〜第18章 レジスタンス〜
「MIHASHIRAシステム・・・・・通称『ダブルフェイス』、か・・・・。」
MSドックの中で、愛機であるアマテラスを見上げながら見つめていたのはエリスだった。
今彼女は、古巣であるカーペンタリア基地にいた。
砂漠での『リトルジパング』強襲作戦において、ブリフォーとメリリムがMIAになったとエリスが聞いたのは、ディノの砂漠での旗艦の中であった。
その時は頭の中が真っ白になった。
あの時、無理にでも引き返していれば・・・・。
そんなエリスにカルラは、「行っても・・・間に合わなかったさ・・・。気にすんな。」
と声をかけたが、エリスはそれでも後悔して止まなかった。
そんな折、一つの辞令がエリスに下った。
エリス・アリオーシュ特務兵はカーペンタリアに直ちに帰還。ザフト地上侵攻特務隊隊長として臨時の隊員を率い、次の任務にあたる事―。
先の戦いで青服を纏うザフト兵はエリスのみとなったため、エリスに隊長就任の辞令が来たのである。
かつて、今は亡きダヌー、ノイッシュ、ディランの3人を率いて『黄昏の海魔女』として恐れられていたカーペンタリアの海戦部隊・アリオーシュ隊。
自分の隊を持つとことは、エリスにとって目標でありミゲルとの約束だった。
そして、部下を失い、仲間を失った今、再びエリスは隊を持つこととなったのである。
今度は地上の精鋭、『青服』の隊長として。
しかし、何故だろう。
エリスの心の中は、空しさでいっぱいだった。
あれほど燃やしていた憎しみすら霞むほどに。
それは、仲間を守りきれなかった自責の念からだろうか・・・。
それとも・・・・守るべきものが、もういないから?
エリスはポケットから一枚のディスクを取り出した。
「・・・これで、私は強くなれるのか・・・・。」
エリスはまじまじとディノに渡されたそのディスクを見つめながら思い出していた。
ネブカドネザルで出会った、あの黒髪の少年の事を・・・。
「あいつ・・・・そうか、リューグゥで一度・・・。」
その黒髪の少年が今までにぶつけてきた感情をエリスはやっと理解した。
それが、理不尽なものだとしても・・・・。
「・・・ナチュラルでもコーディネイターでも・・・・世の中、ままならないものね・・・・・。」
ドックの天井をおもむろに見上げたエリスに一人の男が話しかけてきた。
後ろには3人の仲間らしきものを連れている。
「あんたがエリス・アリオーシュかい? 」
「ええ。あなたは? 」
その男は口元に笑顔を浮かべながら自分の名前を名乗った。
「傭兵部隊『カラーズ』のリーダー、ヴェルド・フォニストだ。今度の依頼で、あんたの指揮下に配属される事になった。ま、よろしく頼むよ。」
「! 『カラーズ』・・・・ですって!? 」
「ん? どうかしたのか? 」
エリスの烈火のような驚きように、ヴェルドは少し驚いた。
「・・ヴェルド。私が話すわ。」
「ふぇっ? アイリさん。」
「アイリ、いいのか・・。なんならオレが代わりに・・・。」
「ええ。ありがと、エイス、アルフ。大丈夫よ。・・・・エリスといったわね。あなた、アマテラスのパイロットね。」
エリスの前に歩み出たその青髪の女性はくわえていた煙草の火を消し、真剣な表情でエリスのオレンジの瞳を見つめた。
「あなたは? 」
「私は『カラーズ』のアイリーン・フォスター。つい先日までこの3人とは別任務をしていたわ。・・・・連合軍の艦『スローン』のクルー達と一緒にいたの。・・・そう、スサノオと一緒にあなた達と戦った人間の一人よ。対艦刀を使う青いMSが私の愛機。覚えているかしら? 」
エリスに衝撃が走った。
それでは、こいつらに。
いや、この女にメイズは、ブリフォーは、メリィは・・・・・!
「・・そんな傭兵が、私の部下だと言うの!! 上層部のやつら、『青服』を馬鹿にするにも程があるわ!! 戦争だからというかもしれないけど・・・・メイズやブリフォー、それにメリリムはもう・・・!! 」
うつむくエリスの出したその名前のいくつかにアイリーンは心当たりがあった。
「エリス。弁解するつもりはないし、私は今までにこなしたどの任務も後悔したことはないわ。でも、メイズという人はわからないけど、ブリフォーとメリリムならまだ生きていると思うわよ。」
「え!!!? 」
エリスは目を大きく見開いて驚いた。
「コウ君が・・・いえ、スサノオのパイロットがコクピットを避けて彼らのMSを戦闘不能にしてね。彼らは捕虜として『スローン』に乗船したの。今どこにいるかは守秘義務があるから言えないけどね。」
「ブリフォーとメリィが・・・生きてる・・・? よ・・よかった、よかったぁ・・・! 」
堪えきれず、エリスの頬に涙が伝う。
「あのぅ・・・・これ、よかったら。」
エイスが遠慮がちにハンカチをエリスに差し出した。
エリスは右手でそれを制して、左手の服の裾で涙を拭うと気持ちを立て直して言った。
「・・・・話は、分かったわ。取り乱してしまってごめんなさい。私もこれでもザフトの軍人です。もう、私情をはさむのはやめるわ。」
「そうしてくれると助かるよ。」
ヴェルド達に改めてエリスは自己紹介をした。
「打ち解けられるかどうかは別として、私はザフト地上侵攻特務隊所属・・・いえ、特務隊隊長のエリス・アリオーシュよ。よろしく。」
「改めてもう一度。ヴェルド・フォニストだ。」
「エイス・アーリィですぅ。エイスって呼んでくださいね、エリスさん。」
「オレは、アルフ・ウォルスター。」
「・・・アイリーン・フォスターよ。アイリでいいわ。よろしくね、エリス。」
4人はエリスとそれぞれ握手を交わした。
中立をモットーとする「カラーズ」がなぜ東アジアに協力し、今度はザフトの依頼を受けたのか。
そして、赤、青、白、黒の4人の傭兵達が、新たに加わるオレンジの女兵士と共にどのようなミッションに挑むのかが分かるのは、もう少し先の事・・・。
『そこの金色の艦! 船籍は連合のようだけど、危なかったな!! あっはっはっは!! 』
スローンのブリッジに助けてくれた2機のMSの内のバクゥの方から通信が入った。
「サユ!通信をつないで。」
「はい!艦長・・・・。つながりました、どうぞ。」
「私は地球連合軍所属、第49独立特命部隊臨時隊長のマナ・サタナキア大尉といいます。・・・・助けてくれた事には感謝いたしますが、そちらの所属をお伺いしたい。」
「え? 連合の援軍では、なかったんですの? 」
通信を聞いていたフルーシェは、てっきり北欧基地から迎えに来てくれたユーラシアの援軍だと思っていたため驚いた。
『あっはっはっは! そりゃそうだよね〜。失礼した! オレ達は北欧のこの辺一体で活動をしている北欧レジスタンスの者だ! 』
バクゥの少年のその言葉に、サユがシュンに聞いた。
「北欧レジスタンスって? 」
「正規軍とはまた別にザフトの侵略を防ぐために活動している、いわゆる反ザフト同盟だよ。」
「じゃあ、ブルーコスモスみたいなもの? 」
「・・・う〜ん、あそこまで過激なコーディネイター排他主義ではないらしいよ。というか、むしろコーディネイター容認主義。北欧はもともと軍事基地も小規模だからね。彼らはそれを補っている地元の自警団みたいなもんさ。」
『お! うまいこというねぇ!! その通り、守る事がオレ達の仕事さ。あっはっはっは。』
サユが通信回線を開きっぱなしだったので、シュンがサユに説明をしていたのをバクゥの少年は聞いていた。
「シュン! サユ! ・・申し訳ありません。部下が失礼な事を・・・。」
『いやいや、気にしないでよ。それにしても、あんた達の艦、見たところかなり派手にやられているね。これから連合の北欧基地に行くんだろ? ここから基地まではまだかかる。これじゃもたないんじゃないか? 』
確かに、森の中に無理やりランドモードで不時着したスローンの船体はボロボロで、エンジンをかなり損傷しているため、飛行はままならない状態であった。
『で、相談なんだが、サタナキア大尉。オレ等の『ベース』に来ないか? そこなら応急処置ならできると思うぜ。優秀なメカニックもいるしな、マヒル。』
そういうとガルゥの首が、後ろに立っていたジン・カスタムの方へと向いた。
『なにが、優秀なメカニックだ、おだてんなよな! ・・・オイ! 連合軍! 聞いての通りだ。直してやるからついて来なよ! 』
ジン・カスタムからの通信は男のようなしゃべり方をする少女の声であった。
「おいおい、どうする? マナ姉? 」
レヴィンの問いかけにマナは考え込む。
そこに、スサノオからの通信が入る。
『マナ。ここはお言葉に甘えて寄らせてもらわないか? 見れば分かるが、スサノオも無茶したからこの通りボロボロだ。』
「すみません、マナさん。でも、このまま足場の悪い森の中をゆっくり基地まで走行して、またヤツらに襲われたら、今のスサノオではもちません。」
アモンとコウの提案に、皆納得した。
マナがバクゥの少年に向けて通信を送る。
「・・・申し訳ありませんが、ご一緒させてください。失礼ですが、あなたのお名前は? 」
すると、バクゥのコクピットに座る銀髪の少年は思い出したかのように大きな声で笑い出す。
「あっはっはっはっはっは!! そりゃ、そ〜だ。またまたうっかりしてたよ。改めてはじめまして。オレは北欧レジスタンス所属、リース・リシアイルだ! 」
そのリースという名前を聞いて、ブリッジに来ていたナターシャが珍しく大きな声をあげた。
「え!!! リースお兄ちゃん!!??? 」
「「「「「「「「ええええ!!!? 」」」」」」」」
ナターシャ以外のその場にいた全員が驚きの声を上げた。
その驚きはそれぞれ、思っていた事が異なるのではあるが・・・・・。
リースのバクゥに先導された一行は、うっそうと茂る森を抜け彼らの本拠地『レジスタンスベース』へと案内された。
レジスタンスベース―。
とはいっても、そこにあるのは岩盤にいくつかの窓のような穴の開いた洞窟のようなものであった。
一応MSドックの入り口らしき大型のシャッターがある以外は、正に自然の岩窟。
本拠地というよりは、子供の頃男の子なら誰しもが憧れた『秘密基地』というイメージの方がぴったりくる。
スローンはその唯一の施設らしい外観をした大型のシャッターをくぐり、ドック内に停泊した。
内部は岩盤にシートや装甲を簡単に張っただけの簡素なつくりとなっており、MSドックの天井からはむき出しの水銀灯がこうこうと輝いていた。
スローンの停泊した周囲には、戦闘用ジープやヘリコプター、そしてザフトのMSシグーらしきものの残骸?がまばらに並んでいる。
スローンから真っ先に駆け下りてきたのはナターシャだった。
「リースお兄ちゃん!! 」
開口一発、ナターシャはリースに抱きついた。
「ナターシャ!! 久しぶりだなぁ!! 元気だったか? 」
「お兄ちゃん!! 私! 私、お兄ちゃんはもう・・・死んじゃったと思ってたのに!! 生きてたなら連絡してください!! バカァ!! 」
「ご、ごめん。ナターシャ。・・色々。あってさ・・・・。」
リースの胸の中で、その銀髪の少女は嬉し涙をこぼした。
「オイオイ! 感動のご対面は後にしな! ガルムが呼んでるぜ? 」
リースにそう言ったのは、先ほどのジン・カスタムのパイロットの少女であった。
ぶかぶかのジーンズをはき、上はタンクトップのシャツに小麦色の肌がよく映える。
ショートカットのその髪は頭のてっぺんが緑色をしていて下の方に行くにしたがって赤く染まっており、まるでイチゴのようである。
「改めまして、助けていただきありがとうございます。マナ・サタナキアです。」
スローンから下りてきたクルー達を代表して、マナはその少女に話しかけた。
「おう! あたしはマヒル・ヒラガだ。よろしくな! オイ、リース! こいつらをガルムのとこへ案内しな! ・・・・おっ、そうだ。マナさんだっけ? あたしさ、メカニックやってんだ! この艦ちょっと見てもいいかい? 」
「え? ・・ええ。どうぞ。・・フルーシェ! 艦の方、案内してあげて! 」
「え? わたくしが・・・ですの? ・・・・ま、いいですわ。わたくし、フルーシェ・メディールと言いますの。いらっしゃいマヒル。ご案内いたしますわ」
「おう! よろしくな! いや〜、この艦いいよな〜、ホント!! 特にこの金色がよ! 」
「あら! あなたにもこのビュ〜ティホ〜な艦の良さがわかりますの? 気が合いそうですわね! 」
早速、メカの話で盛り上がりながらフルーシェとマヒルはスローンの方へと歩いていった。
「んじゃ、大尉。ご案内しますよ。我らが『総司令官』のとこへ。あっはっはっは。」
何がおかしかったのか、リースは笑いながら一行を司令官室へと案内した。
司令室といっても・・・・そこはやはり岩窟だった。
シートすらもはや張っていないその岩の部屋は思っていたよりも広く、大勢の人間が打ち合わせを出来るように長テーブルが4つほど合わさって配置されている。
その奥には岩壁に大きな孔を穿ってガラスをはめ込んだ大きな窓があり、その側にある木製のデスクの上に坐をかいて乗っかって、その男は待っていた。
男のその顔には、無数の古傷が刻まれている。
「ようこそ、我々の秘密基地、レジスタンスベースへ! 歓迎するぞ。黄金の『座天使』の諸君。」
「改めまして、私は地球連合軍所属、第49独立特命部隊臨時隊長のマナ・サタナキア大尉です。助けていただき感謝します。」
「オレはこのレジスタンスの総司令官をやってる、ガルムという。よろしくな。」
マナとガルムは握手を交わした。
「まあ、そこのテーブルで話そうか。みなさん、座ってくれ。」
「失礼します。」
マナが目線で指示を出し、クルー達は長テーブルに備えてあったパイプ椅子に腰掛けた。
リースはデスクの上であぐらをかくガルムの横に手を後ろに組んで立っている。
姿勢は真剣そうだが、その顔に目をやるとやはりニコニコと笑っていた。
「まあ、楽にしてくれ。先の戦闘は、オレもモニターしていた。とにかく、お前さん達は中々の強者と見たよ。」
「・・・はあ。」
「知らないんだろうがね。さっきの円盤のヤツ、あいつに遭遇して一機も落とされずに助かったやつなんて、オレ等はおろか、連合軍北欧基地の連中ですらいないんだぜ? 」
「! あの機体、知っているんですか!? 」
先ほど交戦したコウがガルムに口をきいた。
「ああ。ザフト北欧方面軍『オーラル』のエースパイロット、ネビロス・ベルダンディーってオカマさ。」
「お、オカマ!? 」
「ああ、一回だけ遠めで見た事がある。あれは、ある意味この世のものじゃないな。虹色の染めたモヒカンにピンクのグラサン、派手な衣装・・・・。」
そんなオカマを想像したスローンのクルー達も絶句する。
「確か、ヤツのMS、なんといったっけ? え〜、フィラデルフィア・モンタ?」
「あっはっはっは!モンタって!フィーア・ヘルモーズでしょ、ガルムさん。」
リースに笑いながら指摘されガルムは傷だらけの顔をかきながら話を続けた。
「そう、それだ。あいつは今までの分析だとな、下半身にコクピットがある。さらに、驚異的なのは戦況によってその下半身を変えて出てきやがるところだ。」
「換装している・・・・ということでありますか? 」
シュンの質問にはリースが答えた。
「みたいなもんだな。正確には換装っていうより本体である下半身を取り替えてるんだけどね。あいつは強いよ〜? 互角に渡り合ったあの白いMSは本当にすごいよ。あっはっは。」
リースにそう言われ、コウは照れくさそうに微笑した。
「そこで、本題に入りたい。いいかな? 」
ガルムが切り出し、マナもどうぞと頷く。
「通信で聞いたがあの金色の艦、座天使(スローン)と言うそうだな。その艦とさっきの戦いで壊れた白いMSを直してやる。その代わりに、少しばかり手伝ってくれないか? 」
「・・・・事によりますわね。『何を』、でしょうか。」
「我々が目下活動しているのが、オーラルに占拠されてしまったある街の解放作戦なのだ。・・・その街の名は、『ヴィグリード』。」
「・・・え!? 」
ナターシャがパイプ椅子を倒すように突然席を立った。
その様子を察したリースが口を挟む。
「大丈夫だよ、ナターシャ。ご両親は無事だ。占拠されるちょっと前にオーブ連合首長国の方へ行かれたみたいだよ。聞いてなかったみたいだな。」
それを聞いてほっとしたナターシャは静かに倒れたパイプ椅子を元に戻して座りなおした。
「ナターシャの・・・・故郷? じゃあ、フルーシェも・・・? 」
コウは一人つぶやき、マナが口を開いた。
「ヴィグリードって・・・あの『ヴィグリードの悲劇』の!? 」
「そうだ。実はうやむやになってはいるが、5年前あの街を襲ったのもオーラルなんだ。そんな奴らが今、我が物顔であの街を占拠している。・・・許せるか? 」
ガルムだけでなく、隣でニコニコ微笑んでいたリースの表情も固くなる。
「その解放作戦に、我々も参加しろ、という事ですか? ガルムさん。」
マナの質問にガルムは黙って頷いた。
スローンのクルー達はお互いを見回し、そしてうつむくナターシャを見つめた。
「マナさん・・・! 」
ナターシャに目を向けてからマナに声をかけたコウの意図をマナも悟り、ガルムにこう進言した。
「一度、北欧基地と連絡を取らせていただけるかしら? 私の一存では決めかねる事ですので。出来うる限りの報告と交渉をしてみますわ。」
「ありがたい。ウチはベースも洞窟みたいだしドックもガラクタばかりだが、レーダーや通信機器だけはかなりの高性能のものをもっていてね。早速お願いするよ。」
「分かりました。通信室には私が行きましょう。それまで、クルー達はどこかで待機させたいのですが構いませんか? 」
「ああ、なら客間に通させよう。一応このベースの中で一番まともな部屋だ。リース、頼むぞ。」
「わかりました、ガルムさん。」
そういうと、ガルムとマナは通信室へと向かい、コウ達もリースの案内で『客間』と呼ばれた部屋に向かった。
一方、マヒルとメカ談義に花を咲かせていたフルーシェはふと何かを思い出した。
「あ、そうでしたわ!? 」
「ん? どした? フルーシェ。」
「あ、いえ、ちょっと野暮用を思い出しましたの。マヒルはこの艦、自由にご覧になって! わたくしちょっとはずしますので。」
「あ、おい、待てよ! ったく・・・ま、許可もらったしこの艦じっくり『見る』とするかな。イッヒッヒ! 」
スローンの中に走り去ったフルーシェを尻目に、マヒルのメカ魂に火がついた。
「はあ、面倒ですわね。でも・・・。」
フルーシェが入ったのは捕虜室だった。
フルーシェの足音を聞きつけ、鉄格子越しにブリフォーが食らいつく。
「おい! お前! 一体何があったんだ! 北欧基地に着いたのか!? 」
「あ〜もう、うるさいですわね。捕虜のあなたにお教えする義理はなくってよ? 」
「なんだと〜、お前だってブルーコスモスだろうが!! 」
「フン! お生憎さま、わたくしは今ではこの艦のクルーですわ! 一応。」
「なんだそりゃ。そんな事知るかよ。」
一行に進まない会話を見かねて、メリリムが話しかける。
「フルーシェだったかしら。あなたは何をしにここへ? 」
「・・・多分この後、スローンやスサノオの修理で忙しくなってしまうので、このシャワー仕上げとこうと思っただけですわ。」
「やっぱり、さっきのは攻撃されていたのね・・・。」
ついポロっと口にしてしまいフルーシェはしまったというような顔をするが、「ま、いいですわ。」と作業に取り掛かった。
「これつくり終わったら、あなた達もさっさとお風呂に入ってくださいね。特に男のあなた! 臭いますわよ!? 」
「・・・ブリフォーだ。ブリフォー・バールゼフォン。・・・そうさせてもらうさ。えっと・・・。」
「フルーシェ。フルーシェ・メディールですわ。」
「私は、メリリム・ミュリン。」
ブリフォーが以外にも塩らしくしたのでフルーシェも自分の名を名乗った。
そして、メリリムも。
ブルーコスモスとザフトの奇妙な会話とシャワーの作業の音が捕虜室に響いた。
「だから! 今報告した通りだと言っているんです! ・・ええ。でしたらそちらから迎えの艦を用意して下されば・・・・できないなら、こちらはこちらで・・・・。ええ!? ・・・はい。そちらがよろしいのならこちらもそうさせていただきます。以上です! 」
そう言ってマナは乱暴に通信を切った。
「なんだか、厄介な事になっているのかな? 」
そのやり取りを通信室で聞いていたガルムがマナに話しかけた。
「いえ、大丈夫です。お話通り、お世話になりますガルムさん。ただし、いくつか条件が・・・。」
「言ってくれ。」
「はい、修理を終えた後、まず我々は一度先に北欧基地に行かせていただきたいのです。そちらを優先しろとの事でして・・・。その後の事は、私たち第49独立特命部隊のみの支援でよろしいのでしたら、その・・・・・任意加勢をしろとの事です。」
「なるほどな。堅物のダグが言いそうなこったな。」
「ダグ・ウォールダン大佐をご存知なのですか? 」
「ああ、腐れ縁だ。それより、そっちの方は了承したよ。こちらとしては君達だけでも十分すぎるくらいだ。よろしく頼む。」
「こちらこそ。」
そういうと、ガルムは館内放送でレジスタンスのメンバーとスローンのクルーに事の成り行きを説明し、早速スローンとスサノオの修理を始めさせた。
その少し前、レジスタンスベース客間ではクルー達を前にしてナターシャとリースが話をしていた。
二人の話では、リースはナターシャの幼馴染であり幼年学校時代はまるで兄妹のように仲がよく一緒にいたらしい。
そう、あの『ヴィグリードの悲劇』が起こる前までは・・・・。
幼年学校はミサイルの被弾を受け崩壊し炎上。
忘れ物を家にとりに戻っていたナターシャは無事だったが、学校にいた優しい先生や多くの友達をナターシャは失った。
もちろん、リースもその一人だと思っていた。
燃え盛る校舎を校庭にへたり込んで呆然とその目に焼き付けた忌まわしい記憶。
ナターシャが軍に入ったのは、そのためであった。
もう大切な人が目の前で死んでゆくのを黙ってみていたくなかったから・・・・。
「それにしても、ホントに死んじゃっていたと思っていました。リースお兄ちゃん。」
「あっはっは。オレもそう思ったよ。何せ半年近く昏睡状態だったからね。」
笑いながらもリースの瞳は真剣な面持ちであった。
あの時、リースは空を飛ぶヒトを見つけ、校舎の裏手に出ていた。
それが幸いしたのか、奇跡的に命をとりとめ近くの病院に搬送された。
しかし、爆砕した木造校舎の破片が刺さった背中の傷が予想以上に酷く、急遽もっと大きな病院に移送される事となったらしい。
それから、半年は昏睡状態。
意識を取り戻したときは多少の記憶障害はあったものの傷も大分良くなっており、奇跡的に何の障害も残らなかった。
すぐに連絡を取ればよかったのだが、あの事件でリースの両親が亡くなっていた事などもあってそれも出来ずに月日は過ぎ、そして、意識を取り戻してからさらに半年後。
ヴィグリードの悲劇から1年近く経って、リースはようやく街に帰ってこれた。
ナターシャにすぐ会いに行ったのだが、彼女は既に家を飛び出していた。
軍に志願するために。
リースはその時既に決意をしていた。
みんなが、笑って暮らせるように、そして、守りたいものを守れるように自分も戦おうと。
リースは、その年、一年前自分を病院まで運んでくれた男、そう今のレジスタンス総司令官ガルムの元へと行き、レジスタンスに加わった。
ナチュラルでありながら、必死の努力でMSも使いこなせるようになり、今では30数人程のレジスタンスの中でもトップクラスの操縦技術を持っている。
「でも、よかった。お兄ちゃんが生きてて。本当に・・・。」
「オレもさ、ナターシャ。お前と会えて嬉しいよ。他のみんなやゼクファーナ先生の分もオレ達がんばらないとな。」
「・・・うん、お兄ちゃん。そういえば、マックスさんには会いましたか? 」
「いや、オレが戻ったときには、もういなくなっていたから。」
「・・・・そうですか。」
その時、ガルムからの館内放送が入り、今後の事が伝えられた。
スローンのクルー達はレジスタンスのメンバーと共に総動員でスローンの修復作業に当たった。
陣頭指揮をとっているのはこの艦に一番詳しいナターシャで、フルーシェ、マヒルがそれぞれの仲間に作業内容を伝え指示している。
思えば艦がここまで損傷を受けた事は今までない事だった。改めて、自分達の隊の人員不足をマナ達は再確認した。
特に今この艦のメカニックは仮クルーのフルーシェを入れてもナターシャとの2名のみ。
かつて、この部隊を支えたあの寝癖の酷い男の姿はどこにもない。
口には出さなかったが、全員が作業をしながらシャクスの事を思い出していた。
「あら、今お帰り? ネビロス。遅かったわね。」
ザフト北欧方面軍『オーラル』の本拠地の廊下で帰還したネビロスに一人の女性がとぼけたように話しかけてきた。
「さては、呼んだのはあんたね。うふふふ。面白いヤツらを見つけたのよ。『白の妖精ちゃん』と『金ぴか』。次にあったらぐちゃぐちゃにしてやるわ・・・。」
「御殊勝なコト。あなたを待っていた私達のことも知らずにね。」
「なによ! 待ってたですって? 気色悪いわね。どういう用件よ! ペルセポネ。」
ペルセポネと呼ばれたその長身の女性はウェーブのかかった長い薄桃色の髪をかきあげるような仕草でネビロスに微笑んだ。
いや、実は女性ではなく、『少女』であった。
ペルセポネ・ディナ・シー―。
ネビロスと同じくオーラルのエースパイロットであるこの少女は第一世代のコーディネイターであった。
能力だけでなく、その洗練された清楚な顔立ちと非の打ち所のない抜群のプロポーションをほこり、それは正に絶世の美女というにふさわしい。
エリートの証である赤服をきっちりと着こなし、膝上まである長い純白のブーツを履き、黒のスウェットショーツを纏うそのセクシーな姿は、本人自身の可憐な雰囲気に上乗せするかのように独特の妖艶な雰囲気をかもし出していた。
しかし、この美貌の少女の年齢はまだ若干14歳。
優秀であるが年相応の童顔であるディノと同年齢というのは誰しもが驚く。
ディノ同様能力が突出しており、この年で飛び級の如くザフトレッドとなったペルセポネはオーラルの司令官であったライル・セフォードにスカウトされ、ザフトレッドでありながらの地球勤務となっていた。
この将来有望な非の打ち所のない少女が何故地球に? と誰しもが思ったが、ペルセポネは聞かれると口をそろえてこういった。
「いい女を口説きたいんなら、それなりのコトをしてくれなきゃ・・・・・ね? わかるかしら? 」と。
「ライルがお呼びよ。どうやら合同で作戦を行う事になっていた強襲部隊のご一行様が着いたそうね。」
「なぁに? 白髪のボクちゃんと合コンでもしようっていうの? お断りよ! 」
「んふっ。あら、私は別に構わないと思うけど? 」
「なぁに? あんた! あんなハナ垂れの黒服なんかが好みなの? はぁ〜、所詮は14歳のお子様ねぇ。」
「私は会った事ないわ。で・も・・・私を口説き落とせるくらいのヒトならどんなヒトでも付いてゆくわよ。天使でも悪魔でも。ただし、それなりのコト、してくれなきゃね。んふふ。」
薄桃色の少女と虹色モヒカンの男(オカマ)はそのまま司令室の方へと足を進めた。
「ゼビロス。随分と遅かったではないか、貴様! 」
男は腕を組み、ゼビロスを蔑む様な瞳で睨みつけた。
男の名はライル・セフォード。
このオーラルを統括する若き司令官である。
「なぁに? 巡察中のちょっとしたハプニングよぉ。『金色の艦』を見かけたからちょっとからかってみたらこれがまたオイシそうなのなんのって。うふふふふ。涎が出そう・・・。」
「久しぶりだねゼビロス。ああ、そうか。君はもう会ったんだね? 『座天使』とスサノオに。なら話が早い。」
そういうと先ほどオーラルのベースに到着したばかりの黒服を纏ったF・A・I・T・Hの少年はゼビロスとペルセポネ、そしてオーブから付いてきているセフィ、カルラをゆっくりと見渡し言った。
「君達はしばらくの間、ボクが預かる事になった。よろしく頼むよ。」
「はぁぁ!? ちょっと、ディノ。ど〜ゆうことよ! 」
「・・・セフォード司令。どういうことか、お聞かせいただけて? 」
ペルセポネは微笑を浮かべながらライルに尋ねた。
「うむ。今回、ディノ率いる『クレセント』に来てもらったのは他でもない。単刀直入に言うぞ。・・・・この度占領したヴィグリードという街。あそこに軍事施設を建設しようと考えている。」
「はぁ? 全っ然、単刀直入じゃないわ!? はっきり言いなさいよ、ライル!! 」
ネビロスは基本的には短気である。
人の説明すら長時間聞く耳は持っていなかった。
「まあ、聞けネビロス。その施設では・・・・核を製造する予定だ。」
「「核!? 」」
これには流石にネビロスとペルセポネも驚いた。
「ですが、セフォード司令。核はNジャマーがある限りは地上では使えないのでは・・・・まさか! 」
それに答えたのはディノだった。
「察しがいいね。書類で見たけど確か・・・・ペルセポネ・ディナ・シーと言ったかな? その通りさ。ザフトは現在、Nジャマーキャンセラーの開発に着手している。」
「Nジャマー・・・キャンセラーですってぇぇぇ!!!? 本当なのライル!? 」
「ああ、嘘ならわざわざ核工場などつくらんさ。そこで本題だ。」
「ライル。ボクの仕事でもあるし、ボクから話そう。」
そういうとディノは作戦について話を進めた。
「とりあえず、今ヴィグリードという街を兵器工場にするための工事が急ピッチで行われているんだ。ボク達はその間、簡単に言えばヴィグリードの護衛をする。」
「なによ! じゃ、あんた達が来る必要ないじゃないの。」
「ネビロス。君は先が見えない男だね。護衛と言ったが、知っているかい? 攻撃は最大の防御、とも言うよね。」
「! ・・・では、クシナダ特務兵は北欧基地を攻めると・・・そうおっしゃるのかしら? 」
ディノはペルセポネに不敵な笑みを浮かべながら答えた。
「本当に君は美しいだけじゃなく優秀だね。その通りだ。事のついでに北欧基地の戦力に壊滅的な打撃を与える。そして・・・。」
ディノの話をライルがつなげる。
「・・・・Nジャマーキャンセラーと核を使って一気に潰すのさ。あのくだらないナチュラルどもの根城をな。ククククク。」
「そういう事さ。とりあえず、ボクもオーラルに着いたばかりで疲れているし、少しやらなきゃいけないこともあるんでね。第一作戦の開始は4日後の明朝07:00だ。そして、只今をもってゼビロス・ベルダンディー、ペルセポネ・ディナ・シーの両名はボクの指揮下に入る。以上だ。分からないことがあれば、カルラに聞きなよ? 」
突然話を振られ、カルラは驚いた。
「ゲっ! オレですか!? クシナダ隊長殿? ・・・ったく。オレだって入ったばかでよくわかんねぇっつの・・。」
「・・・・余計な事は口にしない方がいいわ。カルラ。」
「くっ・・・セフィ! ・・・・はい、了解しました。クシナダ隊長殿。」
自分のぼやきをセフィにさらりと拾われたカルラは渋々了承した。
最も、別段何も教える気もないし、皆聞く気もなかったのだが・・・・。
「さて、どう出る? コウ。楽しませてくれよ・・・・。ボク『達』を・・・。」
ディノのそのつぶやきは、オーラル司令室の『闇』の中へと消えた。
〜第19章へ続く〜
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