コズミックイラ65―。
宇宙に浮かぶ最新型コロニー『プラント』を拠点とするコーディネイターの組織、黄道同盟は正式な名称をZ.A.F.T.に変更し、活動を活発化させていた。
そして、その頃ザフト初の人型兵器『モビルスーツ』の試作第1号機が秘密裏にロールアウトしていた。

時代を大きく狂わせる火種が生まれようとしていた、そんな時代。
北欧の澄み渡る空の下、一人の旅人がその街に足を踏み入れた。

男の名は、マックス・ジークフリート。

実は彼のこの名は偽名だった。
いくつもの偽名を使い分ける彼なのだが、今はこのマックスという名が気に入っていた。

職業は、『自由人』である。
あてもなく、たいした生きる目的もなく気ままなその日暮らしを楽しみながら街を渡り歩いていたマックスが、次に辿り着いたのがこの北欧の辺境の街、ヴィグリードであった。

街にはたいした活気もなく、かといって寂れているわけでもない。
観光客などめったに訪れる事などない様で、街行く人は皆マックスの事をまじまじと見つめていた。

「・・・いい雰囲気の街だが、・・・人の視線がめんどくせぇなあ・・・。まあ、いいが。」

宿を取ったマックスは、早速当面の仕事を探して回った。
酒場を回り、店をたらいまわしに回った。
面倒なことではあったが、マックスは慣れていた。
いつもこうやって路銀を稼ぎ、街から街へと旅をしていたのである。

できる仕事はなんでもやった。
パン屋の売り子から、石材屋の石堀り、屋根掃除に煙突掃除、そして・・・傭兵。
普段はいい加減でだらけきった人生を送っている彼だったが、仕事中は別人のように集中した。
例えそれが、どんな仕事だろうと・・・・。

彼はコーディネイターであった事も手伝って器用だった。
どんなことでも、たいていの事はすぐに覚えこなしてしまう。
今の地上にいる限りはおおっぴらに公表する事は得策とはいえないが、『自由人』を職とするマックスにとって、コーディネイターである事は彼の生き方の大きな助けとなっていた。

「・・・本当に、なんでもするんだな。」
「ああ、できることなら何でもこなしますよ。くれるんですか? 仕事。」

駐在所の保安官はよそ者のマックスに少しばかり疑いを持ったが、傭兵経験もあるという事なので、背に腹は代えられずマックスにある仕事を依頼する事を決めた。

「ちょうどこの石畳の坂を上りきったところに小さな幼年学校があるんだが、それの警備員を探してくれと頼まれててね。」
「幼年学校に警備員が必要なのか? 」

マックスのもっともな質問に保安官もため息をついて答えた。

「最近黄道同盟の連中が名前を変えただろ? で、この辺にもそいつらの拠点があるみたいで活動が活発になってきやがったのよ。だからって、オレだっていらないと思うんだぜ? 幼年学校に警備員なんて。でもよ、ゼクファーナの奴がうるさくてなあ。」

保安官の呼んだその名前にマックスはふと何かを感じたのだろうか、もう一度その名を聞き返した。

「ゼクファーナ? 」
「ああ、そこの幼年学校の女教師だ。こいつがうるさくてね。まあ、会ってみれば分かるさ。連絡はしとくから、明日にでも行ってみるといい。やるんだろ? 」
「ああ、よろしく頼むよ。」

そういって、マックスは宿へと戻った。
ゼクファーナ・・・・不思議な響きのする名だな・・・。
偽名の青年はそう思いながら、床に就いた。

翌日の朝、マックスはその幼年学校を訪ねた。
駐在所の前の石畳の坂を上り見えてくるその校舎の門の辺りでは、二人の少年が教師らしき女性と言い合いをしているようだった。

「先生、信じてくれって! 本当に見たんだって空飛ぶヒトを! 」

銀髪のその少年は身振り手振りで一生懸命に説明していた。
説明を聞いていたその女性は、鮮やかな紫色の長い髪を両側でみつあみにしており、 その透き通るような可憐な瞳もまた、アメジストの如き深い紫。
20歳前後なのだろうか、年の割には幼く見えるその女性は銀髪の少年に口を開いた。

「リース! また嘘ばかりついて!! そんな事ばっかり言ってると悪魔に食べられちゃうぞ! 」
「・・・先生、空飛ぶヒトも嘘ですが、悪魔もいないと思われます。」

非科学的な生き物を否定しておきながら悪魔を持ち出すその女性に、もう一人の銀髪の子が意見した。どうやら、少年ではなく女の子のようである。

「ナターシャ! 嘘とか言うなよ、ホントだって? 」
「でもリースお兄ちゃん、ホントに嘘でしょ? 」
「オレの言う事信じないのかよ!! 」
「はいはいはい、そこまでにしましょ! 二人とも。それに、リース〜、『空飛ぶヒト』を見たとしてもそれが遅刻の言い訳にはならないわよ〜! 罰として、今日は放課後草むしりよ! 」
「え〜、そんなあ! ゼクファーナ先生!! 」

・・・あの子が、ゼクファーナか・・・。
マックスの瞳がその可憐な少女の姿を映していたそのとき、

「あれ、あの〜、そこのあなた! 何か御用ですか〜? 」

マックスに気付いたゼクファーナはとてもきさくに声をかけてきた。
マックスも歩み寄って答える。

「マックス・ジークフリートというものだ。この街の保安官の紹介で来たのだが。」
「あら! じゃあ、あなたが伝説のナイト、勇者ジークフリート様ね! 」

ゼクファーナのその言葉に突然登場した偉大な勇者様の名前に、けだるそうにしていたマックスは、なんのこっちゃと眉をしかめた。
そこにリースが校舎の方へ走りながらゼクファーナを冷やかす。

「なんだよ! 先生、授業サボって彼氏とデートかよぉ、ひゅう、ひゅう!! 」
「コ、コラー、リース!! お客様よ!! まったく、あ、ナターシャも教室に行ってなさい。それと、ナターシャは草むしりはいいからね。」
「はい、ありがとう! 先生。」
「あ、ずっけぇぞナターシャ! 」
「リースぅ! あなたはナターシャのお兄ちゃんみたいなもんなんだから、しっかりしなさいよぉ!! 」

無表情だった銀髪の少女はにわかに笑顔になり、リースと一緒に走って行った。
文句をいいながらもリースも笑っていた。

「・・・話を進めたいのだが、いいだろうか? 」
「え? ああ、ごめんなさい。私、ゼクファーナ・イブって言うの、よろしくね。そうそう、こっちに応接室があるから、どうぞ勇者さま! 」
「・・・・・・・。」

無言でついていった応接室というには簡素なつくりのその部屋で、マックスはまず自分の勇者説がどういったものなのかを聞いた。

「・・・オレは、保安官に傭兵も経験があるとしか言ってないのだが、一体誰がそんなことを? 」

それを聞いてゼクファーナは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに話した。

「や、やだ、私ったら、またやっちゃったみたい。」
「? 」

話はこういうものだった。
傭兵という話はゼクファーナも聞いていた。
そして、名前がマックス・ジークフリートという事を聞いたとき、ゼクファーナは北欧神話『ニーベルゲンの指輪』に登場する英雄・ジークフリートのことを連想した。
父であるジークムントがオーディーンから授かった魔法の聖剣『バルムンク』をその手に、邪龍ファーブニルを退治した伝説の勇者様・・・。

・・・・・つまり、その妄想がゼクファーナの中でマックスのキャラそのものとなっていたのである。

「・・・・・・・。すまんが、オレは勇者でもなんでも・・・ないぞ? 」
「い〜の、い〜の! 気にしないで、私いっつもそうなの! そそっかしくて・・・。」

そそっかしいで片付けるにはむしろ尊敬に値するほどのオオボケに、マックスは苦笑した。

「で、警備員と聞いているんだが。何かあったのか? 」
「最近、黄道同盟・・・・今はザフトだっけ? ・・・そのザフトが活発になってるって知ってる? 」
「ああ、保安官に聞いた。」
「だからよ。」
「・・・・え? 」

意味が分からないマックスはゼクファーナの性格を思い返した・・・まさか!

「まさか、だからこの幼年学校にスパイでも忍び込んで襲われるかもとか思ってるんじゃないだろうな? 」
「そうよ? 」
「・・・・・・・。」

マックスは初めてだった。妄想でここまで行動に移せるほどの心配性を見るのは。
そして、誇れるほどのものではないが数々の仕事をこなしてきたマックスにとってはじめての仕事の依頼であった。
妄想での仕事の依頼なんて・・・・。
しかし、・・・。

「まあ、仕事は仕事だから、やれといわれればやるけどな。本当にいいんだな。」
「やってくれるのね? 」
「ああ、校門の前で見張ってればいいんだろ? 」
「うれしい!! おねがいね! マックス。」

満面の笑みを浮かべたゼクファーナの愛くるしい笑顔に、普段感情を表にあまり出さないマックスも少し頬を赤らめた。
しかし、それはそれとして気になる質問を投げかける。

「・・・・報酬はもしかして、お前が払うのか? 」
「うん! 大丈夫よ、貯めてるんだから。花嫁貯金! 相手は、まだいないんだけどね。」
「・・・そうか、なら安心した。やるからには全力でやるからよろしくな。ゼクファーナ。」
「うん、よろしくね、マックス! 」

二人は握手を交わした。
マックスの握ったゼクファーナの手は思ったよりも小さくて、そして暖かかった。



その日から、マックスは校門の前に立ち続けた。
最初は生徒たちに逆に怖がられていたが、一人の生徒が話しかけたことをきっかけに、学校を守る勇者様のうわさは瞬く間に広まった。

「あ、さようなら勇者様! 」
「勇者のお兄ちゃん、頑張ってね。」

校門を通る生徒のほとんどから勇者様と呼ばれるようになったマックスは、本人の意図とは裏腹にたちまち人気者となった。

ある日の学校の終わり、その元凶となった生徒がマックスに話しかけてきた。

「マックス兄ちゃん! 元気!? 」

その銀髪の少年の名はリース・リシアイル。
幼年学校中等部の少年だった。
リースの後ろには、同じ銀色の髪をした少女がくっつくように歩いている。

「・・・なんだ、リースか・・・・それと・・」
「ナターシャだよ! オレの妹なんだ! 」
「私は、リースお兄ちゃんの妹じゃないです。」
「なんだよ、妹みたいなもんだろ! 」
「・・・・。」

その様子を見ていたゼクファーナが子供たちに囲まれるマックスの元にやってきた。

「こらこら、みんな早くおうちに帰りなさ〜い。マックスお兄ちゃんだって困ってるでしょう? 」

はーいと元気よく返事をする中、リースは走りながらゼクファーナに言った。

「わかったよ! 先生がマックス兄ちゃんと二人っきりで話したいんだろ!! 邪魔しないよ〜だ!! 」
「あ、まってよ。リースお兄ちゃん。」

走りながらついてゆくナターシャもまた、ゼクファーナの顔を見ながらニコニコ笑っていた。

「コ、コラ〜!! リース!! ナターシャっ!! ・・・もうっ。」

そう言うゼクファーナと目があったマックスも微笑んだ。
ゼクファーナは赤面し、あたふたとし始める。

「・・・あいつら、仲いいんだな。」
「え? 」

珍しくマックスの方から話しかけられ、ゼクファーナは驚いた。

「リースとナターシャの事さ・・・。」
「ああ、あの二人ね。うん、リースはあれでいて面倒見がいいからね。ナターシャも、大分元気になったわ・・・。」
「・・・・・『元気になった』とは? 」

ナターシャには姉がいた。
非常に優秀な姉であり、14歳にして機械工学や医学に精通する超エリートであった。
ナターシャともとても仲がよく明るい性格の少女だったという。
しかし、半年ほど前突然家を飛び出し現在は行方不明となっていた。
それからというものナターシャは学校には通ってきたものの、笑顔を失くし誰とも話そうとしなくなっていた。
そんなナターシャに熱心に話しかけてきたのが2つ年上のリースだった。
偶然にも同じ髪の色をしたナターシャの事がほうっておけなかったらしい。
今では、ナターシャもリースの事を本当の兄のように慕うようになっていた。

「・・・いろんな子がいるものだな。」
「ええ、そうよ。だから、教師は大変っ! 体力いるわ! 」

力瘤をつくるように右腕を上げたゼクファーナを見て、マックスは笑った。
そして恐らくはじめて聞くマックスの笑い声を聞いて、ゼクファーナもまた笑った。

実に平穏な一日だった。



マックスがヴィグリードの街に来てから、既に4ヶ月が経っていた。
校門の側には今や守衛室が建てられている。

生徒の両親達が、人気の勇者様の警備員の噂を聞きつけ有志を募って建ててくれたのである。
簡素なプレハブ小屋であったが、正直マックスにもありがたかった。
しかし、雨の日はそれを使わせてもらったが、晴れている日は面倒だと言いながらも外に立った。
それは、マックスの仕事のプロとしてのこだわりだった。

それにしても、4ヶ月もひとところに滞在したのはマックスにとっても初めての事だった。
今まで最長でドイツのとある町に1ヶ月半。
その時はボブ・ザッパーと名乗っていたが、それはビールとウインナーがあまりにうまかったからという単純な理由であった。

今までマックスがひとところに長く滞在しなかった理由―。
それは、面倒な事があったからである。

人とのつきあいや、つながり。
これを維持したり、つくったりする事がマックスは苦手であった。
だから、それなりの人との接し方をするし、すぐに別の街に旅にでる。
それが、マックスにとって楽だったのである。
しかし、・・・。

あの紫の髪のゼクファーナという女性とは話をしたときから、いや目が合ったその時から不思議な感じがしたのだった。
実際始めて会うはずなのに、以前からどこかであっていたような、そんな因縁めいた不思議な感覚。

それが、マックスにはなぜか心地よかった。
心を開くのに時間がかかるはずのマックスに対して子供達がすぐになついたのも恐らくゼクファーナがいたから・・・。

「・・・なんなんだろうな、この面倒くさい気持ちは・・・・。まあ、悪くはないか・・・。」
「マックス! 」

校門の前で空を見上げるマックスに例の紫の女性が話しかけてきた。
傍らにはナターシャの姿がある。

「・・・どうした? ゼクファーナ、ナターシャ。」
「実は、午後から体育の授業があるんだけど、ナターシャ体操着を忘れてしまったのよ。だからこのお昼休みに取りに行かせようと思うんだけど、マックス一緒に行ってあげてくれない? 」
「構わないが・・・・ここはいいのか? 」
「うん。ここはしばらく私が見てるわ。お弁当食べながら。」

そういうとゼクファーナは桃色の布巾に包まれた小さなお弁当箱をうらやましいだろといわんばかりにマックスに見せた。

「そうだ! 今度、マックスにも作ってあげるよ! でも、今日はせっかくだから外で食べてきたら? 」
「そうだな、ナターシャの送り迎えをしたらそうするよ。じゃ、いくかナターシャ。」
「はい、マックスさん。」

そういうとマックスはナターシャと手をつなぎ校門を後にした。

「気をつけてねー!! 」

背後で元気に手を振るゼクファーナに、マックスも軽く手を振って答えた。

「うん! 明日はマックスにもお弁当つくってあげよ! 久しぶりに腕がなるわ〜! ・・・さ〜てと、それはさておき、お昼ご飯食べましょ! 」

ゼクファーナは鼻歌交じりに守衛室に入っていった。



ヴィグリードの空は今日も晴れ渡っていた。
しかし、そこには誰もまだ見たことのない物体が飛んでいた。
あたかも人間の形を模した鉄の塊である『ソレ』は大空をゆっくりと飛行している。

「もうっ! こんな飛行スピードじゃお話にならないわねぇ! やんなっちゃうわ! 」

その空飛ぶ鉄人形のコクピットの中で、その『男』はぼやいた。
男の名は、オーズ・ベルダンディ。
ザフト北欧方面軍『オーラル』の特殊工作員であり、栄えあるモビルスーツパイロット一号であった。
性格にはこの通り多少の難はあるが、こなす仕事の一流さから、今回この初のモビルスーツの地上運用飛行テストを任されていた。
モビルスーツの名は、アインスという。
このジンへと続く「一号機」の名を冠する鉄人形は、いつものようにヒステリーを起こし始めた女言葉を使う奇妙なこの男をのせ、ヴィグリード近辺の空域を飛行していた。
そう、いつもの事のはずだったのだが・・・・。

「はあ、今日でもう4日目よ? 毎日こんなにのろくさのろくさとただバカみたいに飛んでるだけだなんて!! あー、もうあきたのよ!! 飛べねぇなんとかはただの・・・っていうけどさ、ただ単に飛んでるだけのオカマなんて一体何なのさ!! 」

オーズはいらいらしていた。元々忍耐強い方ではないこの男が4日も連続で単純な仕事をこなし続けるのは苦痛であった。
彼が、ザフトに志願したその理由もそこにある。
彼が、求めていたのは毎日の刺激。そして、戦争を単なる刺激の一環として捉えるこの男の心は、非常に危険であり残酷だった。

オーズの欲求不満は既に限界に達していた。
そして、オーズの中に潜む悪魔が遠慮する事もなく顔を出す。

「・・・・ヤッちゃおうかしら。うふふふふふ・・・。」

アインスのカメラアイが怪しく光り、獲物を求めて滑空する。
標的は・・・・・・見つけた。

「あの、平和そうなへんぴな街・・・・ヴィグリードといったかしら? うふふふふ、まあ街一個消しちゃえば問題ないわよね? 」

悪魔オーズの駆る鉄人形は手にもつバズーカランチャーを構えた。


「・・・あれ? あ! あの『空飛ぶヒト』だ!! 」
「あ・・・リース!どこ行くんだよぉ! 」

リースはそういうとお弁当の手を止めて教室を一目散に抜け出した。
校舎の裏手に周り、リースは空を見上げた。

「すっげぇ!! 何なんだろう? アレ! そうだ、マックス兄ちゃんに教えてやろう! 」

振り返り、校門の方へリースが駆け出したその時であった。

「うふふふふふ、イクわよぉ、ポチッとな。」

モビルスーツ・アインスのバズーカランチャーが火を噴き、その砲弾は・・・・・。

・・・・・その幼年学校の校舎に直撃した。

ものすごい轟音が響き、爆風が辺りをなぎ倒す。

「あ、ああぁ〜・・・・・気持ちいい〜、か・い・か・ん! 」

ゾクゾクと体を振るわせながらオーズは次々にヴィグリードの街を焼き払ってゆく。
吹き飛ぶ石造りの街並み、逃げ惑う人々、立ち上る業火。
そのどれもがオーズの破壊欲を刺激し、絶頂に達しようとしていた。

「やっぱり、兵器は兵器として使わなくちゃねぇ! ああ、いいわ! 良すぎてイッちゃいそう! 」

アインスは全てを焼き尽くそうとしていた。
そう、目撃者すらもいなかったかのように。

ドォォォン!!

轟音の中、丘の上に一際大きな炎が上がるのをマックスとナターシャは見ていた。

「あ、あれはもしかして・・・・学校? マ、マックスさん!! 」

涙ぐむナターシャの頭を軽くなで、マックスは言った。

「大丈夫だ、ナターシャ。オレが見てくる。このまま坂を下ってまっすぐ行けば、街の外に出れる。ナターシャはひとまずそこまで逃げるんだ。できるな。」
「でも、私も! 」

ツーリングでもしていたのか、乗り捨てられた何台かのバイクの内の一台のエンジンを、マックスは無理やり線をつないでかけた。

「ダメだ! ナターシャ、いい子だからいうことを聞いてくれ! 先生達は必ずオレが助けるから! わかったな! 」
「マ、マックスさーん!! 」

そう言い残すとマックスはバイクを疾走させて来た道を戻った。
・・・・ゼクファーナ! ・・頼む。どうか、どうか無事でいてくれ!!
祈るような気持ちでスロットルを全開にし、マックスは駆けた。

取り残されたナターシャは大声を上げて泣いていた。
・・・リースお兄ちゃんが・・・・ゼクファーナ先生が・・・みんなが・・・
そのとき、マックスが乗って行ったバイクの内の一台がナターシャの目に入った。

「・・・・私に、乗れって言うの? 」

ナターシャはおもむろに近づき、そのバイクを起こそうとするがもちろん11歳のナターシャの力では起き上がらない、と思ったのだが・・・。

空襲の振動によってまるで、バイクが意思を持ったかのように立って止まった。
運良くそれには鍵がかけられたままになっており、ナターシャは見よう見まねで一生懸命によじ登りその鍵を回しエンジンを入れた。

ヴゥゥゥ・・・ン!!

初めての感覚だった。
周囲の雑音が消えてゆき、まるで世界にはナターシャとそのバイクの2『人』だけになったかのような・・・そんなシンクロ感。

「・・・行きましょう。あなたが来てくれれば、私も・・・! 」

ナターシャのその声にこたえるかのようにバイクのエンジンは唸りを上げ、ナターシャも風のように来た道を駆けていった。


「ゼクファーナ!! 」

バイクから飛び降りるようにして校門をくぐったマックスが見たものは・・・。

紅蓮の炎が燃え盛る校舎とその校庭に立ち、大きなバケツに入った水を被る一人の女性の姿―。

「ゼクファーナ!! 何をしているんだ。」

駆け寄るマックスに気付いたゼクファーナが振り向く。

「何って、子供達を助けるのよ! 当たり前じゃない! 」
「あの火の海に今から入っても、もう間に合わない事くらい分かるだろう? さあ、逃げよう! 」

マックスは彼女の濡れた手を引くが、ゼクファーナは動こうとしなかった。
炎の校舎を背に、ゼクファーナはマックスに聞いた。

「・・・・ねぇ、マックス。人は、何のために生きるんだと思う? 」
「・・・なんのためって、・・・い、今はそんな事より・・! 」
「私ね、思うの・・・・・・。」

マックスは何故かそのゼクファーナの言葉を待ってしまった。

「・・・人はね、その『答え』を探すために、生きてるんじゃないかなって。」
「ゼ、ゼクファーナ? 」

次の瞬間、ゼクファーナはマックスに近づいてありったけの背伸びをし、そっと口付けをした。

「・・・私、キスするのはじめてなんだよ。ありがたいと思いなさい? ・・・・私、マックスに会えて、本当に・・・・。」
「・・ゼク・・!! 」

一瞬呆然としたマックスをゼクファーナは両腕で突き倒した。
そして、言った。

「・・・あの中に、私の『答え』があるの・・・・! 」

紫色のその可憐な少女は走った。
彼女の大切なものが待つ、その紅蓮の校舎の中に・・・。
そして、校舎内の火気に引火したのだろう。
程なくして・・・・・・轟音。

ドォォォォォォォォン!!!

「おい・・・なんで・・・どう・・・し・・て・・・・・。」

青年は立ち尽くした。
両目からとめどなく零れ落ちるその涙にすら気付かないほどに、立ち尽くした。
そして・・・・・叫んだ。

「ゼクファーナァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!! 」

その時、空を裂く音が校舎の炎を煽った。

空を睨みつけるマックスの瞳に映ったものは、人型の鉄人形と一機の黒と青の戦闘機だった。
そして、別の垂直離着陸が出来る連合の最新型戦闘機が校庭に降りてきた。

「大丈夫ですか!? あなた。」

その連合軍の仕官らしき男は戦闘機から降りてマックスに駆け寄った。
マックスはその緑髪の男の胸倉を掴み、言った。

「一体どうなってるんだ!!! 何が起こった!!! 」
「お、落ち着いてください。・・・私達にも何がなんだかなんですよ。ただ・・・。」
「・・ただ? 」

マックスは掴んでいた胸倉を離した。

「ただ、分かるのは正体不明の人型兵器が街を破壊して回ってるって事です。今我々も戦闘機で応戦中ですが・・・・。」
「人型兵器・・・!? ・・・さっきの空にいた・・あれか! 」

その時マックスのところへ、一台のバイクが駆けつける。

「マックスさん! ・・・校舎が、みんなが・・・・うそ・・・・・!! 」
「ナ・・ナター・・シャ? どうして・・・。」
「いや、いや、いやよぉ!! せんせぇ! リースお兄ちゃん!! 」

バイクから降り、校舎の中に入ろうとするナターシャをマックスは抱きしめるように止めた。
「放して、放してよぉー!!! いやあぁぁぁぁぁぁ!!! ・・・!? 」

泣き叫ぶナターシャの頬に何か熱いものが落ちてきた。

「すまない、すまない、ナターシャァ。オレは、オレは守る事・・・できなかった・・・。何が、何が勇者様だ・・・・何が・・・!! 」

大粒の涙がマックスの頬を伝い、ナターシャにその悲しみと悔しさを伝えていた。

「マックス・・・さん。」

そして、マックスは決意したように立ち上がり、連合の士官に話しかける。

「あんた、名前は? 」
「・・・シャクス・ラジエルと言います。」
「そうか、シャクス。悪いが、ナターシャを頼む。・・・・あと、アレ借りるぞ!! 」
「・・! ちょ・・・待ちなさい! あなた!! 」

シャクスが止める事も出来ないくらい疾風の如くマックスはその戦闘機にかけ乗った。
そして、急速浮上し始める。

「・・・あの鉄人形だけは許さん・・・。絶対に!! 」

マックスを乗せたその最新型の戦闘機は空を駆けた。
取り残されたシャクスは、その場にへたり込み校舎の炎を真剣に見詰めるその少女に声をかけた。

「・・・申し訳ありません。私達がもう少し早く来れていたら・・・・。」
「・・・・・・・。」

シャクスも自分の言った言葉が、気休めにもならない事くらい分かっていた。
そして彼女の横に付き、ただその炎を一緒に目に焼きつけた。


「ちぃ、なんなんだよ、あの鉄人形! 最高速はたいした事ないのに小回りがききやがる・・・簡単にはいかないか! 」

その頃ヴィグリードの西の空では『カリフォルニアの黒い風』の戦闘機がモビルスーツという未知なる相手に苦戦を強いられていた。

「うふふふふふ!!! 音速で攻撃を仕掛けてくるなんて、さすがは『黒い風』。と、言いたいとこだけどねぇ? 私は、もう見切っちゃったわぁ!! 」

そうなのであった。
マクノール直伝のアモンの音速戦法を、なんとオーズは初見で回避していたのだった。
だてに初のモビルスーツパイロットとして選ばれたというわけではなくその戦闘センスの高さが伺える。

「ああ、初戦で『黒い風』を食べられちゃうなんて・・・ああ。おいしすぎるわぁ。イッちゃいそう・・・。」
「くそー! もう一度だ!! 何度でもやってやるさ!! 」
「次が最期よ。『黒い風』! 」

アモンの音速が鉄の悪魔アインスに迫る。
そして、・・・・・完全に見切られた黒と青の戦闘機にバズーカランチャーが向けられる。
それは、この二人でないと捉える事はおろか感じる事はできないほどの刹那の一瞬。

いや、もう一人その刹那の瞬間を逃さなかった者がいた。

「落ちろ!!!! バケモノ!!!! 」

マックスの放った2基のミサイルは、完全に『黒い風』を仕留めて絶頂に酔いしれようとしていたオーズの隙を見事につき、アインスの右腕をバズーカランチャーごと破壊し、左足をも吹き飛ばした。

「お、おのれ、もう一機いたのねぇぇぇぇ!! 殺してやるわ! 」

その時だった。
アインスのコクピットに通信が入ったのは。

『・・・オーズ! 何をしているんだ貴様・・。勝手な事ばかりしおって!! さっさと戻って来い!! 』
「バカな事をお言いでないよ! ライル!! まだまだ、これから・・・。」
『なら、残念だが遠隔操作でそのアインスごと爆破する。万が一にもそのモビルスーツを回収されるわけにはいかんのでね。そんな事をすればさすがの私も首が飛ぶ。』
「きぃ〜〜〜〜〜〜〜、仕方ないわね。覚えてなさいよ『黒い風』、それと・・・もうっ!! 」

アインスはフライトユニットを全開にしてその領空を離脱した。

「待てぇ!! 逃がすとでも・・・!! 」
『えー、なんだ。こちら、黒と青の戦闘機のパイロットだ。あんた、シャクスじゃないだろう? 』

アモンからの通信に無言で答え、マックスはアインスを追おうとするが、

『追っても追いきれないぜ? オレもお前の機体ももうエネルギー残量が少ない。このまま追えばどこかで墜落が落ちだ。やめておけ。・・・何があったかはこの街見ればなんとなくは分かる。だが、・・・あんたは守ったんだぜ? この街を・・・。』
「・・・・・違う! 」
『? 』

マックスは声を振り絞って答えた。

「オレが、・・・オレが一番守りたかったのは・・・・・・・・。」

日の暮れゆく北欧の空は太陽と街の炎で2重に焦がされ、そこに飛ぶ2機の戦闘機の姿は、とても悲しく見えた。




後に『ヴィグリードの悲劇』と呼ばれるこの一連の襲撃事件は、国家間の関係をいたずらに崩したくないという地球連合とザフト双方の思惑により、その詳細は伏せられる事となった。
しかし、この事件をきっかけとしてブルーコスモスのテロ活動は活発化し、連合軍も敵の新型兵器の確認に奔走し、迷走の時代へと突入してゆく。


1年後、ナターシャは一枚の紙切れと大きなドラムバッグを手に、一人の男の下へ押しかけた。その男は、その連絡先の書かれた紙切れを渡した張本人であった。

「本当に、軍に入るというのですね。」
「はい、シャクスさん。私は、もうイヤだから。大切な人達が・・・・たくさん死んでゆくのを黙って見ているだけなのは・・・。」

決意を胸に秘めたナターシャの肩に、シャクスは手を置き答えた。

「いいでしょう。しばらくは技術仕官見習いとして私がみっちり仕込んであげます。今日から、私のことは『先生』と呼びなさい、ナターシャ。」
「・・・先生・・・。」
「ん、どうかしましたか? 」
「・・・いいえ、よろしくお願いします。先生。」

そういうと、ナターシャは空を見上げた。

この果てなく続く空の下、どこかの街で今も旅をしているであろうあの人のことを想って・・・。
そう、先生が・・・ゼクファーナが愛したあの、勇者様の事を・・・・・・。


機動戦士ガンダムSEED DOUBLE FACE ASTRAY VIGRID―北の国のゼクファーナ―
             〜Fin.〜


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