〜第26章 風の叫び、月の叫び〜

「母さん・・・だって!? 」

コウの叫びに、答えたのはディノのナビゲーターであった。

『久しぶりね、コウ。元気そうで何よりよ。』
「・・・か、母さん! 」
『アリア・クシナダか!? そんなバカな! 』

コウだけでなく、ナビゲーターのアモンも驚愕した。
それもそのはず、元々このMIHASHIRAシステムに蓄積されているデータは、エースパイロットの経験・知識・記憶。
そのため、『カリフォルニアの黒い風』と呼ばれたアモンの記憶があるのは当然のことだ。
しかし、アリアは・・・?

「何を驚いているんだい? 母さんはこのシステムの開発者の一人。その記憶が埋め込まれていても、何の不思議もないさ。」
『ディノの言う通りよ、コウ。残念だわ。母さん、あなたはもっと利口な子だと思っていたのに。スサノオに乗って、私たちと苦しめるなんて・・・・・・所詮は欠陥品ね。』
「か・・・・母・・・さん。」

アリアの衝撃の言葉に、コウはうちのめされる。

「あはははは!! これで分かったかい? あんたが愚かだって事が! そんな出来損ないは、ボクと母さんの力で!! いいよね、母さん! 」
『ええ、完璧なあなたさえいれば、『アレ』は要らないわ。・・・始末してしまいなさい。』
「あはははははは!! 行くぞ、コウ!! 」

ツクヨミの着物の袖のように広がった両腕の発射口から、48ミリ超重力圧射砲≪ツキノイシ≫が放たれた。
超重力によって圧射されたその小さな弾丸は、その速度を増しながら空を裂く。
小さい弾ながら、その威力は例えるなら宇宙(ソラ)から振る隕石のように強力な破壊力を持っている。

『コウ! しっかりしろ!! 今は戦う事だけに集中するんだ! ナターシャがどうなってもいいのか!! 』
「!! ・・はい、すみません! 」

アモンの口からでたナターシャの名にコウは我を取り戻し、≪ツキノイシ≫を何とか回避する。

『ヒエ〜〜〜、あんなの食らったら実体弾衝撃緩和盾の『ヘツカガミ』でも簡単に貫通するな! 』
「・・ディノ、母さん。本気だって事だな!! ・・・なら!! 」

9.98 m対 PS 超高熱空斬剣≪ツムハノタチ≫を抜き、スサノオはツクヨミの元へと駆ける。

「そんなにオレが憎いなら・・・・オレを殺せるものなら、やってみろぉぉ!!! 」

悲しみの光をたたえながら≪ツムハノタチ≫を弟に振り下ろすコウ。
ディノも残った1本の11.14メートル級シャムシール型重力刀≪ミカヅキ≫でそれを受け止める。

ジュゥゥゥ! メキメキメキィ!!

高熱の刃と超重力の刃が激突し、互いの武器が軋み始める。

「コオォォォ!!!! この・・・できそこないのくせにぃぃ!!!! 」
「ディノォォォ! オレだって、好きでそんな生まれ方したわけじゃないさ! 」
「ふ、ふざけるなぁ!! 今まで安穏と生きてきといて、出生の真実を知っただけで吼えるって言うのか!!! 」

ツクヨミの体から試作型反重力フィールド発生装置≪ヤタノカガミ≫が展開され、スサノオははるか彼方に弾き飛ばされる。
そして、スサノオに体勢を立て直される前にツクヨミは≪ツキノイシ≫を狙い撃った。

「うわあああああああ!!! 」
『コウ! くそ、止むを得ない。アレをやるぞ、覚悟しろ!! 』

キィィィィ・・・ン!

漆黒の種が、コウの青い瞳にはじける。

スサノオはその回避不可能と思われた体勢から飛翔して1発の≪ツキノイシ≫を回避し、もう1発を≪ツムハノタチ≫を振りかざしてその切っ先で捉え、なんと一刀両断した。
しかし、たまらず≪ツムハノタチ≫の切っ先も砕け散る。

「なんだ!? コウのヤツ、急に動きが・・・!? 」
『・・なるほどね。アモン・サタナキア。彼のSEEDの力を使ったんだわ。』
「SEED? 」

「おおおおおおおお!!! 」
『コ、コウ、落ち着け! 』

アモンの声は届かず、スサノオは音速に近いと感じるほどの速度で空を駆ける。

「な・・・早・・。」

ツクヨミもその驚異的なコウの殺意に≪ヤタノカガミ≫を発動させるが、既にその時は左肩を斬りつけられた後だった。
しかし、思いのほか傷は浅い。
コウの逆上する感情が、狙いを逸らしてしまったのである。
それでも、スサノオの恐ろしいまでの神速にディノは戦慄を覚えた。

「な、なんなんだ!! アレは!! こうなったら戦闘情報ジャミングシステム『ツキノミチカケ』を発動させて・・・。」
『止めなさい。コウには無駄よ。・・・それに、あの欠陥品にできて、あなたにできないなんて事があると思う? 』
「え・・・? 」
『あなたにも与えてあげるわ。それでコウを・・・・殺しなさい! 』

キィィィィ・・・ン!

ディノの瞳にも漆黒の種がはじける。
それは、コウと同じくアモンのSEED。

「あははははは!! この力・・・・これならやれるぞぉぉ!!! 」

ツクヨミも空を翔る。
常軌を逸した力を得た風と月の神が、空中で交錯する。
≪ツムハノタチ≫が月の神の右足を焼き斬り、≪ミカヅキ≫が風の神の左腕を潰し斬る。

「ディノォォォ!!!! 」
「コオォォォォ!!!! 」

『待て!! 落ち着くんだ、コウ!! 』
『そうよ、それでいいの。・・・・・・いい子達ね。』

2人のナビゲーターのそれぞれの思いも今の2人の兄弟にはもはや関係なかった。
ただ、互いを憎み、殺し合うコウとディノ。
その青い瞳にそれぞれ映すものは別々のものであるが、同様に悲しき想い。

全力を振り絞る互いの一撃が空中で激突し、周囲に衝撃波が走る!!!
互いの刃が唸りと悲鳴を上げるが、一歩も引かない両者!

『このままでは、2機ともヤバイ事になるぞ!! コウ!!! 』
『そうよ、殺しなさい! 欠陥品を始末するのよ!!! 』

『もう、やめて下さい!! 』

一人の少女の声に、2機の神は動きを止める。

北欧のドレスに身を包んだその銀髪の少女は、母校のあったオーラルの洋館の南端に建つ塔の頂上から拡声器を使ってあらんばかりの声をあげる。

『コウさんも、ディノも! もう殺し合いはやめて!! たった2人の兄弟でしょう!!? 』
「ナ・・・・ナターシャ。」

オレは・・・・弟を・・・・殺そうと?
やっと我に返るコウ。
そして、ディノはスサノオを蹴り飛ばして咆哮する。

「兄弟だと!!! ボクとあいつが!? ふざけるなよ、ナターシャ・メディール!! 君は全てを知ったはずだろう!! 」
『それでも、あなたとコウさんは兄弟です!!! ・・・・・例えあなたが、・・・コウさんのクローンだとしても!!! 』

「!!!!!!!!!! 」

コウの心は真っ白になる。
ディノが・・・・オレの、クローン?
そして、ナターシャは続ける。

「確かに、あなたは今までつらい思いをしてきたんでしょう。・・・MIHASHIRAシステムの運用を担当して、体だってボロボロになるまで・・。辛かった・・・でしょう・・・? 」

バカな・・・あの女・・・なぜ?
ディノはナターシャの顔を見て驚いた。
そう、ナターシャは泣いていた。
・・・ボクの・・・ために?

ナターシャは続ける。

「それでも、コウさんは知らなかったんです。そして、知ればきっとあなたを助けようとしたはずよ! だって、無愛想だけど面白い・・・・大切な弟だって、話してたもの!!! 」

「な・・・・・なに・・を。」
「ナターシャ・・・。」

ディノはやり場のない想いに混乱し、コウは思い出す。
幼い頃、プラントで1年ちょっとの間だけ一緒に過ごした弟の事を・・・・。

そのナターシャの想いを崩すように、アリアの声がディノに耳打ちする。

『ディノ。あの女は私たちをたぶらかし、消そうとしているのよ。・・・消される前に、消しなさい。』
「か、母さん。でも。」
『ディノは、母さんの事が嫌いになってしまったの? ・・・あの女に壊されてもいいというのね・・・。』
「ち、違うさ!! でも、あの女は!!! ・・・・・・ボクのために・・・・泣いて。殺す必要なんか・・」
『そう、あなたは騙されているのよ。なら、私が眼を覚ましてあげる。』

そういうと、ツクヨミのカメラアイが赤く輝き、11.14メートル級シャムシール型重力刀≪ミカヅキ≫を投げつける。

重力を帯びた月の刃はその銀髪の少女のいる塔を目指し、空を切る。

「アモンさん!! 加速を! 」
『ダメだ! 間に合わない! ナターシャ、逃げろ!! 』
「母さん!!! なんで!!? 」

コウ、アモン、ディノがそれぞれに叫ぶのも空しく月の刃が突き刺さる。

「きゃああああああ!!! 」

ナターシャの悲鳴の声。
それは、断末魔ではなく目の前を飛ぶジンに向けられたものであった。
グゥルで飛翔するその通常カラーのジン・アサルトシュラウドは、ナターシャの前に 立ちふさがり身を挺してその月の刃を見事に受け止めた。
しかし、その超重量の刃はあまりに深く突き刺さり・・・・・。

「ク・・・・クロウリーさん!!!! 」
「「『え!!? 』」」

ナターシャの悲鳴に、コウ、ディノ、アモンは驚愕する。

火花散るそのジンから外部マイクでその声が響き渡る。

『・・・ええんじゃよ、ナターシャ。これで、・・・ええ。すまなかったな。』
「そ、そんな!! 」

そして、クロウリーは上空を飛ぶ二人に最後の言葉を投げかける。

『ディノ・・・仕事の方は、ちょちょいとしといてやったわい。じゃが、・・おまえはこのままでは本当に身を滅ぼす事になる。・・・ようく、考えておくれ。』
「な、なにを・・バカじゃないか! あんたはぁ!! 」
『そうじゃな・・・バカじゃった。それと、おまえのMIHASHIRAシステムは・・・もう使うな。よいな! 』
「お・・・おい!!! どういう意味さ!!? 」

ディノは叫ぶ。
クロウリーは微笑み、そしてコウに言う。

『コウ、ディノを頼むぞ。それと・・・・・パナマにおるといったお前と同じ運命の子の名じゃが・・・・ロイド、という。』
「・・・ロイド。」
『・・・・そう、ロイド・エスコールじゃ。あの子はその事を知らんが、強く生きておる。一度会って見るがよかろう。』

ジンの機体から爆炎があがりはじめる。

『ワシはのう・・・・・お前達、運命の子らのことを本当の孫のように思っとったよ。・・・すまなかった。そして、達者での。』

ドォォォォン!!

轟音と共に一人の科学者の想いが、そこに終えた。

「「クロウリーさぁぁぁん!!! 」」
「ク・・・・クロウリーおじいちゃーーーん!!! 」

3人の叫びが北欧の空に響く。
そして、

『何をしているの? ディノ。今がチャンスよ、スサノオを!! 』
「え・・・・母・・さん!? 」

アリアのその言葉は冷たく、ディノは動揺した。

『・・・ディノ。辛いでしょうけど、アレを討たなければ私達は生きられないのよ? そうしたら、『ドクター・オセ』にも申し訳ないでしょう? 』
「え・・・今、なんて・・・。」
「ディノ!! そいつは母さんじゃない!! 騙されるな!! 」

ディノが開きっぱなしだった通信を傍受していたコウが叫ぶ。

「オレ達の母さんが・・・そんな事を言うと思うのか!! クロウリーさんが死んで! そんな事を!! 」
『そうだ、ディノ!!さっきも言ったが、 大体システムにエースパイロット以外の記憶が入っているなんて事はないはずだ!! スサノオのMIHASHIRAシステムには少なくともそんなデータはないし、追加するにも、まず必要ないだろう! そんなもの!! 』
『騙されちゃダメよ! ディノ! 私のためにアレを殺しなさい!! 』

コウとアモン、そして最愛の母の叫びに、ディノはますます動揺する。

「ボ、ボクは・・・ボクはぁぁぁぁ!! 」
『ディノ! もうやめよう? 』

ナターシャが拡声器で叫ぶ。

『もう、もうこれ以上ヒトが死んでゆくのは・・・たくさんよ!! コウさんだって、・・・・あなただって!! 』
「・・・ナターシャ・・・・・メディール・・・。」

ナターシャの声にディノの心が落ち着きを取り戻し始める。

『あの小娘、さっきからディノをたぶらかして・・・! 』

再びツクヨミのカメラアイが赤く輝き、両腕の48ミリ超重力圧射砲≪ツキノイシ≫をナターシャに向ける。

「ディノ、や・・やめろぉぉぉぉ!!! 」

コウの叫びは届かなかった。
発射された≪ツキノイシ≫は、・・・・ツクヨミの両腕を粉砕していた。
とっさにMIHASHIRAシステムの電源をオフにしたディノが、自らの意思で両腕を向け合ってナターシャへの被弾を防いだのであった。

「おおお・・げぇぇぇぇ!!! がっ・・・はああ!! 」
「大丈夫か! ディノ!? 」
『ダブルフェイスを切ったな、あいつ! 』

突然の吐き気に血の混じる嘔吐物を吐くディノ。
それは、命を削った代償。
激しい吐き気と頭痛が、ディノを襲う。
しかし、その身を押して、ディノはナターシャの元へと飛び話しかける。

「キミと、ク、クロウリーに・・免じて、今日は引く。・・・後は、す、好きに・・するがいい。」
「! ディノ、あなた・・・大丈夫なの!? 」
「! ・・・フフフ、キミは・・本当に変わっているな・・・うぐ!! 」
「・・・私も乗せて! 」

ナターシャの突然の言葉に、ディノだけでなくコウ達も驚いた。

「先生に・・・シャクス先生に会わせてくれる約束でしょう? 連れて行って! 」
「だ、だが・・・キミは・・・。」
「いいから! 開けて!! 」

何故開けてしまったのだろう。
開いたツクヨミのコクピットに心配そうな表情を浮かべる銀髪の天使が舞い降りた。
ディノの頭痛と吐き気が、それだけで何故か和らいだ。

「・・・やっぱり、吐いてましたね。臭いです。」
「・・・フン、なら降りろ。」
「・・・慣れてます。コウさんもそうでしたし。その時掃除したの、私ですから。」
「・・・はあ、キミには見られたくないところばかり見られるな・・・。全く。」
「それは、あなたが悪いんです。・・・それより、通信をつないでくれますか? 」
『いや、聞こえてるよ、ナターシャ。・・・本当に行くのかい? それに、シャクスさんが生きているって本当? 』
「ええ、コウさん。行って、確かめてきます。だから、心配しないでって、みんなに伝えて下さい。」

ナターシャの強い決意にコウは言葉を返した。

『わかった。・・・ディノ、ナターシャを、頼むよ。』
「フン。あんたにそんな事を言われる筋合いはないさ。・・・カルラ達も撤退したし、この勝負ひとまずボクらの負けだ。・・・この街は、好きにするがいいさ。」
『ああ、そうさせてもらうよ。・・・・・それと、ディノ。』
「まだ・・何か!? 」

コウは一息おいてからこう言った。

「オレは・・・・気づいてやる事すら出来ずに・・・・・・・本当に、すまない。」
「・・・・・・・・。行くよ。」

コウの言葉に無言を返し、ディノはナターシャと共にツクヨミを駆り、空へと消えていった。



「な・・・撤退だと!? ディノのヤツ一体何をやっている!! ・・MSパイロットは全員退避・・・オーズは・・・戦死だとぉ!!? くっ・・・・・。」

ツクヨミから送られた通信文に記されたオーラル軍の予想外の戦況と被害に、ライルは歯軋りをする。

「ちぃ!! ヴァーチューも撤退する! 全速でこの戦域を離脱!! 後方警戒を怠るな!! 」

真紅のスローン級2番艦ヴァーチューは、威嚇射撃をしながら反転してその場を後にした。
感情に任せず有利な時に責め、不利な時は引く。
ライルが若くしてザフトの一軍を任されているのは、そういう状況判断にたけた優れた軍人だったからであった。

「・・・フン。ヴィグリードはくれてやる。しかし、この醜態の落とし前として、ディノからもう少し搾り取れるな・・・・。新型のMSと兵器を・・・ククク。」

ライルのしたたかな笑いがヴァーチューのブリッジに響いた。

スローンのブリッジでは、その状況に歓喜の声が上がる

「か、艦長! 敵艦、撤退してゆきます!! 勝った!!! 」
シュンが叫び、

「やったーっ!! やりましたぁ、マナさん!! 」
サユが喜び、

「ええ。損傷もあるけど、初の対艦戦にしては大金星ね。」
マナも大きく息をつきながら笑い、

「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、終わったんですねぇ。死ぬかと思ったぁ。」
ユガがその場にへたり込む。

同じ空の下、それぞれの思いを胸にこの戦いは終結した。
そう、この戦いは解放軍が勝利したのだった。
一人の勇敢なる科学者の命と引き換えに・・・。



その戦いから、既に2週間が過ぎていた。
損壊したMSをスローンとパワァに積み込み、一同は疲弊しきった体を押してなんとか北欧基地に辿り着いていた。

報告のためにガルム、リース、フィリス、マヒルも一緒に向かい、その2日後に合流した北欧基地新統括であるバルバトスと会ってから、パワァに乗ってレジスタンスベースへと帰還していった。
その際、損壊したMSの修理費を支払うと言ったバルバトスに対し、ガルムは傷だらけの顔をかきながら「いらねぇさ。・・ケリ付けられただけでも、あんた達には感謝しているんだ。」と言い放った。
仕方なく、輸送艦パワァを譲ると言う事で、バルバトスも手を打った。
フィリスとマヒルはすこぶる喜び、互いに様々な隠し装備を思案した。


「あれ、コウ。もう起きてても平気なの? 」
「・・・ああ、大丈夫だよ、サユ。本当にありがとう。それに、いつまでも寝てばかりいられないからね。」

MSドックのスサノオの足元でコウは微笑みながら答えた。
圧断された左手やその他の損傷箇所は、北欧の優秀な整備班の手によって見事に復元されていた。

あの後、深刻だったのはコウだった。
かつての砂漠での事のように、気を失うまでの大事には至らなかったが、MIHASHIRAシステムを解除した後のコウは耐え難い激しい頭痛と吐き気に苦しんだ。
それはフルーシェの『ビュ〜ティホ〜頭痛薬』をもってしても3日間は引く事はなく、発熱するまで至っていた。
しかし、フルーシェやサユの必死の看病でなんとか症状は緩和し、最近やっと起き上がれるまでに回復したのだった。

「コクピットなら、僕が掃除しといたからね。」
「シュン。悪いな、ホントに。」
「ああ、酷かったよ〜? 今度何かおごってくれなきゃ割に合わないよ。心配までさせてさ。」
「・・・ごめん。今度、2人に何かおごるよ。ありがとう、シュン。」

シュンとサユは微笑み、またそれぞれの作業に戻っていった。
傷ついたスローンの作業を手伝っているのだ。

コウは、スサノオのコクピットに乗り込みおもむろにMIHASHIRAシステムに手を伸ばす。

『・・・お! だいぶ元気になったようだな、コウ。』
「アモンさん、おはようございます。」
『コウ、早速で悪いがお前に言う事があるぞ。』
「・・はい。」

コウはそれを分かっていると言うように黙って聞いた。

『・・・戦いの中では、冷静さを失うな。失えば、お前だけじゃなく守れるものすら守れなくなる。レヴィンじゃないけど、常にクールにだ。なっはっはっはっは。』

もっと厳しい言葉をかけられることを覚悟していたコウは一瞬あっけにとられる。

『ともかく、今回は頑張ったな・・・コウ。』
「アモンさん。」
『しか〜〜〜し! 戦闘に関してはまだまだ甘い! そんな事じゃ『カリフォルニアの黒い風』は名乗れんぞ! ソフト面を再調整した後、早速戦闘シミュレーションだ! ビシビシいくからな、覚悟しろ! 』
「はい! 」

コウは微笑みながら返事を返した。
別段、『カリフォルニアの黒い風』を名乗るつもりはさらさらなかったが・・・・。


「何、ぼ〜っとしているんだい? お嬢さん。」
「! ・・い、いえ、わたくし、ぼ〜っとしてなんか・・・あら! レヴィン。こんなところで何してますの? 」

スローンを見つめてぼんやりしていたフルーシェに話しかけたのは松葉杖をついたレヴィンであった。
隣にはユガが付き添っている。

「これから僕の飛行シュミレーション、見てくれるんだ。」

嬉しそうに答えるユガ。
そうなのであった。今のレヴィンではまだ操艦は難しく、今度の任務では引き続きユガが操縦士として乗艦する事になったのであった。
もちろん、パナマまでの護衛傭兵の一人としてではあるが。

フルーシェはドクター・オセとナターシャの事を意識の朦朧とするコウから聞いていた。
その詳しい状況の事も。
ナターシャが自分の事を知り、コウとディノが同じ検体。
そして、その検体であるフルーシェ達を、孫のように思っていたというドクター・オセの最期の言葉。
それを聞いたときは、涙が溢れて止まらなかった。
今まで、生きる資格も権利もない汚らわしい存在だと考えてきた自分を愛してくれる人がいることにようやく気付いた。
生きていても、いいんだと・・・・。
お父様もお母様も、本当はきっと。

フルーシェは自分のわがままで家を飛び出し、自暴自棄になった事を深く恥じた。
コーディネイターの全てを迫害する事で、そのはけ口としてきた事も。

そして、そんなフルーシェに高熱を出したままだったコウは「オレも、ディノも頑張るから、フルーシェも、頑張ろう? 」と声をかけた。

その言葉にフルーシェも救われ、変わる事を決意していた。
しかし、まだ心の中に吹く風が・・・。

「それより、あまり気落ちするなよ。フルーシェ。ドクター・オセの事も、ナターシャの事も・・・悔しいが、ブリフォーの事もね。そういう時は、気晴らしに散歩でもするほうがいいさ。こんなジメジメしたとこよりね。」
「・・レヴィン。」
「あ、やっぱりフルーシェってブリフォーさんの事が好きだったんだ! 」
「な、な、な、何を言ってますの!? ユガァ!! 知りませんわ!! 」

そう言うとフルーシェはその場を駆け出していった。
ゴツン。
レヴィンが軽くユガの頭をこずく。

「いってぇ、何するんだよ。レヴィンさん。」
「お前は、レディの扱いってもんがわかってねぇな、全く。・・・その辺もクールに教えてやる。いくぞ。」

そういうと2人はスローンの中に入っていった。



「・・・やっと、ここに来ることができたぞ。」

解放された、復興が始まりつつあったヴィグリードの外れにある小さな丘に3人の男が立っていた。
足元に立つ石碑の前には花束がそっと添えられている。

「さあ、マックス。お前さんは、はじめてだろう? まあ、いってみりゃただの墓標だが、話をしてやってくれよ。」
「あはっ。先生もきっとキャーキャー言って喜ぶよ、兄ちゃん。」
「・・・ああ。」

そういうとマックスはその石碑の前に片膝をつき、じっと見つめた。

―ゼクファーナ・イブ―

5年前のあの日、心に染み入るように残ったその名前がそこには刻まれていた。
マックスは、無言で眼をつぶる。

・・・・終わったよ。ゼクファーナ。
でも、やっぱりオレには『答え』というものが何なのか、まだわからない。
だから、行くよ。

そうだ、もう勇者様は返上してもいいだろう?
・・・オレの・・・・本当の名前は・・・・・。

マックスはその失われた名をその場に残し、その神聖な場所を後にした。
そして、ガルムやリース達と再会の言葉をかわし、ジークフリートで空を駆ける。

『ずっと、見てるから。ずっと・・・。』

ゼクファーナの笑顔がその北欧の大空に浮かんで、消えた。
そして、マックスがヴィグリードにおいてきたその真の名を名乗るとき、再び悲しき物語が幕開ける事になる事を、今はまだ、誰も知らない。



「な・・・なんですって!! ザガン准将、それは本当なのですか!? 」

北欧基地司令本部でマナが大きな声をあげた。
それに、司令官補佐であるダグが答える。

「本当だ。全く、やつらは何を考えているのか・・・! これでは、例え早くに新型を届けていたとしても、無意味だったと言う事か!!! 」

ダグがいった言葉の意味。
そして、憎まれようとも新型GAT-Xシリーズの2機を早急にパナマへ送ろうとしたその意味が、バルバトスの一言で明らかになった。

「ザフトが、総攻撃を仕掛けてきた! 目標は、当初こちらで読んでいたパナマではない! ・・・・・・目標は、アラスカ地球軍本部、JOSH-A!! 」

オペレーション・スピットブレイクの発動に、地球連合軍全体が衝撃に包まれていた。



ここ、パナマでも。

「あのパトリック・ザラのやろう、目標変えやがったのか! ふざけやがって! 」
「落ち着いてください。・・それより、私達はどうします? 」

椅子を蹴り飛ばす一人の将校らしき男に、その副官の女性が伺いを立てた。

「・・・どうもこうも、待機するしかあるまい。今からじゃ、いくら『アレ』でも間に合わないさ。マステマとイカロスもまだ届いていないしな・・・。」
「でも、リエン中佐! 」

リエンと呼ばれたその男はけり倒した椅子を元に戻して腰掛けて言った。

「ふぅ〜、オレもまだ若いね。取り乱しちまった。だが、ここは辛抱だ。ミリア。オレ達がここを離れてしまったら、パナマはどうなる? それこそマスドライバーをただでやつらにくれてやるようなもんだ。つまり、待っときゃいいんじゃない? 」

いい加減なようでいて、しっかりとしたリエンのその言葉にミリアもはっとなり頷く。

「・・・そう、ですね。『ポルタ・パナマ』は貴重な宇宙への玄関口。死守しなければ、私達は地球に取り残される事になる。・・・あとは、オーブを除けば建設中の『リューグゥ』と、制圧されているビクトリアのみですから・・。」
「そう言う事だ、ミリア。だが、こちらとしても手をこまねいているわけにはいかん。そろそろ候補生のあいつらに、レフューズとブレイズを受領させようと思う。」
「レフューズと・・・・ブレイズもですか!? ですが、あれは!! 」
「一人いるのさ。あの暴れ馬を使いこなせそうな、生粋のカウボーイがな。」

リエンはそういうと、不敵に微笑んだ。

「あいつらに、かかっているのかもな。この世界の行く末も。」

今、大いなる物語へと続く舞台が整いつつあった。

〜第27章に続く〜


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