切れた状態のギドーはどちらかが倒れるまで戦いを続けようとするだろう。逃走など許してくれるはずも無い。 

「ともかく、命令が出た以上はなんとか振り切らなければ…!」 

 クリフはギドーの攻撃の手が緩んだ一瞬の隙をついてダガーから離れ、剣を構え直し、ギドーの出方をうかがった。 

 ところがどうしたことか、ギドーのダガーはそのまま一切の行動を止め、視線を明後日の方向に向けた。 

 繋がりっぱなしの通信から、ギドーの声が聞こえた。 

『なんだこれ…マジかよ、やっべぇ…』 

 ぼんやりと惚けたような声だった。とてもつい先程まで興奮状態だった人間とは思えないほど、気の鈍った声だった。 

 

 

 また、あの感覚だ。

きなり全身を悪寒が襲う。

 直後、背中に気味の悪い汗がにじみ出る。 

 ギドーは、これが何をあらわすのかよく知っていた。 

 危機が迫っている。自分か、自軍の誰か、あるいはどこかに。 

 二つ名にあやかって言えば三つ目の眼が開いたのだ。 

 この一種の超能力じみた《眼》は、ギドーの意志には無関係に、重大な危機が迫ってこようとしている時に勝手に開く。自分の意志で使うことはできない。 

 充分な対策を建てられる程に先の危機を知ることもあれば、土壇場になって急に知ることもある。 

 最も土壇場と言っても、《眼》が開いた直後にすぐ対策を建てれば、なんとか切り抜けられる程度のタイミングではあるのだが。 

 この感覚は、人に説明するのがひどく難しい。 

 虫の知らせというにはあまりに具体的であり、予知というには幾分抽象的すぎる。 

 一番近い表現は閃きだろうか。 

 今、正にギドーは閃いていた。 

「くっそ、そういう事だったのか!  やっべぇ、今あれを攻められたら簡単に落とされちまう!」 

 目の前の敵を相手にしている場合ではない。 

 ギドーは、今の今まで戦っていたクリフを捨て置き、その場から大急ぎで離脱した。 

 陸路ではとても間に合わないので空中から一直線に目標を目指す。 

『逃げる…?どういうつもりですか!ギドー!』 

 クリフからの通信だ。 

 ダガーを追うように、M1がこちらに向かって飛来してくる。 

「ハァ!?逃げるだと?うるせぇぞキザ野郎!テメェの相手をしてやれる程、俺は暇じゃねえんだよ!」 

 ダガーは身を翻し、クリフのM1の進行上にあるアマゾンの大河へ、ビームライフルを数発撃ち込むと、再び目的地へ最高速度で飛び立った。 

  

 MSにすらダメージを与えるビームの高熱は、アマゾンの大量の水を一瞬にして蒸発させ、数百度もの高温の水蒸気となって、アマゾン河の真下を通過しようとしたM1に殺到した。 

「水蒸気爆発…?!」 

 高温で猛烈な勢いで襲い掛かる水蒸気にぶつかり、足を止められたのは僅か数秒だったはずだが、クリフが機体バランスを立て直した時には、既にギドーを見失っていた。 

 ルーグの撤退命令も出ている以上、最早追跡は不可能だ。 

 逃げられた。こうもあっさりと。 

 自分があれほど撤退に困っていたというのに、奴はああも簡単に…! 

 悔恨の心を込め、クリフは力任せにコクピットの壁を殴った。 

「…くっ!  こんな幕引きで誰が終わらせるものか。いつか!必ず君と決着を付ける!」 

 クリフの誓いは、今、アマゾンでの一つの戦いが終わったことを意味した。 

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